第百十九話 キャンプファイア
辺りはすっかり暗くなり、山には夜の帳が降りた。
わたしたちは一つのたき火を真ん中にして、円を描くように周りに座っていた。
時おり、くべた薪がパチッと小さく爆ぜる。
「なんで敵と仲良くたき火を囲まなくちゃならないのよ……セレーナはいいんだけど」
リーズはぶつぶつ文句を言っている。
「たまにはこういうのも楽しいじゃないか」
槍使いのジルがリーズに言う。
ジルは槍をかたわらに置き、リラックスした様子だ。
「なあきみ、そのぬいぐるみ、いつも肩に乗せてるの」
「あ、はい……お守りみたいなもので」
わたしがあたふたしていると、リーズがじっとにゃあ介のぬいぐるみを見ているのに気づく。
「えへへ、かわいい? わたしとリーゼロッテで作ったんだ」
「し、知らないわよ」
リーズはすぐ目をそらす。
「みんなで歌でも歌うか!」
ガンフレットが提案する。彼はいつもこんな風に陽気な男らしい。
「歌か。それも悪くないな」
誰からともなく、こんな歌を口ずさみ始める。
「おおハイネよ、おそれるなかれ♪」
すぐに全員での合唱となる。どうやら、みんなこの歌を知っているようだ。
この世界では、こういうときの定番らしい。だけど……。
「わ、わたし知らない……。どうしよう」
仕方なく、わたしはパクパクと口を動かし、歌っているフリをした。
「いつの日も友といませり♪」
「りー……」
と、最後を伸ばし、なんとか歌っている感を出す。
……終わった。ばれずにすんだかな?
すると、セレーナが言う。
「ねえ、ミオンの故郷の歌も聴かせて」
「え」
ば、ばれてるじゃん。
「でも……」
「ネコ族の歌か。おもしろそうじゃないか」
「ね、歌って。聴いてみたい」
「そ、それじゃ……」
セレーナに押されて、わたしはこっちの世界へ来る前にヘビロテで聴いていたラノベアニメの主題歌を歌い始めた。
「鎖につながれた眠らない街♪」
ええい、もうどうにでもなれだ。
わたしはカラオケボックスに来たつもりで熱唱した。
山に、わたしの歌だけが響き渡る。
「ジャッジメントされた神話に死の接吻を……ウォウ♪」
ふー、歌い切ってしまった。
ん? やけにしーんとしてるな。
ふと、周りを見ると、みんなが驚愕の目でわたしを見つめている。
「なんだ、その歌は……」
げ、みんなひいてる?
わたしは唇を噛んでうつむく。そりゃ、そうだよね。異世界に来てロックンロールはないわ……。
ところが、わたしが凹んで後悔していると、やがて拍手が起こりはじめたのだった。
「え?」
わたしは顔を上げる。
人数は少ないから割れんばかりの拍手とはいかないけれど、それはいつまでも鳴り止まない。
みんな興奮した表情だ。
「こんなの聞いたこともない! ミオンの故郷にはこんな歌が伝わっているのか」
リーゼロッテが言うと、
「そのすてきな歌は何? ミオン、神がかっていたわ!」
セレーナが目を輝かせる。
ジルやガンフレットたちも、立ちあがって拍手をしている。
「歌詞の意味はわからないが、すごい歌だ!」
「ああ、こいつは革命だぞ! なあリーズ?」
「ぐぬぬ」
◆
冷たい空気に目を開かれ、いつの間にか眠っていたことに気づいた。
山あいに射した朝の光が、わずかに高い木々の間から漏れてくる。
朝日に目を細め、うーん、と伸びをして起き上がる。
目の前にあるたき火から、白い煙が立ち上っている。
寝ぼけ眼で周りを見まわし、ふとあることに気づく。
「あれ?」
グランパレスの隼の姿がなかった。
「あれ? あれ?」
周囲を何度も確認してから、わたしはまだ寝ているリーゼロッテとセレーナの元へ戻り、二人を起こした。
「ねえ、セレーナ、リーゼロッテ!」
「ん……どうしたの」
「なにごとだ」
二人はまだ眠そうだ。
「リーズたちがいない。どこ行ったんだろう」
二人も周りを見まわし、グランパレスの隼の三人がどこにもいないことを確認する。
「本当だ、姿が見えないな」
「もう出発したみたいね」
「え?」
わたしはうろたえる。
「抜けがけだー! 自分たちだけでさっさとワイバーンを倒すつもりだよ」
「ちがうわよ。私たちがよく寝てるから、起こさないようにそっと行っただけよ」
セレーナはのんびり伸びをしながら言う。
「はやく追いかけよう!」
「大丈夫よ。ほら、火に薪がくべられているし、きっとまだ出たばっかりだわ」
「でも……」
わたしは、困った顔で言う。
「セレーナをとられたらやだし」
「……」
セレーナはきょとんとする。
「ふむ。たしかにセレーナをとられるわけにはいかない」
とリーゼロッテ。
「リーゼロッテ」
セレーナは私たちの顔を順に見ている。
それから立ち上がって、たき火の元へいくと、砂をかけて火を消しはじめた。
「セレーナ?」
「うふふ」
なんか笑ってる。どうしたんだろう。
振り返るとセレーナはにこにこ顔で言った。
「じゃあ行きましょうか」
軽い足取りで、率先して歩き始める。
「ま、まってよセレーナ」
わたしは慌ててついていく。
それから午前中ずっと、セレーナはなぜかやたら機嫌がよかった。




