第十一話 初心者の洞窟
これからどうしよう。
お金もなくなってきたし、もう一度、冒険者ギルドへ行ってみるか。
でも、またラウダさんに頼ったら、迷惑かな……。一度親切にしたからと言って、調子に乗ってつきまとうなんて、やっぱり嫌な女よね。
そんなことを考えながらも、結局、足はギルドへと向いてしまっていた。
「ああ、来ちゃった」
うじうじしていても仕方ない。女は度胸! と扉を開ける。
ギルドに入ると、サマンサさんが威勢のいい声で迎えてくれた。
「おや、ミオンちゃん! よくきたね」
「こんにちは、サマンサさん」
「ラウダさんなら、いないよ。パーティ組んで、モンスター討伐だ」
「そうなんですか」
ラウダさんいないんだ。それじゃ、どっちにしろ、お供はお願いできないな。がっかりしたような、ほっとしたような。
わたしはちょっと思案して、サマンサさんに訊ねた。
「あの、ちょっと酒場にいる方たちから話、訊いてもいいですか」
「どうぞー。でもお酒はだめよん」
「はあい」
そう返事をして、ギルドの奥へ向かった。
たくさんの丸テーブルが並ぶ酒場で、冒険者たちの話し声ががやがやと反響している。
「何か飲むかい」
声の方向を見ると、雑多なグラス類や酒瓶の並んだカウンターに、バーテンらしき人がいた。グラスに布を突っ込んで、キュッキュッと回している。そういえば、西部劇とかで見たことあるけど、水が貴重だった昔は、グラスを洗わずに拭くだけだったんだよね。衛生面、大丈夫かな。
「あ、大丈夫です……」
わたしはそう断ると、二人の男性が差し向かいで飲んでいる、真ん中のテーブルへ目を向けた。
「あの……」
わたしは、思い切って話しかける。二人の視線がこちらに向けられ、たじろぐ。その目には、珍しいものでも見るような色が浮かんでいる。ええい、こうなったらやけだ。
「こんにちは」
わたしはできるだけ感じよく見えるように微笑みかける。
「おう、ネコ族の娘か」
よかった。気さくそうな人たちだ。冒険者って、こういう人たちばかりなのかな。だったらいいんだけど。でも、そうはいかないよね。やっぱり、どの世界にも、いろんな種類の人がいる。それが世界っていうものなんだ。わたしは宿での一件を思い出す。
(その通り。人間もネコも、千差万別。それがこの世の定めニャ)
にゃあ介の声がする。
わたしは気を取り直して質問する。
「みなさん、冒険者になりたての頃は、どうやって修行したんですか」
「何だいやぶからぼうに」
「モンスター狩りをしたいんですけど……わたしでも戦えるような場所ってありますか」
「お嬢ちゃん、ランクは?」
大きなジョッキを机に置いて、男性がそう訊ねてくる。うっ、お酒臭い。わたしは思わず顔を覆いそうになるが、何とか耐える。
「多分、一番下です」
「Fランクか」
「なら、初心者の洞窟だな」
隣のテーブルで聞いていた、上半身裸の男性が身を乗り出してきて、そう言った。うっ、野蛮だわ。公衆の面前で裸なんて、ありえない。と、思ったが、口には出さない。
「ああ、あそこなら、うってつけだ」
ジョッキの男性も、裸男に同意する。
「初心者の洞窟?」
そんなのがあるなんてありがたい。わたしは、詳しく話を聞かせてもらうことにした。
「この街のすぐ近くにダンジョンがあってな」
「ナザーロの洞窟ってんだが、弱い魔物しか出ないんで初心者の洞窟って呼ばれてんのさ」
みんな、丁寧に教えてくれた。冒険者たちは、男くさくて野蛮だけど、とてもやさしい。
そして……。
やってきました初心者の洞窟。ここにはFランクでも余裕な、弱っちい魔物しか出ないんだって。
洞窟の入り口に看板がかかっていて、ご丁寧に、内部にランプまでつけられている。入り口の脇にはおみやげ屋さんまであるよ。本当に、初心者向けに整備されてるって感じ。これなら、わたしでも何とかなるかも。
よーし、いっちょ腕試しといきますかー!
わたしは颯爽と、洞窟の中に足を踏み入れた。
洞窟の内部はさすがに整備されているということはなく、むきだしの岩肌の壁が奥に続いている。
ひやりと冷たい壁に手をつきながら、奥へと進む。
そのまま壁伝いにしばらく進むと、暗がりの中に水色の半透明の物体が姿を現した。
「ぎゃーっ! でたーっっ!」
思わず飛び退く。そしてふるえる手で短剣を構える。
「スライム……だよね?」
ゲームで見る分には愛嬌のあるモンスターだけど、リアルで相対するとやっぱりおっかない。
短剣を構えたまま固まっていると、スライムの体がぎゅっと縮こまった。
「?」
次の瞬間、ぴょーんとこちらめがけてジャンプした。
「ぎゃーっ!」
わたしは両手を上げて一目散に逃げ出した。
「ひーん。無理ー」
わたしは洞窟の入口で体育座りをしていた。
「どーやってあんなのと戦うのよ……」
いじけていると、にゃあ介の声がした。
(……やれやれ、ワガハイの出番のようだニャ)
「えっ、にゃあ介、戦ってくれるの」
(そうではニャい。ワガハイに頼りっぱなしはよくニャいぞ。それに、ミオンが目を覚ましているときに身体を操縦するのは、非常に骨が折れる)
わたしは、にゃあ介が憑依してゴブリンを倒したときのことを思い出した。そういえば、あのときも、ぎりぎりまでにゃあ介は出てこなかった。そう、殺される寸前まで。わたしが起きていると、身体を操縦しづらいと聞くと、納得がいく。
「じゃあ、どうするの」
訊ねるわたしに、にゃあ介は言った。
(洞窟に戻れ。ワガハイが戦い方を教示してやる)




