第百十八話 大剣
「敵の料理に手を出しちゃダメ!」
木々の間から顔を出したリーズは、憤慨もあらわにそう叫んだ。
「いいじゃねえか、毒が入っているわけでもなかろうに」
ガンフレットは素知らぬ顔でオムレツを平らげる。
「入ってるかもしれないわ」
「失敬な!」
わたしは頬を膨らます。
「リーズも食べたら? きっと気に入るわ」
セレーナがそう言うと、
「う……」
リーズは戸惑いをみせる。
「食べてみなよ。美味しいよ!」
わたしは卵の殻に取り分けたオムレツを持って走っていき、リーズにわたす。
リーズは手元のオムレツをしばらくじっと見ていたが、しぶしぶそれを口へ運ぶ。
もぐ、もぐ、と咀嚼した後、表情が一気に変わる。驚きに満ちた顔だ。
わたしはうれしくなって言う。
「ね! 美味しいでしょ?」
「ぐぬぬ」
◆
食事をとり終わり、まったりとした時間が流れる。
わたしは地面に座り、ぼーっとしながら、金色の絨毯みたいな夕焼けの空を眺めている。
ふと横を見ると、リーズが腰に手をあて、直立不動で立っている。
彼女も空を眺めているようだ。
「ねえ、リーズ」
わたしが話しかけると、リーズは、じろり、と軽蔑するような視線を送ってよこす。
……めげないめげない。なんとか仲良くなろうと、わたしはにっこり微笑んでみせる。
「……変な顔」
リーズの一言に、にへらっと引きつり笑いをしたまま固まる。
うう、めげないめげない。
「ね、やっぱり協力して倒さない? ワイバーン」
「それじゃ勝負にならないでしょ」
「でもその方が安全だし、楽しいよ」
「……あなた、ばかなの?」
にへらっ。
「あなた、笑いすぎよ。もうちょっと真面目な顔できないの」
「あはは……。これがわたしの素だから」
リーズは首を傾げて言った。
「……変な顔」
◆
風が雲を押しやり、夕闇と静寂を連れてくる。
聞こえるのはかすかな葉擦れの音と、異世界の虫の囁きだけだ。
リーズは、ジルとガンフレットの元へ行き、明日の手はずについてだろうか、なにか話している。
わたしはセレーナのとなりへ行き、
「ねえねえ、セレーナ。リーズってほんとはどんな子なの」
リーズに聞こえないように、小声で訊ねる。
「え、リーズ?」
セレーナはわたしに訊き返す。
「うん、幼なじみなんだよね、セレーナは」
「ええ。そうね、リーズはね……」
セレーナが話しはじめようとしたとき、リーゼロッテが何か叫んだ。
「え、何?」
「あれを見ろ!」
リーゼロッテは空を指し、大声で言った。
「ロック鳥! ロック鳥だ!」
「大変だ! 卵をとられたのに気づいて、仕返しにきたんだ!」
「あれがロック鳥……大きい!」
巨大な鳥が、空を旋回していた。
両腕を拡げた大人が、五人つながっても敵わないほど長いその翼。
わたしはごくりと唾を飲む。
「おい、みんな気をつけろ。やつは気が立っているぞ」
ジルが立ち上がり、言う。すでに槍を手に臨戦態勢をとっている。さすがグランパレスの隼。
ロック鳥は、その大きな翼をばさりばさりと羽ばたかせ、こちらめがけて急降下してくる。
「ふん、来るなら来い。相手になってやる」
ガンフレットも、大斧を手に戦闘態勢に入る。
しかし、誰より速かったのは、リーズ・エアハルトだった。
◆
リーズは大剣を手にすると、まっすぐロック鳥めがけて跳んでいた。
その跳躍力もさることながら、大剣を振り回す腕力。桁外れだった。
「とぉおおおりゃぁああああぁあぁぁ!」
リーズが叫んだ瞬間、戦闘は終わっていた。
剣は届かなかったにも関わらず、大剣の巻き起こした風圧、それに気圧されて、ロック鳥は戦意喪失。
そのまま大空へ舞い上がり、どこかへ飛び去っていった。
リーズは大剣を背中にしまう。
ぱんぱん、と手をはらい、一言こう言った。
「片付いたわ」




