第百十七話 食糧調達
わたしたちは王都からのびる街道を歩いていた。
何本かある街道のうち、ウェスラビル山のふもとを通るこの道は、ワイバーンが棲みつくようになってから、利用する人も少なくなっていた。
少々遠回りになっても、他の道を通って迂回する人がほとんどだ。
足元を見つめながら黙々と歩く。
砂利を踏みしめる音だけが響いている。
すでに二時間近く歩いているはずだ。
しかし一向にウェスラビル山は近づいてこない。
「今日中に山を登るのは無理そうだな」
リーゼロッテが言う。
「えーどうしよう……」
「暗くなる前に、寝床を確保したほうがいいだろうな」
「ウェーン、また野宿……」
わたしが嘆いているとセレーナが、
「寝床も大事だけど、食料も必要よ」
「そ、そうだ。食料いちばん大事!」
わたしはたった今まで嘆いていたのも忘れて、即座に叫んだ。
「いちばん大事なのがそれとは情けないニャ~」
にゃあ介がわたしの頭の上で言う。
ここなら人目も少ないし、ゴーレム化していても問題ないだろう。
リーズたちに見られたら、ぬいぐるみのフリをすればいい。
山のふもとに辿り着いたのは、日も傾きかけた頃だった。
「今日はこのあたりで休むことにしよう。さて……食料か。この渓谷で食べられそうなのは……」
リーゼロッテがそう言いかけたときだった。後方から声が聞こえてきた。
「そろそろ火をおこしましょうか。食料も調達したことだし!」
わたしはその方向へ首をめぐらす。
ずい分まえから姿が見えなくなっていた、リーズたちだ。
「もう食料を手に入れたの!?」
わたしが驚いた声を上げると、リーズがこちらを振り返る。
彼女の両腕には巨大な卵が抱えられていた。
「なにそれ! すっごく大きい卵!」
「……ロック鳥の卵は量が多くて比較的手に入りやすく、栄養満点。冒険者たちの間では常識よ。こんなことも知らないの」
「ロック鳥……」
「欲しかったら食べに来てね、セレーナ!」
そう言い残すと、リーズはまた仲間たちの元へ戻っていった。
「わたしの分は? って訊くまでもないんだろうな……」
わたしは去っていくリーズ(大きな卵)の後ろ姿を名残惜しげに眺めた。
「ふむ、ロック鳥か」
リーゼロッテがつぶやく。
「このあたりに巣があるのだろうか」
「よし」
わたしは決心したように言った。
「わたしたちもとろう! ロック鳥の卵!」
◆
「ロック鳥は怪力をもつ大きな鳥で、雛のエサにリザードを食べさせるほど巨大だといわれている」
「へー、すっごいなあ」
リーゼロッテの解説を聞いて、素直に驚く。
「まあそれは大袈裟だとしても、とにかく大きな怪鳥らしい。……リーズたちと離れていた時間を考えて、巣はここからそう遠くないはずだ」
「そうね、きっとすぐ近くだわ」
セレーナはうなずく。
「うーん、たとえばあそこの崖の上とか?」
わたしは右側前方にある、ひときわ高い切り立った崖を指さす。
岩でできた崖はごつごつとうねりながら十メートルも上まで続いていた。
「てきとうなことを言うもんじゃないニャ」
「ゲームとかだと、あんなところによくあるじゃん」
にゃあ介があきれる。
「あら、ちょっと待って。崖の下に何かあるわ」
「ほんとだ、いってみよう!」
わたしたちは、いっせいに崖へ向かって駆け出す。
「おっきい! これ卵の殻?」
わたしは、崖の下に落ちていた、巨大な卵の殻の破片を持ち上げて言う。
その殻の一部は、まるで大きな皿のように分厚くかたい。
「本当にここにあるとはな……」
リーゼロッテは崖の上を見上げている。
「ミオンの食べ物に関する嗅覚はおそろしいニャ~」
「この上に巣があるのか……」
わたしもセレーナも崖を見上げる。
「高いね」
「登れるかしら?」
「親鳥がいないといいが……」
「とにかく、やってみるしかないね」
「あっ、ミオン」
わたしは言うがはやいか、崖に向かって走りだしていた。
◆
「やったー、ロック鳥の卵ゲット~!」
わたしは真っ黒な顔をして、大きな卵を高々と抱え上げ、叫んでいた。
「さすがミオンね」
「すごい身体能力だな」
セレーナとリーゼロッテは心底驚いているようだ。
「食べ物がかかった時のこの行動力ニャ……」
「いいから!」
わたしはにゃあ介にそう言い放つと、じっくり卵を眺めた。
おっきいし、重い。これ、食べがいがありそうだ。
早速わたしは、訊ねる。
「……で、これ、どうやって食べるの?」
「そのまま食べるか」
「火で焼くくらいしかないわね」
「生卵に焼き卵か。味気ないなあ……調味料が塩しかないのはしょうがないとしても」
わたしは少々思案して、
「この卵、すっごく堅いよね……そうだ、崖の下にあった卵の殻。フライパン代わりに使えないかな?」
わたしは卵の殻を拾うと、コンコンと叩いてみる。
「うん、いけそう」
わたしたちはキャンプ予定の開けた場所へ戻って、火をおこそうとしていた。
「あと野菜とかあればいいんだけど……」
「野菜か……ちょっと待っててくれ」
リーゼロッテは脇の草むらに入っていったかと思うと、ゼンマイのような草を何本か持って出てきた。
「この草は火を通せば食べられる。どうかな?」
「さすが、リーゼロッテ!」
山菜を受け取ると、わたしは魔法で薪に火をつける。
やっぱこういうとき、魔法ってすごく便利。魔法学校が人気なのもわかるなあ。
山菜を適当な大きさにちぎって、卵の殻のフライパンへ投入。
炒めながら、わたしは重要なことに気づく。
「この卵、どうやって割るの?」
ロック鳥の卵は、とってもかたい。にわとりの卵みたいに叩いただけでは到底割れそうもない。
「ミオン、ちょっと貸して?」
セレーナは土をひとすくい岩の上に敷くと、その上に卵を置く。
そして卵に向かって……剣を一閃。
セレーナが卵の上部を持つと、ふたが開くように綺麗にかぱっと取れた。
◆
「できたー! ロック鳥の卵の簡単オムレツ風~」
「おお!」
「こんなの初めて見たわ……おいしそう!」
「うん、外はふわふわ中はとろとろ、塩加減もぴったり!」
われながらよく出来た。と満足していると、
「よう」
木々のあいだの茂みから急に声がして、飛び上がる。
「はは、驚かせてすまん。すっげえいい匂いがするな、と思ったら、こんな料理を作ってたのか」
グランパレスの隼の怪力男、ガンフレットが姿を現わす。
「これは……いや、実にうまそうだ」
続いて、槍使いのジルも。
「あの、食べてみます? いっぱいあるし」
わたしは二人に料理を勧めてみる。
ロック鳥の大きな卵からは、普通のにわとりの卵数十個分のオムレツが作れていた。
「いいのか!?」
「悪いなあ」
言いながら二人はすでに殻を受け取って、オムレツを食べ始めている。
「こいつはうまい! 驚いたな!」
「ふむ、山菜のコリコリとした歯ごたえが、とてもいいアクセントになっている」
「へへへ……」
得意げなわたし。
ちょっとだけど料理をかじっていてよかった。何が役に立つかわかんないよね。
そのとき、茂みの中から、もう一人の人物の怒鳴り声が響いた。
「ジル! ガンフレット! 何してるの! 敵の料理を食べるなんて」




