第百十六話 リーズの提案
「認めない、っていわれても……」
わたしたちはリーズに連れられ、マルス・ダクトスを後にしていた。
彼女を先頭に、王都の中を歩く。
どこへ向かってるんだろう……。
リーズは無言ですたすたと先を行く。
しばらく歩くと、リーズはぴたりと足を止めた。
そしてくるりと振り返ると、人差し指を立てて言った。
「さっきのはなしよ。もう一度、ちゃんと私と勝負しなさい!」
「え? え?」
リーズの指さす先を見ると、そこには見慣れた冒険者ギルドのマークがかかっていた。
◆
入り口の大きな扉を、小さなリーズは慣れた様子ですたすたと入っていく。
ギルドにいた冒険者たちは、グランパレスの隼が突然現れたので、何事か、と色めき立つ。
そのグランパレスの隼とともに入ってきたわたしたち三人に、じろじろと好奇の目が向けられる。
リーズはそんな中、まっすぐにギルドの奥へと向かう。
掲示板の前にたどり着くと、褐色のボードに所狭しと貼られた討伐依頼を、目だけでキョロキョロと追いはじめる。
「ね、ねえ……」
「ちょっとだまって」
リーズは真剣な眼差しで討伐依頼を物色している。
わたしたちは所在なげに立ち尽くしている。
リーズが討伐依頼を吟味している間にも、どんどん人だかりが増えていく。
「これがいいわ」
リーズが言う。わたしはリーズの視線の先にある依頼書を読み上げる。
「ウェスラビル山頂、ワイバーンの討伐……」
ワイバーンって、相当やばい魔物だよね。……本気?
「なんだなんだ、何事だ?」
わたしたちの後ろにいる見物人からそんな声が上がる。
「なんでも、グランパレスの隼に勝負を挑んだやつらがいるらしい」
挑んでない挑んでない! 向こうが勝手に……。
「グランパレスの隼に? いったいどこのどいつだ?」
「うそだろ? 女の子三人でグランパレスの隼と勝負なんて」
騒ぎはどんどん大きくなる。
「おい、賭けだ賭けだ。どっちが勝つか賭けようぜ」
「ばか。こんな賭け成立しねえよ。グランパレスの隼が勝つに決まってるじゃねえか」
こちらを振り向いたリーズは、そんな喧騒を全く意に介さないかのようだった。
「決まり。どっちが先にワイバーンを倒すか勝負よ!」
言葉が出てこないわたしに向かって、リーズはこう言い放った。
「グランパレスの隼か、導く三日月か。セレーナは勝ったチームのものよ!」
◆
冒険者ギルドの外、道のまん中で、わたしたちは向かい合っていた。
わたしと、セレーナと、リーゼロッテ。
反対側にリーズと、ジルと、ガンフレット。
そして回りを取り囲む人だかり。
「説明するわよ。一度しか言わないから、よく聞きなさい」
リーズが話しはじめた。
「先日、この先の山の頂上付近へワイバーンが飛来するのが、商人たちのキャラバン隊に目撃されている」
リーズは早口でまくし立てる。
「ワイバーンは危険な魔物。山越えする商人たちが襲われないように、速やかに討伐する必要がある」
遠くにそびえる山を指さし、リーズは続けた。
「ここから歩いてウェスラビル山を踏破するには、普通の人なら数日はかかるわ。わたしたちなら、一日でいけるけど」
「数日!? あ、あのさ、わたしたち食料もってないんだけど……」
わたしが心細げな声で言うと、
「現地調達よ、決まってるでしょ」
リーズ・エアハルトはそっけなく答える。
「おいリーズ、まだ出発しないのか」
大きな斧を担いだガンフレットが待ちきれないように言う。
「なあ、大丈夫なのかい、その子たち。ワイバーンはもちろんだが、ウェスラビルは手強い山だよ」
槍使いのジルは、長い槍をフォンと軽く一回転させ、言う。
「マルス・ダクトスでの動きを見ただろ。意外とやるぜ、この子たち。それに、面白そうじゃねえか討伐勝負なんて」
ガンフレットは陽気に言う。彼は大斧を発泡スチロールか何かみたいに軽々と扱う。でも、あれ、きっとすっごく重いよね。
そしてリーズ。
彼女に目をやると、否が応でも背中にある大剣が目に入る。
「あんな小さな体で、あんな大剣ほんとに扱えるの?」
(手合わせしたとき見せた、あの豪快な剣は伊達じゃなかったようだニャ)
「それじゃあいくわよ……はじめ!」
リーズはそう言うと両手を大きく打ち鳴らす。
「えっ、もう?」
心の準備ができず、慌てるわたし。
リーズ・エアハルトはさっさと仲間たちの元へ戻り、率先して歩き始めた。
取り囲む見物人たちが道をあける。
「ごめんなさいね、二人とも」
セレーナは申し訳なさそうにしている。
「リーズって昔から言い出したらきかないの」
「セレーナのせいじゃないよ」
わたしはセレーナにそう声をかける。
セレーナは微笑む。
セレーナの争奪戦にセレーナが参加してるのは、どうなんだろう。
セレーナはグランパレスの隼に入りたい、なんて思ってないよね……?
「しかたがない、いくか」
リーゼロッテが言う。
わたしは、眉を八の字にして、深くため息をつく。
「まいったなあ……」
麻袋の紐を握り、短剣へ手をやって確認してから歩き始める。
前へ目をやると、ウェスラビル山の山頂は遥か遠くに感じられた。




