第百十五話 リーズとの手合わせ
「あーん、なんでこんなことになっちゃったんだろう……」
(泣き言をいうな、しっかり相手をしてやれ。相手は子供じゃニャいか)
「そんなこと言ったって、向こうはSランク級の剣士だよう?」
わたしは武芸訓練施設、マルス・ダクトスの広い場内で、リーズ・エアハルトと向かい合っていた。
彼女の剣もわたしの剣も、もちろん木で出来た模造刀だが、当たれば痛いなんてもんじゃない。
「て、手加減は……?」
わたしは恐る恐るリーズに訊ねる。
リーズはにこりともせずに答えた。
「なんでそんなことしなくちゃならないのよ」
ひーん。
完全に目が据わってるんですけど。
わたしはリーゼロッテに助けを求める視線を送る。
リーゼロッテは、「うむ」と言いながらこくりとうなずく。
どーいう意味のうなずきなのよそれは……。
「セレーナぁ」
とセレーナの方を見るとセレーナは、
「頑張って、ミオン!」
両手をぐっと握ってみせる。
やっぱりやるしかないのね。
「とほほ……」
とリーズの方を向き直ると……
「あ、あの……リーズさん?」
セレーナがわたしを応援したことがよっぽど気に食わなかったのか、リーズはその眉間にしわを寄せ、剣を握る手には、ぎりり、と音がしそうなくらい力が入っている。
「ちょ、ちょい待ち……」
わたしが言うよりはやく、リーズは地面を蹴った。
リーズの目には、殺意が宿っている気がした。
「わーっ、ころされる!」
◆
「うぉおおりゃー!」
リーズが咆哮し、剣を振りかぶる。
「きゃー!」
わたしは必死でリーズの剣を受ける……つもりだったが、すんでのところでそれを躱す。
ドゴォン!
――咄嗟に避ける判断をして正解だった。
リーズの剣が、芝ごと広範囲に地面をえぐっていた。
あの小さな体のどこから出てくるのか……ものすごい力だ。
(ふむ。魂の宿ったいい剣ニャ)
「宿さなくていいよ!」
立て続けに二の太刀、三の太刀が飛んでくる。
わたしは次から次へとくりだされる剣をしのぐので精一杯。
「ヤアッ! トオッ! エイッ!」
「わぁ! わぁ! わぁ!」
リーズの迫力に押され、わたしは後ろへ下がりながら何とか受ける。
「おっ」
槍使いのジルの声が聞こえる。
「悪くない動きだ」
それから頭の中でにゃあ介の声。
(防戦一方だぞ。反撃しろミオン)
「だって本気なんだもん!」
「何をごちゃごちゃ言っているの? 本気に決まってるでしょ!」
「決まってない!」
とうとうわたしはリーズに背を向けて逃げ出す。
「あっ! このオォ……!」
すぐに、リーズは鬼気迫る様子でわたしを追ってくる。
「待てえっ!」
リーズがじれったそうに叫ぶ。
「やだよ!」
わたしは道場内を逃げまわる。一応、足には自信がある。
「ほお」
「速いな」
ジルとガンフレットがそんな風に話している。
(子供相手に敵前逃亡とは情けないニャ……)
にゃあ介の言うことは無視して走り続ける。
わたしはリーズを引き離してから、なんとか声をかけてなだめようとした。
「ねえもうやめようよ、ケガするよ……わあっ」
振り返った拍子に足がもつれ、わたしはすってんころりんと見事に転んだ。
そこへ容赦なくリーズが襲いかかってくる。
「あんたなんかに、セレーナとパーティを組む資格はない!」
剣を大きく振りかぶり、寸分の狂いもなくわたしの脳天を狙っているのがわかった。
「うぉおりゃああぁー!」
「うそでしょ?」
このままじゃやられる!
わたしはとっさに手のひらをリーズへ向け、唱えていた。
「パラライズウィンド!」
瞬間、風が駆け抜け――リーズの動きが止まる。
剣を大上段に構えたまま、ぴたりと固まったリーズ・エアハルト。
その眼は驚きに満ちている。
真っ白な髪だけがかすかに揺れ――そのまま彼女はばったりとうつ伏せに倒れた。
◆
「リーズ、おいリーズ」
ガンフレットがリーズの頬をぺしぺしと叩く。
「きみ、今のは一体…」
ジルがわたしに訊ねる。
「ごめんなさい! だいじょうぶのはずです。すこしの間、麻痺しただけ」
「ミオン」
セレーナとリーゼロッテも、わたしの元へやってくる。
床に倒れているリーズの顔を覗きこみ、わたしは声をかける。
「ご、ごめんね。だいじょうぶ?」
麻痺が解け、ようやく動けるようになったリーズは、上半身を起こし、目をぱちぱちさせる。
そして自分の頭を整理するように、呟いた。
「今のは……魔法……?」
リーズはうつむき、自分の手のひらをじっと見ている。
「あ、う、うん。ごめん、反射的に」
「魔法?」
「魔法か……だが一体……」
ジルとガンフレットは顔を見合わせる。
リーズはしばらく黙りこんでいる。
「ね、ねえあの」
「見たことのない魔法だった……」
ぽつり、とリーズが言う。
「あ、あのそれはその」
「魔法で……私が……?」
リーズはまだ自分の手を見ながら、ひとり言みたいにブツブツとしゃべっている。
「ふむ。それで結局、どういうことだ?」
ガンフレットが言う。
「つまり、リーズの負けということだな」
ジルがあっさりと言った。
みな一様に顔を見合わせ、気まずい沈黙が流れる。
「認めない……」
「え?」
小さな声で聞き取れず、わたしは訊き返す。すると、
「認めないわ!」
リーズは、きっ、とわたしに顔を向け、叫んだ。
「私が負けたなんて、認めない!」




