第百九話 図書館を出ると※挿絵あり
わたしたちは薄暗い図書館の中で、顔を見合わせる。
「契約するなら、グランクレール大聖堂へ行くしかない」
「じゃあ……?」
「選択の余地はないわね」
「よし、行ってみよう!」
やり方はわかった。あとは教会へ行って、事をなすのみ。
いざ、魔法契約!
意気揚々と立ち上がるわたしの耳に、リーゼロッテがただし書きを読み上げる声が届いた。
「ただし、実際に時魔法の契約に成功した例は、記録上、どの文献にも残っていない」
◆
図書館を出て石段を下りながら、わたしはふと、ポートルルンガへ渡るときに乗った船のことを思い出していた。
あのときもらったラポスの葉を、押し花にしておけばよかったな。
本を持っていなかったから作れなかったけれど、やっぱり今思うと残念だ。
「こんなに本があるなら、一冊くらい借りられたらよかったのになあ」
もう葉っぱはすっかり枯れてしまったが、思い出だけはまだ鮮やかに残っている。
船長さんたち、元気にしてるかな。
いつか、また会いに行こう。ラウダさんや、サマンサさんや、他のみんなにも。
そのとき、不意に辺りが騒がしくなり始めた。
通りを行く人行く人が、何やら大声で話している。
「どうしたのかな」
まさか、このグランパレスに魔物が攻め入って来たの? と、ルミナスの時のことを思い出して少し不安になる。
だが、走りゆく人々は、悪い出来事ではなく、むしろ喜ばしい事が起きているような様子である。
皆、どこか期待や興奮に満ちたような顔をしている。
すると誰かがこう叫んだ。
「グランパレスの隼だ!」
◆
「グランパレスの隼だ! グランパレスの隼が通るぞ!」
そんな声が響いたかと思うと、周りの家々から人が飛び出してくる。
わたしたちのうしろ、図書館からも、何人かが急いで出てきて追い越していく。
おし合いへし合いされるうちにみるみる人だかりがして、ざわざわと何かを待ちわびているようだ。
「な、なんなの?」
わたしがぽかーんとしていると、近くにいた杖をついたおじいちゃんが、
「なんだおめえさん、グランパレスの隼を知らんのか!」
と、口から入れ歯を飛び出させかけながら叫ぶ。
「空を切り裂く猛き爪! 天翔ける白き翼! ここグランパレスで一番有名なパーティじゃぞ!」
おじいちゃんは片手で入れ歯を戻し、片手で杖を振り回しながら熱弁した。
「へ、へえ……」
しばらく、そのおじいちゃんの説明を聞く。
グランパレスの隼がどれだけ素晴らしくて、どれだけ偉大なパーティなのか。
でも、話の途中で入れ歯がはずれかかって、「ふが、ふが」と言っているようにしか聞こえなくなってしまった。
そうこうしているうちに、この喧騒の主、グランパレスの隼が姿を現した。
◆
わたしたちは、石段の上から聴衆越しに、彼らを見守る格好になった。
通りの向こうから、まずはじめに姿を見せたのは、身の丈ほどもある大きな斧を担いだ大柄な戦士だった。
その戦士が、のっしのっしと往来を歩いてくると、
「よっ、ガンフレット!」
「グランパレスいちの力持ち!」
と掛け声がかかる。
たしかに、離れたここから見ても、肩の筋肉が山のように隆起していて、とんでもないパワーの持ち主に違いないと感じさせる。
つぎにやってきたのは、ほっそりとした体つきに長い槍を手にした、金の長髪の男性だった。
「ジル!」
「槍使いのジルよ!」
と声が上がる。
ジルと呼ばれたその男性は、槍を持っていない方の手で整った顔立ちの前髪を少し整え、それから観衆の方に手を振った。
大きな歓声があがる。
そして三人目の、白い甲冑を纏った、少し小柄な戦士が姿を現すと、聴衆のボルテージはさらに高まった。
「うおぉぉー!」
「リーズ! リーズ・エアハルト!」
人々から、熱狂的な声援がとぶ。
「リーズ! リーズ!」
わたしはその熱狂ぶりに感心するばかりだ。
「すごい人気だなあ……」
と、その戦士の甲冑の間から覗いた顔を見て、さらに驚く。
「え? あれ、女の子!?」
それは年端もいかない少女だった。
わたしたちとそうかわらない年齢のその少女が、ちょっと微笑むと、観衆は狂ったように大騒ぎした。
「わー!」
「きゃー!」
「うぉー!」
わたしは、羨望の眼差しでそれを眺める。
「もうアイドルだあ」
しばらく、その熱狂と、グランパレスの隼の行進を見守る。
「この騒ぎが収まらないと、帰れないね」
そんなことを言いながら、彼らが通り過ぎるのを待っていたのだが……。
グランパレスの隼が、ちょうど図書館の前にさしかかったときだった。
白い甲冑の戦士、リーズ・エアハルトの足が止まった。
「なんだ?」
「どうした、リーズ?」
観衆がリーズの動きに注目する。
すると次の瞬間、こともあろうに、リーズ・エアハルトは、わたしたちの方めがけて、走り始めた。
観衆をかき分け、進んでくる。
「えっ? えっ?」
勘違いではない、真っ直ぐこっちへやってくる。
な、なにがどうなってるの?
戸惑っている間に、少女戦士は石段を駆け上がり、あっという間にわたしたちの目の前にやってきた。
その女の子が口にしたのは――
「セレーナ!」




