第百六話 セレーナの別邸
セレーナの別邸は、王都の中心部近くにあった。
「ここよ」
セレーナが門の前でそう告げる。
わたしがぽかーんと口を開けていると、
「ミオン? 行くわよ」
セレーナがそう急かす。
しかしわたしはなかなか歩き出せない。
わたしたちの前にある家が、白を基調としているのは他と同じだが、その大きさが全然違うのだ。
わたしは手をばたばたと横に広げながら言う。
「いや、いやいや、セレーナ。門から家まで、めっちゃ距離ある!」
「…………」
わたしは両手でぶんぶんと円を描きながら言う。
「中庭の広さ、エグっ」
「…………」
「建物も、どんだけでっかいの……」
わたしはうんと背伸びをして手を高くかかげながら……
「いいから!」
セレーナはぴしゃりと言った。
「さあ行くわよ。こんなの、慣れちゃえばなんてことないんだから」
慣れてないから、驚いてるんですけど……。
わたしの手を引っぱって、セレーナはどんどん進んでいく。
「私の家とはずいぶん違うな……」
後から歩いてついてくるリーゼロッテも、わたし以上に度肝を抜かれているようだった。
「昨日出した伝書鳩は届いたかしら……」
そんな二人と対照的に、セレーナは臆することなく(あたりまえか)、中庭の飛び石をすたすた歩いて行くのだった。
◆
「お帰りなさいませ、お嬢さま」
扉を開けると、初老の男性が姿を現した。
銀ぶち眼鏡と白い髭が特徴的なその老紳士は、セレーナに向かって、うやうやしく礼をした。
「ちょうど今朝、お嬢さまの手紙が届いたところです」
「ただいま、バート! みんな、執事のバートよ」
「は、はじめまして……ミオンです」
「私はリーゼロッテ」
「魔法学校の、お友達ですな。よろしくお願い申し上げます。ミオンどの、リーゼロッテどの」
深々とおじぎをする執事さん。
「よろしくお願いします……バートさん」
慌ててわたしが頭を下げると、バートさんは短く整えられた髭に手をやり、微笑ましそうに笑った。
「あの、これつまらないものですけど……」
わたしとリーゼロッテは、リボンをあしらった袋を差し出す。
「これはこれは、ありがとうございます。ほう、ドミンゴの実ですな」
バートさんは袋を覗きこんで言う。
「馬車の中で何をしてるのかと思ったら……もう、気にしなくていいのに」
セレーナがちょっと困ったように言う。
途中の馬車で、リーゼロッテに布を縫いつけたラッピング代わりのかわいい袋をつくってもらっていたのだ。
「ははは、よくできたお嬢さまがただ。さあ、こちらへ。お三人さまの、お部屋の用意ができております」
バートさんはそう言うと、わたしたちを邸宅の中へ促す。
「半端ない!」
中ヘ入ると、魔法学校に劣らないくらい、天井が高い。
なんかすごい凝った装飾がされてるし。
信じられないけど、これ、別邸よね?
本邸はもっとすごいってこと?
ごくり、と唾を飲んで左へ目をやると、白いエプロンをした女性が、スカートをつまんでおじぎをしている。
「ユリナ! ひさしぶりね」
「お久しゅうございます。お嬢さま」
この人がお手伝いさんね。わたしは思う。
お手伝いのユリナさんは、青みがかった目をした、若い女性だ。
バートさんが、言う。
「ユリナ、お三人を部屋へご案内して。お嬢さま、ご夕食は……」
「うん、とりあえず、図書館へ行ってくる」
「夕食はその後、ということで。メニューの方は?」
「任せるわ」
「かしこまりました。ではユリナ」
きびきびと指示を出す執事さんと、短い返事で応じるお手伝いさん。
この人たち、すっごい仕事できそう。わたしはひと目でそんな印象を持ったのだった。
◆
「ほわー!」
わたしは部屋に入るなり、両手を挙げて窓へ突進した。
「絶景なり!」
窓から望む王都の街並みは、見晴らし最高。
白い家々が整然と建ち並ぶその奥に、高さが数十メートルもありそうな、お城がそびえている。
ロールプレイングゲームの一場面を切り取ったみたいだった。
「ほんとかっこいい……こーいう家に生まれたかった……」
わたしがまた小学生みたいな感想を漏らしていると、にゃあ介が、
(生まれを問うことなかれ。行いを問え。……ブッダの言葉ニャ)
と、たしなめる。
むう。このネコ、いちいち正しいことばっかり言うんだから……。
「さあ、荷物を置いたら、図書館へ行きましょう」
セレーナの声に、わたしはにゃあ介の言葉をさっさと忘れて部屋を飛び出した。
(やれやれニャ)




