第零話 ふつう
普通普通。
いやんなるくらい普通。
何でこんなに普通なの?
ため息で机の上の教科書のページがめくれそう。
これといって特徴のない、どこにでもいる女の子。
普通が服着て歩いてる。
モブキャラ、背景、一般人。
そりゃあ、オシャレやスイーツにも興味はある。だけど、それも人並み程度。
自慢できるもの、何にもない。
また、ため息。
あんまりため息が出るから、空気の抜けた風船みたいに体がしぼんでなくなるかも。
そんなわたしにも、ひとつだけ譲れないものがあった。
わたしの、ほんとうに好きなもの。
――魔法。
絵本の影響だったか、アニメの影響だったか、覚えていない。
物心ついた時には夢中になってた。
わたしは毎日のように、魔法のまね事をして遊んだ。
暇があれば魔法を唱え、「花瓶よ割れろ! 落ち葉よ燃えろ!」って、躍起になっていた。
「魔法ごっこして遊ぼう!」
幼稚園の頃は、毎日のように魔法ごっこをして遊んだ。
「ドラゴンが攻めてきた! ふぁいあー!」
「ふぁいあー! ふぁいあー!」
とにかく魔法が好きだった。
ラノベに出会ってから、その想いは加速した。
小学校の高学年だったか、きっかけは、本屋で見かけた表紙の絵。
手に炎の玉を発生させた主人公に、どきん、ときた。
わたしはその世界の虜になった。
それ以来、本を読み、映画を観ては、ひたすら魔法。
わたし以外のみんなも、きっとやってみたことがあるでしょ?
意識を集中して、一心に念じれば、手から炎が出るんじゃないか……って。
「魔法ごっこして遊ぼう!」
だけど、いつしかみんな、目が覚めていく。
それが大人になるということだ。
「うーん、今日はやめとく」
一緒に魔法ごっこをしてくれる友達は次第にいなくなっていった。
付き合ってくれるのは、いつの間にか家に居ついた、ネコのにゃあ介くらい。
わたしは毎日のように、にゃあ介相手に呪文を唱え続けていた。
いつか魔法が使える日が来ると、信じて。
◆
中学校生活も終わりに近づいた頃、友だちと進路の話になった。
みんなは、現実的で、立派な夢を持っていた。
美容師、保育士、OL、デザイナー……。
「美音はどうするの?」
訊かれたわたしは返答に詰まった。
「決まってないの? 早いほうがいいよ、進路きめるの」
「うん……」
わたしは、ぼんやりと考え事をしていて。
「魔法使いになれたらいいな……」
うっかり口を滑らせた。
みんな、きょとん、とした顔をしていた。
「あ、やだ、ジョーク?」
「魔法だって。アハハ、笑えるー」
頬が熱くなる。
笑っているみんなが、遠く思えた。
「え、ジョークよね? 美音」
「う、うん。もちろんそうだよー」
そう言うのが精一杯だった。
◆
次の日のことだった。
教室へ入ろうとしたわたしの耳に、こんな言葉が飛び込んできた。
「あの子、なんかキモイよね」
キモイ? 何の話?
扉の前で聞き耳を立てる。
「うん、魔法だって。この歳にもなって、ちょっとおかしいよね」
わたしのことだ。
突然がーんと、全身が重くなった。
「つき合うのやめよっか?」
「キモイもんね」
「アハハ! 魔法だもんね!」
これ以上、聞いてられない!
わたしは、ガラガラッと、わざと大きな音で扉を開ける。
にこにこ笑って、
「おはようー!」
と話しかける。
けれど、誰も挨拶を返してはくれなかった。
わたし、普通でもなくなっちゃった。
◆
家へ帰り、ベッドに倒れ込む。
枕に顔を埋め、つぶやく。
「わたし、これからどうしたらいいんだろう」
何だか、とてもシンドかった。
ずっと寝ていられればいい、と思った。
足元で、「にゃあ」と声がする。
「にゃあ介、わたし、どうしたらいい?」
にゃあ介は、澄んだ瞳でじっとわたしを見つめ返してくる。
「あんたに言ってもわかんないか」
よいしょ、と起き上がり、
「さー、魔法の練習でもしよ!」
思わずそう口にして、ハッとなる。
みんなの笑い声が耳に蘇る。
(キモイもんね)
(アハハ! 魔法だもんね!)
悔しいはずだった。
頭に来たはずだった。
魔法を馬鹿にすることだけは許せないはずだった。
けれど、何も言い返せなかった。
何も言い返さなかった。
かわりに、わたしは笑ったんだ。
それは、わたし自身が認めてしまったからに他ならなかった。
「…………」
わたしはまたベッドへ戻る。
とうとう認めざるを得なかった。
「もう、やめよう」
この辺が、潮どきだ。
いつまでも夢みたいなことばかり言ってられない。
そして。
認めることで、今度こそ本当に、わたしは何の特徴もない普通の女の子になる。
「――魔法なんて、ないんだ」