後奏 卒業式
3月10日
今日は私の卒業式。
そして、琴葉の本番の日。
部屋で3年間着た制服に袖を通す。
周りの学校からも可愛いと評判のセーラー服。
私もかなり気に入っていた。
それを着るのも、今日が最後。
それなのに、頭の中は琴葉のことでいっぱい。
練習に付き合ってくれ、と頼まれ、練習初日に愚痴をこぼしてきた琴葉に叱りとばしたのも、随分前のように感じる。
あの後、納得したように感じたが、私は見てしまった。次の日に琴葉が音楽室の前で泣いていたのを。
あのとき、琴葉が泣くほど本気で嫌になっていたのだと思った。
私は次の週の練習日に、もうやめたら、と言うつもりでピアノ教室に来た。
たまたま見てしまったことは言うつもりはなかったけれど、もうこれ以上、琴葉に無理をしてほしくなかった。
でも、レッスンが終わって私がいる教室に入ってきた琴葉は、何かがふっきれた表情で、先週のことなんて何も無かったかのように、練習を始めた。
「ねえ、伴奏のことは結局イヤじゃなくなったの?」
思わずそう聞いたのは、その日の帰り道だった。
「うん。ちゃんと引き受けることにした。祐希にも伶花先生にも手伝ってもらってるし、今回はとりあえず楽しんでみることにした」
自転車を引きながら、隣を歩く琴葉は、なんだか本当に壁を乗り越えたようで、ひとつ年下なのに、大人っぽく見えた。
ーコンコン
「ゆきー、支度できたー?」
お母さんがドアをノックする音でハッと我に返った。もう時計は8時を指していた。
学校は家の目の前にあるけど、油断していたら遅刻してしまう。
琴葉はもう出発しただろうか。
今、何をしているんだろう。練習しているかな?それとももう待機しているのだろうか。
緊張でガチガチになってないといいけど…
とっくに着替え終わっている制服を整えながら、また琴葉のことを考えている自分に苦笑した。
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AM9:00
『ただ今より、第三十回、卒業式を始めます』
体育館の中から、教頭先生の声が聞こえた。
私は、1組の出席番号15番。苗字が崎新谷だから、ちょうど真ん中らへん。
だから、今は体育館の入場する扉の近くに待機している。
『卒業生、入場』
その声と共に扉が一気に開かれた。
聞こえてくるのは、聞き慣れた前奏。
電子ピアノなのに、すごく綺麗に聞こえてきて、まだ入場なのに涙が出そうになった。
卒業生が通る赤いカーペットの先に、ちょうど伴奏者がいた。
その姿は、合唱コンクールのときよりもやっぱり大人びていて、それでいて、
楽しそうに弾いていた。
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