第三章 ミーティングにて
「あーみんな揃いました?ミーティング始めますよ」
卒業式合唱団は総勢120人+指揮者+伴奏者。
そのほぼ全員が放課後、南音楽室に集合した。
「始めに言っておきますが、あなたたちは授業や普段の生活態度で選ばれた人です。たとえやりたくなくても、基本は強制的にやってもらいますので、そのつもりで」
ーほらやっぱり。断ってもダメだから、絶対命令なんだよ。
音楽の先生にあるあるだが、物事をはっきり言う人が多い。私のピアノの先生もそうだから慣れてるけど、1年生なんかはちょっと怯えてるように見える。
「練習は昼休みと放課後です。部活があってもこちらを優先してください」
ーじゃあ、水泳部はしばらく行けないな。
別に今は2月だから、休んでもあまり影響はない…と思う。
「では念のため、指揮者と伴奏者の紹介をします」
ー…は?紹介?
そんなのする必要ないと思う。だいたいそのうち嫌でもわかることになるし。
私が渋っていると、指揮者はなんのためらいもなく立ち上がり、前に出た。
仕方ないので私も重い腰を上げて、指揮者のとなりに立った。
「じゃあ、指揮者から自分で自己紹介を」
「2年C組の華原 京です。よろしくお願いします」
落ち着いた、男子にしては少し高めなテノールっぽい声で紹介する。
華原さんはC組で学級委員をやってるから、こういうのは慣れてるのかもしれない。
「えっと…2年B組の青野 琴葉でしゅ」
ーうっわー、噛んじゃった…
私は極度の上がり症。人前で話すのがほんとに苦手。
恥ずかしさのあまり、勢いよく礼をして頭を上げると、思ったより多くの人が笑って手を叩いてくれているのが目に入った。
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「では、これでミーティングを終了します。明日から練習に参加してください」
嶋田先生がそう締めくくり、合唱団第1日目が終わった。
「失礼しました〜」
「ありがとうございました〜」
次々にメンバーが音楽室から出て行く。時折私の方を見てニヤニヤしていた人もいたけど、ごく数人だ。全然問題ない。
私も人の波に乗って帰ろうとしたら、嶋田先生に呼び止められた。
「琴葉さん」
「はい」
「いつまでに伴奏できる?」
「え?」
「どのくらいの期間で歌と合わせられる?」
一か月。
本当はそのくらい必要だけど、そんなこと言ったら卒業式が来てしまう。
少し考えてから、口を開いた。
「2週間くらいでしょうか」
言葉にしてから後悔した。
多分不可能に近い。
もう少し長めにすればよかった。
そんな心を読んだのか、嶋田先生はにこりと微笑んだ。
「三週間後、本番一週間前にできてればいいわよ。もちろん、その前に合わせられるんだったら弾いてもらうけど」
あまり微笑むことのない嶋田先生の笑顔が、神様に思えた。
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『えーっ⁉︎琴葉が卒業式で伴奏⁈』
「祐希、ちょっと声でかい」
思わず耳から電話を遠ざける。
『だってだって、琴葉が卒業式で伴奏やるんだよ⁈』
「何回言ってんの、それ」
『え、って言うことは琴葉のピアノが当日聞けるってことだよね⁈』
「そういうことになるね」
祐希は同じ中学の3年生。幼稚園の頃からの幼馴染だ。
ピアノも一緒に始めた。最初の頃は曜日が同じでいつも二人で行ってたけど、今はお互い忙しくなって、こうして電話じゃないと話せなくなっている。
『何か手伝うことある?』
祐希は頭もかなり良い。高校も早々に合格を決めて、現在は遊び放題の時期だ。
「お願いできる?」
『もちろんだよー!私も去年同じ曲歌ったし。伴奏に合わせることはできるよ!』
「ありがとう!助かる!」
さすがに一度も合わせた事がないまま大勢の伴奏をするのはものすごく不安だ。かと言って亜美や拓とは家が遠いし、学校ではまだ弾きたくないから無理だった。
祐希とだったら、家じゃなくてもピアノ教室で練習できる。
卒業式の主役に手伝ってもらうのは気が引けるが、もうそんなこと言ってられない。
「じゃあ、来週の水曜日に私レッスンがあるから、そのあと30分くらい来てもらってもいい?」
『ほいほーい、了解しました〜』
ーこれでなんとかなるかも。
ほっとして一人部屋の中、ため息をついた。