第二章 嶋田先生と大泉 真
「失礼します」
給食を食べ終わった後の昼休み。
私は音楽担当の嶋田先生に呼び出しを受けて、音楽室を訪れた。
「あぁ、少しだけだけど話があってね」
私達の他に誰もいない音楽室。嶋田先生と私はピアノを挟んで向かい合う。
「今朝、プリントを渡されたと思うけど、」
ーやっぱりその事か。
予想していた質問とはいえ、自然に体に力が入る。
「昨日までテストだったから、詳しい説明ができないままプリントでお願いすることになっちゃったんだけど…」
口調は先生が謝ってる感じだけど、視線は『嫌とは言わせない』という風に鋭いものだった。
「卒業式合唱団が、卒業生の入場と退場のときに歌を歌うのは知ってるわね?」
「はい」
去年は選ばれてないものの、拓から話だけは聞いていた。
「その入場曲と退場曲の伴奏をお願いしたいのよ」
あくまで先生がお願いする形にはなっているが、やはり視線はさっきのままだ。
「二曲…」
はたしてその情報はプリントには書いてあったのだろうか。
急な無茶振りに困惑した。
私は去年と今年の合唱コンクールで課題曲と自由曲の二曲とも担当した。だから、二曲はできないことではない。
でも。
今回は時間がない。
合唱コンクールの時は二カ月前くらいから楽譜はもらってたから、練習時間はそこそこあった。
そして今回は…
卒業式まで約一カ月。
―約一カ月で二曲は無理かも。
断ろうと口を開いたとき、嶋田先生が困ったようにため息をついた。
「ハァ。もし琴葉さんができないって言うのなら、真さんにお願いすることになるけど…真さんは今、三送会の伴奏も担当してるのよねぇ」
毎朝学年練習で伴奏してるでしょ、と言う。
ーそうは言っても、一カ月で二曲は無理だし。ここで断らないとやることになっちゃう。
でも、先生の視線に促されて反射的に「はい」と答えていた。
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―キーンコーンカーンコーン―
その日の授業が終わり、掃除の時間が始まるチャイムが鳴った。
「ねえねえ、あそこに大泉くんいるよ!」
「ほんとだ!今日もイケメンだわ〜」
クラスの女子が真を見つけたのか、騒いでる。
隣のクラスの真はルックスも性格も完ぺきだから、女子に大人気の男である。
帰宅部の彼は、運動神経がイマイチだそうだが、そこがまた女子にとっては可愛いと思うポイントらしい。
ちなみに私は真と同じピアノ教室。
何回か発表会で同じ時間だったりすると二言三言くらい話すかな、という程度の仲だ。
だから真のことはピアノの技術面とかでは尊敬してるけど、それ以外は小学校のときから知ってるからか、何とも思わない。
―正直女子ってよくわかりませんわ…
自分も女子だってことは棚に上げて、騒ぐ女子をぼーっとみていた。
「話しかけに行ってみない?」
「え〜、何話すのよ」
「今朝もピアノ上手かったですね、とか?」
ーそうだ。もう一人の伴奏者賞って、真だった。
忘れてた訳ではないけど、なぜか頭になかった。
ー真に一曲でも頼んだら、私はもう少し楽になるかな…
三送会の伴奏っていっても一曲だけだ。私より演奏スキルが上の真なら、もう一曲くらい可能かもしれない。
なんて、自分勝手な想像をしてたら
「ねえ」
と気がついたら真に話しかけていた。
「何?」
雑巾を洗っていた真がイイ笑顔で振り返ってきた。
「卒業式の入退場の伴奏のことなんだけど…」
「あぁ、あれ青野さんが担当するんだってね?頑張って!」
それだけ言うと、雑巾を絞って去っていった。
―なんかうまい具合にはぐらかされたような…
しょんぼりしていると、さっき騒いでた女子に「大泉くんに色目使ってないでさっさと掃除して!」と嫉妬も含んだ声でで怒られた。
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「琴葉!一緒に音楽室行こう!」
放課後。
亜美が手に楽譜を持ってB組の前にいた。
「え?」
「えっ、琴葉今日から合唱練習だって知らなかったの?」
そう言って、あのプリントの裏の予定表を見せる。
ーって裏?
「えっ、裏ってあったの?」
「…もしかして裏の存在から知らなかったのか!それは琴葉さん、重症ですな」
亜美の細い指がプリントの今日の部分を指差す。
ー2月8日 放課後 南音楽室ー
「やばっ!知らなかったっ!」
急いで周りを見渡すと、もう拓の姿はない。
音楽室に行ったみたいだ。
「えっ、ちょっ、琴葉⁈」
私もロッカーから楽譜を引っ掴んでせっかく待っててくれた亜美を置いて音楽室にダッシュした。