私の師匠は弱い
私の師匠は将棋界では有名な棋士だ。
もちろん強い。
でも、私よりは弱い。
何が弱いかはわからない。
でも、私より弱いのだけはわかる。
「もう一局お願いします」
私は何回やっても師匠には勝てなかった。
どうしても勝ちたいのに勝てない。
私に何が足りないというのか。
初めて師匠と将棋をさしたとき言われた言葉をもう一度思いだしてみる。
「お前にはあって、俺には無いものがある。それは、才能だ。
だが、お前は俺には一生勝てない。なぜなら、お前には無いものがあるからだ。
それが何かわかったときお前は俺に勝てるだろう」
師匠は確かにそういっていた。
私はわからないまま角道をあけた。
師匠も角道を開けた。
そして、私は師匠の目を見た。
師匠の目は、なにか期待している目であった。
結局、この局も私が負けた。
「負けました」
「ありがとうございました」
もう何千回と繰り返した挨拶。
しかし、まだ一回も言わせられてない師匠の負けましたという言葉。
「師匠も一局。お願いします」
しかし、師匠はもう一局はなしだというように私の目の前から去っていった。
なにか寂しげな面影を残して。
私は、今の対局のどこが師匠のいう私にはないものなのかを研究した。
もう何時間たっただろうか。
気がついたときにはもう師匠が目の前に立っていた。
「まだ気が付かないのか。お前にないものが」
「ごめんなさい」
「何故謝る。悪いのは誰でもない」
「でも...」
私が謝るといつも悪いのは誰でもないと言う。
「今から俺についてこい。お前が負ける理由を教えてやる。でも、わかるかどうかはお前次第だ」
師匠はそう言って部屋を出て行った。
師匠は私の前を歩いて独り言のように話した。
「お前がさっきさした57手目を覚えてるか?」
「はい。師匠の桂馬の前に銀を置いた手ですよね」
私は一手一手思い出しながら答えた。
「あの手が最善手だと思って打ちました。師匠なら違ったのだというのですね」
「そうだ。お前は銀を捨てたんだ。お前の名はなんだ」
「銀花です」
「そうだろ。銀に花で銀花だろ。なのに銀を捨てんのか?それでいいのか?」
「それがだめなのですね」
本当に銀を捨てたからなのか。今まで銀を捨ててないときもあったはずだ。
将棋には王を守るために銀や金を使う。
でも、私の戦法は棒銀といって銀で攻めてく戦法だ。
銀が好きだからというからなのだが、この戦法がだめだと言われたらもうどうしようもなくなってしまう。
「私の名前は銀花。銀に花で銀花です。銀を使う使命だと思っています。
ダメですかね?」
私は、師匠に本当の理由を教えてもらうために尋ねた。ところが、私の思っていた答えではなかった。
「ダメだ。でもどうしても銀を使いたいというなら使え。
そして、もう一度聞く。俺に勝ちたいか?」
「はい。勝ちたいです」
「なら考えろ。お前には才能があるって言ったろ」
師匠は何をいってるのだろうか。銀を使うなと言ったり才能があると言ったり意味が分からない。
「とにかく頑張れよ」
師匠はこの言葉を残してどこかに消えてしまった。
もう3年はたっただろうか。
私は史上最年少女流棋士になっていた。
ちなみに今は30連勝をしていた。
私は誰にも負けないようになっていた。
でも、師匠には勝ててないままだ。
そして、いまだに師匠の言葉が理解できない。
私は、退屈してきていた。
もう私に勝てるのは師匠だけなのだろうか。
将棋盤を見ながらぼぉっとしていたとき、突然ドアが開いた。
3年前に私の前から消えた師匠だった。
「師匠。今までどこに行ってたんですか?心配してたんですよ」
しかし、師匠は何も言わずに将棋盤を挟んで座った。
「よろしくお願いします」
師匠は急に帰ってきて、将棋を始めた。
「まだわかんないようだな」
まだわかんないとはなんなのだろうか。
まだ一手もさしてないのにそんなことがわかるのだろうか。
私は将棋盤を見た。
銀がずれていた。
やはり銀なのですね。
「師匠は銀しか見てないんですね」
師匠はなぜかため息を吐いた。
「3年たってもわからないか。少し期待していたんだがな」
「師匠。いったいなにがいけないんですか。いいかげんおしえてくれませんか?」
「お前は将棋が好きか?」
「はい?いったいなんのことですか」
「いいから答えろ」
「わかりました。好きですよ将棋」
「ならなぜ、楽しそうにさせない。楽しくないのか?」
「楽しいですよ」
私は、なぜか心臓がバクバクしていた。
「お前は、勝つことしか考えてない。楽しくないだろ。さっきだって退屈だったんだろう」
「うるさい!」
私は師匠に怒鳴ってしまった。
「まあいい。お前が勝てないのはこれだ。ちゃんと教えた。さっさとさせ」
結局この局は私が勝った。
初めての勝ちであった。でも、全くうれしくなかった。
「おめでとう。初めて俺に勝ったな」
「そんなこと言われてもうれしくないですよ」
また怒鳴ってしまった。
「もう私の前から消えてください」
「わかった。じゃあな。一応置いとく。俺の電話番号だ」
私はずっと立ち呆けていた。
なんで師匠に怒鳴ってしまったのか。
それは明らかだった。
「私は将棋が楽しくない」
私は師匠も将棋も捨ててしまったのだ。
今までずっと一緒にいたのに。
「もうどうなってもいいや。死のう」
私は死ぬ決意をしたが、ふと師匠が残していった紙を見た。
俺は将棋が楽しいぞ。 本当は、俺よりも好きなんだろ将棋。
たったの二文だった。
なぜか涙がこぼれてきた。
私はそこに書かれていた電話暗号に電話をした。
「もう一局おねがいします」
今まで何度と師匠に負けて行ってきた言葉だ。
そして、私が勝った。
「やっぱり、師匠は弱いですね」