第七巻 第4章-あとがき間 262.5ページ
いかに人類が地球の重力から解放されたとは言え、ワープ航法や瞬間転送装置と言った絵空事の技術までも再現する事は出来なかった。惑星間やスペースコロニー間の移動は、未だに宇宙船に頼らざるを得ないのが現実だ。アンダードッグ小隊は同盟軍の所有する型落ちの宇宙戦艦ライト・アロー号に乗艦し、地球に最も近いスペースコロニー群『アガルタ』を出発した所だった。
人類が宇宙での活動を開始してしばらく経ち、コロニー群を行き来する必要が出来た時、宇宙間を移動するのに最も適した形を模索していたさなかで開発された物だったので、その姿は地球の海を波飛沫を立てながら航行する艦艇に似せて作られた。その為、ライトアロー号のブリッジもまた、地球の船のそれに酷似していた。
そこかしこを飛来している小さな隕石等にも耐えられる分厚く強靭なガラスによって作られた巨大な窓の外は完全な闇に閉ざされており、その遥か彼方から投げかけられたどこかの星の輝きが時折届いた。本来なら操縦士が絶えずチェックしているはずのコンソール・パネルは闇の中で薄ぼんやりと光を放ち、船の周囲の状況を移し続けていた。
小隊長であるジョージ・ヘイワード中尉の幕間空間への招集により、いつもの二人と新人二名が呼び出されたのは船の大きさに比例して広く作られたブリッジのど真ん中、比較的大きいモニタの前だった。前回と違う点があれば、ユウが最初から赤いボロ布を身にまとっていない事だけだった。
「あれ? 今回はおふねの中かなー? おかしいねえ、居住空間でもないのにちゃんと地面にいるねえ。ふわふわしてるかと思ったのに」
真っ先に声を上げたのはアリサ・アンダーソンだった。宇宙暮らしの長い彼女にとって、宇宙船における重力の存在は異質な物だったのだろう。その場でぴょんぴょん飛び跳ねては首をかしげていた。
「お前らを呼ぶにあたって、この場に重力を付与した。ここは幕間空間だからな、ある程度は自由に組み替えられるんだ。ふわふわと浮いているのも心地悪いだろう? 特に地球組のカルロスとアルバート、あとユウも」
名前を呼ばれた三人は確かに、と頷いた。一人だけ不思議そうな顔をしているアリサはともかく、地球での生活が長かった三名が納得しているのを確認し、ジョージは本題を切り出した。
「今回は第七巻、危険巻だった。……だったと言うのは実はここ、あとがき直前なんだ」
「じゃあ今回は誰もフラグが立たなかったんですか?」
アルバートが口を挟んだ。これまで奇数巻では、誰かが死ぬ前に幕間空間が形成され、小隊の面々が召喚されていた。安全巻でも無いのに最後までフラグが立たなかったのであれば、それは初めての事だった。
「そうだな。一番最初にチェックした時にはアリサにフラグが立っていたんだが……いや、凄かったぞ。前回言ってた事、覚えてるか? 惚れた弱みで身代わりで死ぬってのが本当にそのまま出てきた」
狐につままれたような表情のジョージの言葉に、一同が驚きの声を上げた。飛び跳ねるのに飽きたのか、そのあたりをうろうろ歩き回っていたアリサが近寄りながら口を開いた。
「お、じゃあやっぱりアレがそうだったのかなー? アリサね、早々に降りる事にしたんだよ」
「うん? どういう事だ?」
「深入りしないって言うのかなー、クラりんともお姫ちんともお友達になる事にしたんだよー」
「クラりん? お姫ちん?」
得意げに話すアリサの聞き役に回ろうとしたカルロスだったが、その独特な喋りについていけずに苦労していた。そこへユウが近寄り、「多分クラウス君と、アリシアさんの事だと思いますよ」と彼に耳打ちした。なるほど、と手を打つカルロスを置いてけぼりにして、アリサは外で遊んできた事を楽しそうに話す子供のように、にこにこ笑いながら説明し始めた。
「確かに初めてクラりん見た時キュンキュン来たけど、そういう風に仕組まれてるんだーって思うと自然と冷静になれてねー。でもあんまり冷たくしても逆効果になりそうだったから、他の人と同じように接しておいたのー。お姫ちんにもアリサに名前似てるし超応援してるからねー! お友達になろうねー! ってアピールしておいたんだよー。そしたらアリサも身を引いてる訳だし、嫉妬からギスギスしたりって事が無くなるから無茶しなくていいなーって」
「……なんか、こう、凄いなあ、訳がわからない」
アルバートは額を抑えてかぶりを振ると、男性陣の気持ちを代弁するかのように言葉を漏らした。皆一様に声を掛けあぐねている所で、ユウがアリサに微笑みながら近づき、その頭を優しく撫でる。
「将来的なフラグの要因になりそうな部分を今のうちに潰しておくのと、精神的に不安定だと言う設定も考慮した上での立ち回り……うまい具合に処理しましたね」
褒められた上に撫でてもらえた事に気をよくしたアリサは相好を崩し、照れ隠しに自分の頬を手で擦っていた。事情はよく分からないものの、誰も死なずに済んだ事への解放感で少し気の大きくなったカルロスは頭の後ろで手を組むと、大きく背伸びをしながら外の景色に目をやった。
「いやー、なんだかんだで俺ら、4回も死なずに済んだのか。楽勝……とは言えないけど、調子いいよなあ」
「うーん……」
アルバートは俯いて考え込んでいた。光量が抑えられているブリッジの中、モニタが放つエメラルド・グリーンの明かりに照らされ、深刻そうな顔がさらに辛気臭く感じられた。アリサが横からアルバートの顔を覗き込む。
「ん? アルるん先輩何か悩み事かなー?」
「悩み事って言うか……ちょっとうまく行き過ぎてないかな、って思っただけなんだよね」
「うまく行き過ぎている……だと?」
その一言に何か感じる物があったのか、ジョージが聞き返す。アルバートはジョージに目をやって一度軽く頷くと、巨大なモニターに背を向けて一同に向き直った。
「そうです。ジョージさんもちょっと想像してみて下さい。今まで生き延びて来てて分かるように、この物語はどうにも人がよく死ぬ、それも大勢。僕らもジョージさんの能力がなければ、すぐにでもお役御免になっていたはずですよね?」
「ああ、俺なんか第一巻で死んでたはずだ。まさに一巻の終わり……なんてな」
カルロスが冗談交じりに話の腰を折ろうとする。アルバートは困ったような顔をして鼻で笑うと、すぐに話を元に戻した。
「それで、何故人がどんどん死ぬのかって話なんですが……この物語を楽しんでいる奴がいるとして、そいつらが『登場人物がバタバタ死ぬ話が好き』って事なんじゃないかな、って思うんです」
「ふむ……なるほど、一理あるな」
「そういう奴がもし、もしもですが……一部の小道具みたいな端役の登場人物は死んでるかも知れませんが、主要キャラがフラグを回避し、もしくは用意されていた危難を全て対処仕切って生き残ってる話を見たとして……果たしてそれを面白いと思うでしょうか?」
両手を広げながらアルバートが意見を求めた。全員が表情を曇らせる中、カルロスだけは別の理由で浮かない顔をしていた。
「うーん……どうにもピンと来ねェな……」
「カール、もしも肉が食べたくてステーキ屋に入ったのに、ハムの切れっ端がちょっと乗ってるだけのサラダしか出て来なかったら……どうする?」
「あん? そんなステーキ屋なんかあるかよ、俺なら文句付けるしそんな店二度と入らない……あ」
自分のレベルにまで落とした例え話のお陰でようやく合点がいったカルロスは開いた口が塞がらなかった。その様子を見て満足したアルバートが結論を述べる。
「そう、つまり僕らの行動は物語の向こう側の人からしたら『期待はずれ』である可能性が高いんだよ。僕らはただ生き延びたいだけだけど、もしかしたら知らないうちにそいつらの不興を買ってるかもしれないんだ」
「でもアルるん先輩、そのエキセントリックな観客の為に死んであげるつもりは無いよね? わざと死んじゃったりしないよね?」
話を遮るようにアリサがその顔をアルバートの鼻先まで近づけた。アルバートはアリサの両肩を掴んで引き離すと、少し顔を赤らめた。そして小さく咳払いをしてから自分の意見を述べた。
「うちの隊随一のエキセントリックに言われるのは可哀想だし同情を禁じ得ないけど……そうだね、僕も死ぬつもりはない。多分それは皆同じだと思うんだけど、何だか嫌な予感がするんだ。……ジョージさん、今まで四作品を過ごしてきて似たような事はありませんでしたか?」
「あ、でもそういや気になるな。小隊長がくぐり抜けてきた四作品ってどんな話だったんスか?」
「私も興味があります。中尉、お聞かせ頂けませんか?」
これまでほぼ一人で喋っていたアルバートの提案に、カルロスとユウが尻馬に乗った。ジョージは少しの間逡巡したようだったが、やがて意を決したように深い溜め息をついた。
「……そうだな。遅かれ早かれ、説明しなければならないだろうとは思っていた。長くなるが、いいな?」
皆いつになくシリアスな面持ちで大きく頷いた。ただアリサだけは、落ち着きなくぱたぱたと両手を動かしていた。ジョージが手を打ち鳴らすと、各々の横に開かれた状態のパイプ椅子が現れた。全員がそれに座ったのを確認すると、ジョージもまた椅子に腰掛けた。
「まず第一作目は『流星の鍵』と言う……まあ、大体ここと似たような世界だ。巨大なロボットに乗って戦う話だ。あの時は驚いたのもそうだったが、正直言うと、自分の身に起きている事が分からなかった。とにかく生き延びるついでに、何が出来て何が出来ないのかを把握するのが精一杯だったな」
ジョージが指を鳴らすと、三冊の文庫本が現れた。どれもはやり彼以外には読むことの出来ない文字が書かれていたが、その表紙に描かれていた人物はどれも見たことが無かった。ジョージはひどく懐かしそうに三冊の本を撫でながら話を続ける。
「結果、いろんな物を犠牲にした。仲間や上司、敵に市民、多くの大道具、小道具……そこで俺は『この世界はお約束で死ぬ』と言う事と自分の能力を知った。最終巻のあとがきを抜けた後は……どうだったかな、しばらく眠っていた気がする。次に目を覚ました時には、また新しい世界だった」
「そこでユウさん……えーと、エミリオさんと出会ったんですか?」
「そうだな。二作目の世界は『白銀の騎士ヴェスディア』。これもまた、人型兵器で戦う話だ。ただし、舞台は始終宇宙だったがな」
カルロスはパイプ椅子を傾けてバランスを取りながら高い天井を眺めた。その様子は長い事拝めていない太陽を懐かしむようだった。
「それもなんか、気が滅入る話だよなあ。ずっとこんな具合に真っ暗だったら太陽の降り注ぐビーチが恋しくなっちまう」
「実際はそれほど憂鬱な感じでも無いですよ、そもそも地球を知らない設定でしたからね。太陽が無いのがスタンダードですから」
目を細めながら独りごちるカルロスに、ユウが答える。
「一作目で仲間の必要性を感じた俺は、いろんな人に呼びかけた。しかし誰も話を聞いちゃくれなかった。そりゃそうだ、いきなりこの世界は物語なんだと言って信じてくれる奴は居ない。発言力も説得力も無い俺を皆、狂人扱いした。……そんな中、唯一まともに取り合ってくれて、一緒に生き抜いたのがエミリオだった」
「そうでしたね。そしてみんな、死んでしまった。エリオットも、カズも、ミゲルも、イザベラも……そして、私も」
ジョージとユウが下を向いた。その表情は次第に曇っていった。居心地の悪さを察してか、カルロスは険しい顔付きのまま天井を眺め続けていた。
「手は尽くしたはずだった。それでも皆、俺の傍を離れていく。精神的に限界だった。物語の一刻も早い終結を目指した俺は、三作目で愚行を犯した。……もはや作品名やどんな話だったかは思い出せない。その話の主人公はウィノナ・ミラベルと言う少女だった。物語が始まり、初めて接触する事になったその時。俺は拳銃でウィノナの額を撃ち抜いて……殺した」
ジョージの告白に皆少なからずショックを受けてるようだった。アルバートは顔の前で手を組み、ユウははっと息を呑むと自分の胸のあたりに手を当ててジョージを見つめ、カルロスは相変わらず上を見上げたままだった。ただ一人、アリサだけは静かに目を閉じたまま、体を左右に揺らしていた。
「すると景色がぐにゃりと歪んだ。全てがペンで描かれた線のようになって、全てがぐるぐると混ざって……気がついたら、『強襲戦艦ウィルロック』……四作目の第一巻にいた。俺は向こう側の本をここへ持ち込む事が出来る。流星の鍵も、白銀の騎士ヴェスディアも、強襲戦艦ウィルロックも呼び出せる。ただ、三作目の本だけはどうしても見つからない。……多分、跡形もなく消滅したんだと思う。それが良かったのかどうかは、今となっては分からない」
重苦しい雰囲気に誰も口を開けずにいたが、左右に揺れていたアリサが目を開き、ぱちくりと瞬きをしながらあっけらかんとした口調でジョージに話しかけた。
「呼び出せないんならしょうがないかなー。嫌な事思い出さなくて良くなったって思う事にしないー? それでたいちょー、四作目はどうだったのかなー?」
「ええと、遠く離れた惑星から地球を目指す話だったな。これもまた人型兵器が出てきた。これまでの経験から他人を頼るのは難しいと思った俺は、自分一人でフラグを潰して回っていた。……そういえば、今までと似たような事があったな。長らく犠牲者を出さずにいた事があった」
「!? それです! その時はどうなりましたか?」
ジョージの話にアルバートがすぐさま反応した。椅子をガタッと揺らしながら立ち上がり、大きく目を見開いて次の言葉を促した。ジョージ辿った道を戻るように過去を思い出す間、ライト・アロー号のブリッジに沈黙が広がった。モニタの放つ低く唸るような作動音が嫌に耳に付く。やがてジョージは短く答えた。
「確か……そう、大虐殺があった」
「大……虐殺……!?」
「とある惑星を探索している時に、敵の攻撃に遭ってな。主力部隊が居ない間に戦艦が木っ端微塵に大破して、主要キャラの大半が吹っ飛んだ。色々事情があって搭乗していた大勢の民間人も巻き込まれた。助ける暇も、フラグを回避する余裕も無かった。俺は身を守るので精一杯だった。偶然逃げ込んだクレバスに高性能な宇宙船があったので、それを拝借して事無きを得たが……いや、本当酷いモンだった」
青ざめた顔を左右に振りながら眉を顰めるジョージの姿は、脳裏の情景をどうにか掻き消そうとしているようだった。その姿を気の毒に思う反面、重要な判断材料を得る事が出来たアルバートはジョージに改めて尋ねる。
「もしかしたら僕らも、そういった大虐殺……とまでは行かないまでも、大勢の生命が脅かされる危機的状況に陥ってしまう可能性は高そうですね」
「そうだな、どんな被害が出るか俺にも想像が付かん。覚悟しておいた方がいいだろう。……それと、もう一つ。実はお前らに伝えるべきかどうか悩んでいた事があったんだが、この際だから説明しておこう。この戦艦なんだが、実はルートが変更されている」
ジョージがモニタの下に設置されていたキーボードを慣れた手つきで操作すると、船内の状況を映し出していた画面が切り替わる。矢印で表された航行状況が、既に180度の転回を終えた事を知らせていた。その目的地である惑星の正体は、皆にとっては想像に難くないようだった。
「本来なら地球から二番目に近いスペースコロニー群『ニライカナイ』へ向かう予定だったんだが、どうやら地球に戻ろうとしているようだ。小説を読むに、クラウスが乗るエルヴァイルの最終バージョンが完成したので、それを受け取りに行く……と言う理由らしい」
「あれ? スペースコロニーって一個だけじゃないんスか?」
「いや、三つある。月と真反対の位置を回っているアガルタ……はこの間行ったな。次にこれから行く予定だった月の裏側にあるニライカナイ、さらに火星寄りにいるザナドゥだな。本来なら火星の近くに第四のコロニー群『ホウライ』があったんだが、帝国軍の攻撃で壊滅した……らしい」
「らしい……ってのがどうにも引っかかるッスね。詳しく分からないんスか?」
「ああ、どういう攻撃を受けたか見当が付かないそうだ。元々火星は帝国軍の本拠地だから、調べにくいと言うのもあるが……この辺りの事は小説の方でもはっきりと載っていない。ああ、そうだ。関係ない話だが、コロニー群の名前は伝説上の楽園の名前だそうだ。こんな地獄の様な世界で楽園の名前を付けるなど、趣味が悪い話だと思うがな」
「なるほど……いや、勉強になったッス。俺そういうの全然分からないもんで」
地球の外の知識をあまり与えられていないカルロスがジョージの話に食いついている間、アリサがまるで遠足に行く前の子供のようにはしゃいでいた。
「でもちょっとわくわくするなー! アリサ地球行くの初めてなんだよー! 真っ暗じゃない空! どこまでも広がる土! あとすごい沢山の水! 何もしてないのにかかる重力! 名前だけの楽園よりずっと楽園楽園してそうだし、勝手にテンション上がっちゃうなー!」
「あら、アリサちゃんは宇宙生まれの宇宙育ちですか?」
「うん、無重力の方が研究には何かと都合が良かったんだってー。お役御免になったら地球に行ってみたいなーって思ってたから、思ったより早く夢が叶っちゃったよー! すっごい楽しみだなー! おいしい物食べたり楽しい事いっぱいやろうね!」
「だー! こいつ話聞いてたのかよ! 遊びに行くんじゃないんだぞ!?」
「アリサの子守は任せたよ、カール。僕はいろいろやる事あるからさ」
最後まで緊張感を保てずにわいわいと騒ぐ一行を尻目に、ジョージはモニタの指し示す航路を見つめている。彼にはそのUの字を描く矢印が瑞祥であるとは思えずにいた。
「突然の進路変更か……何事も無く済めば良いが……」
ジョージが前面の窓に目をやると、太陽の光を受けて青く輝く地球が真っ暗な空間に浮かんでいた。だんだんと近付くにつれて大きさを増す地球に比例して、ジョージの胸中も不安に強くかき乱されるのだった。




