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第六巻 表表紙-扉間 0.5ページ

 地球は狭すぎた。豊かな自然を機械で切り開き、生命を育む母なる大地にアスファルトで蓋をし、それでも増加の一途を辿る人口の居住区を賄うには狭すぎた。生まれた軋轢が人々を殺し合いへ駆り立て、その数を多く減らしても余りある程に人類は繁栄を極めていた。新天地を宇宙に見出し、その過酷な環境下で生き抜くために必要な技術をもたらしたのが今まで散々人を殺めてきた兵器開発で培った知識だったと言うのは一体何の皮肉だろうか。

 スペースコロニー群を築き、そこを生活の拠点とした者達もいれば、月や火星を生存可能な環境に改良し、そこに居を構えた者達もいた。しかしその生活圏が宇宙に出ても、やがて争い合う事になるのは逃れられない人間の性だったのかも知れない。

 長きに亘る戦争の真っ只中を駆け抜けて来たアンダードッグ小隊の面々もまた、狭苦しい大地を離れ、同盟軍の駐留するスペースコロニー群にその身を寄せていた。


「さて、まずどこから話せばいいものか……カルロスには既に話したんだがな。この巻で地球での仕事は終わりだ。次巻から舞台が宇宙になるぞ」

「今回の幕間空間がこの……見たことの無い場所なのも、その絡みですか? すごいなこれ、横にも上にも地面がある」

「お、マジだ。地味に気持ち悪ィな……こんなのがいくつも宇宙に浮いてんのか」


 アルバートとカルロスが空を見上げながら驚嘆の声を上げた。チューブの内側に街を作ったような景色は地球の物とは異質で、本来なら空があるべき所には地面があり、そこにも家々があった。その光景はまるで飛行機から飛び降りているかのようで、気味悪さからか二人はすぐに視線を戻す。現存するスペースコロニー群の中では最古にあたるこのコロニーの家々は、今の建築様式より一昔前のやや古い佇まいを残していた。


「そうだな、ここは同盟軍の有するスペースコロニー群『アガルタ』だ。地球から一番近い事もあるから、宇宙に初めて上がる時には必ずここに来る事になる。……ああ、そうか。お前らはまだ宇宙に上がった事が無いって設定だったか」

「一応訓練は受けたはずなんスけどね。これも多分設定なんでしょうけど」

「まあ、宇宙訓練を受けていないと『宇宙服が苦手』なんて設定は付かないだろうからな。それはそれとして、舞台が宇宙に変わってしまった都合上、全員の人機が宇宙仕様になったぞ」

「宇宙仕様……ですか」


 アルバートは右手を顎に当て、深く考え込むような仕草を見せた。宇宙での戦闘の経験が無い以上、自分の命を預ける人機が変わる事への不信感や嫌悪感を隠しきれない様子だった。それに勘付いたジョージが、申し訳なさそうに弁解した。


「気密性だの何だのといろいろあるようでな、地上用の機体をポンと持ってくる訳にはいかないんだ。だもんで、このアガルタに届けられたお前ら専用の人機に乗り換える事になる……と言う事になってるようだ」

「ジョージさんもあんまり分かってないんですか?」

「俺もよく分からん。設定資料集にもメカ関係の情報が載ってはいるんだが……どうにも理解出来ん。ああ、そうだ。設定資料集で思い出したんだがな」


 ジョージがいつものように指を鳴らすと、中空に分厚い紙束が現れた。それはしばらく宙を漂ったかと思うと、突然三人の間にばさりと落ちた。今までと違う反応に戸惑う二人をよそにジョージがそれを拾い上げ、何かを指差しながらページをめくっていく。


「見たところ、登場人物が増えたり入れ替わったりしている。特にシルバーウルフ隊が顕著だ。サイラスはこれで正式に主要キャラから外れたようだ。お前の腕の見せ所だな、カルロス?」

「いやー、右も左も、宇宙なだけに上下も分からない状況ッスけど、やるしかないッスね」

「ジョージさん、増減があったのは主要部隊だけなんですか? アンダードッグ小隊はどうですか? 僕らはともかく、増えたりしたんですか?」


 アルバートが二人の会話に口を挟む。ジョージがニヤリと笑みを浮かべ、それに答えた。


「おお、いい勘してるじゃないか。その通り、うちの隊にも増員があった。実際に登場するのは次の巻なんだがな。もし今呼べるのであれば、ひょっとしたら先手が打てるかもしれないからな。これから呼び出そうと思っているんだ」

「どんな人物ですか?」

「まあ、少し待て。ええと……うん、こいつらだな」


 ジョージのページをめくる音が止まった。アルバートもカルロスも、幕間空間に人を呼び出すのを見るのは初めてだった。彼らも深呼吸をするジョージを固唾を呑んで見守る。痛いほどの静寂が場を支配する。それこそ、宇宙に放り出されたかのような静けさだった。やがてジョージが両手を上に掲げて、力の限り叫んだ。


「アリサ・アンダーソン! ユウ・クサナギ! コール・アウト!」


 一瞬、ジョージの手から強い閃光が放たれたかと思うと、三人の間に二つの光球が現れた。それらは徐々に人を形取り、色がつき、人間だと認識出来る姿になった。


「ん? おお? あれれれ? ここどこ? どこかなー?」

「……」


 現れた二人のうちの一人は、甲高い声を発しながら目を皿のようにしてきょろきょろとあたりを見回す、背中くらいまである艷やかな銀髪をツインテールにした少女で、もう一人は全身に血のように赤いボロ布を纏わせた無口な人物だった。目以外を全て覆っているその風体からは性別や年齢を推測する事は難しかった。


「おお、女の子! いいッスね! もうひとりは……何だろうな、うん」

「あの、ジョージさん……増員って、この……見るからに一癖も二癖もありそうな、この二人……ですか?」

「しっつれいなー! 初対面の人にそういう事言うのはよくありませんって教わらなかったのかなー!?」


 ツインテールの少女は頬をふくらませながら抗議する。今までのアンダードッグ小隊では見る事の出来なかった新鮮な光景にジョージは一瞬口元を緩ませたが、すぐにその表情を引き締め、新しい仲間の紹介に移った。


「ああ、うん。すまんな。紹介しよう。こっちのテンションが若干おかしい方がアリサ・アンダーソンだ」

「よろしく先輩方―!」


 アリサは先ほどまでのふくれっ面と打って変わって、満面の笑みを輝かせながら頭を下げた。彼女の着ているワンピースのフリルがふわりと揺れる。アルバートやカルロスからすると、その挙動はやはり地上の物とは異なっているように思えた。


「本当ならもう少し先で判明する事なんだが、この子は強化人間だ。試験管生まれの研究所育ち、感応能力とメカ操作を重点的に強化されている。その変わり……まあ、ご覧の有様だ。情緒が不安定で傷つきやすい16歳……と言う設定だ」

「設定ってなになにー? アリサはアリサだよー?」

「ああ、うん。後で教えてやるから少し待っていろ。……で、彼女の搭乗する人機なんだが、エルヴァイル量産型だ」


 アリサの能天気な雰囲気に流されつつあったアルバートとカルロスの間に緊張が走った。彼らは互いに深刻そうな表情を浮かべた顔を見合わせる。


「エルヴァイル……? クラウスの乗ってる奴と同じ奴ッスか?」

「いや、アレとは違う。試作型エルヴァイルはクラウスくらいしか乗れる奴が居ない上に性能がピーキー過ぎるからな。常識的な範囲内にチューニングし直して、汎用性を高めた機体だ。とは言え、それでも強化人間くらいしか乗れないんだがな」

「そうなんだよー! アリサは凄いんだぞー! もっと敬え先輩方ー! ところでクラウスって誰の事かな?」

「ああ、お前がそのうち惚れる男の名前だ」


 事も無げにジョージが告げるが、アリサはどうにも飲み込めない様子だった。その台詞の意図に気付いたカルロスが大げさに肩を竦める。


「あ、うん、なるほど、そういうアレっスか……」

「でもジョージさん、クラウスには正ヒロインがいるんじゃありませんでしたっけ?」

「そうだ。既にアリシアがいる。とどのつまり、アリサは準ヒロインだ」

「正ヒロインも準ヒロインも大差ないんじゃないッスか?」

「いや、実は相当な開きがあるぞ。後者のフラグの立ちやすさと言ったら……」

「ちょっとちょっとー? アリサはともかくこっちの謎の人はのけものでいいんですかー?」


 アリサに指を差された赤い布の人物は腕を組んだまま、何の感慨も無さそうな目つきで四人を眺めていた。ジョージは指摘に対して御尤もと言わんばかりに頷くと、それまでの流れを打ち切るように話題を変えた。


「ああ、すっかり忘れていた、すまないな。こっちの布が多めの奴がユウ・クサナギだ。根っからの武闘派で無口。元々は地上暮らしで小さな集落に住んでいたが帝国軍に滅ぼされた恨みもあって同盟軍に与している18歳だ。お前らと同じで今回初めて宇宙に上がってきた。クラウスと似たような才能を持っていて、人機をまるで自分の手足のように扱うそうだ」

「どうも」


 言葉少なに答えたその声色は、男にしてはやけに高く感じられた。その違和感に気がついたアルバートは、腑に落ちない面持ちでユウを観察していた。


「近接戦闘に命を賭けている節がある。宇宙戦であるにも関わらず、ソルファンド零式を好んで乗っている。ああ、ええと、高機動で白兵戦特化型の人機だな。両手にビームソード、背中に換装用の両手持ちビームカタナ……何だこりゃ、遠距離武器が一つも無いじゃないか」

「遠距離武器は殺してる実感が無いから」

「……うん、まあ、こういう奴だ。なかなかコミュニケーションが取りづらい性格をしているが、仲良くしてやってくれ」


 ユウは腕組みを解く素振りも見せず、聞かれた事以外の無駄な事を一切喋らなかった。一連の会話を黙って聞いていたカルロスは、やや引き気味に所感を述べる。


「いやあ、しかし殺しの感触の為に安全な遠距離を捨てて敵の懐に飛び込むとは末恐ろしいヤローっスね」

「野郎? カルロス、一体何を勘違いしている?」

「え?」

「こんななりをしているが……と言うか、こんななりをしているから分かりにくいのか。本当なら終盤に判明すると言う設定にはなっていたんだが、ここなら別にバラしても問題ないだろう。……そう、ユウ・クサナギは女だ」

「は? え? 女?」


 ユウは肩のあたりで身にまとった布を掴むと、上空へと大きく放り投げた。ゆっくりと落ちてくるボロ布がユウを隠すように視界を阻む。やがてそれが地面へと落ちると、そこにはスレンダーな体のラインにぴっちりと密着している、真っ黒なパイロットスーツを着た少女が佇んでいた。その端整でありながら年相応の少女らしさを残した顔立ちは聡明さを感じさせ、とてもではないが先ほどまでの会話から滲み出ていたような狂気を孕む物ではなかった。彼女は自らの襟足に手を差し入れ、腰まで伸ばした緑の黒髪をなびかせた。


「その通り、私は女です。男性の方が良かったですか?」

「嘘だろ、めちゃくちゃ美人じゃねえか……! この小隊の雰囲気がガラッと変わっちまったな!」

「カール、確かにアリサちゃんもユウちゃんもかわいいけど、性格がエキセントリックと戦闘狂だよ。騙されちゃダメだ。まだまだこの小隊は変人窟だよ」


 俄然色めき立つカルロスをよそに、冷静さを崩そうとしないアルバートがチクリと刺した。脱線した話を元に戻そうと、ジョージが一つ大きく咳払いをして、新入りの二人に語りかけた。


「……さて、本題に入ろう。アリサ・アンダーソン、ユウ・クサナギ。信じがたい事かもしれないが、この世界は……」


 ズボンのポケットに入れた文庫本を取り出そうと試みるも、引っかかってなかなか出て来ずに難儀しているジョージの姿を見ていたユウがクスリと笑って、ジョージに尋ねる。


「物語の中、ですよね。今回の小説の名前は何でしょうか? そしてここは幕間空間ですよね? この巻では誰にフラグが立っているんですか?」

「『高機動人機エルヴァイル』と言う物語の……何?」


 ジョージの動きが凍る。彼は二人へ見せようとようやく引っ張り出す事が出来た本をそのまま床へと落としてしまった。その顔には部下に滅多に見せる事が無い驚愕の表情が張り付いていた。戸惑う様を楽しむように、ユウは笑ってみせた。


「なあ、アル。こいつ……」

「知ってるね、ここの事。これまで設定すらなかったはずなのに……妙だね」

「え、なになに? 物語の中? どういう事かなー? 分かりやすく言ってくれないと困っちゃうよー?」


 アルバートとカルロスはその様子を観察しながら、顔を寄せ合ってひそひそと囁きあった。ただ一人蚊帳の外に置かれてしまったアリサが面食らったようにおろおろと周囲を見回していた。目敏くそれを見つけたユウがアリサに近寄り、目線を合わせて言い聞かせるような口調で諭した。


「この世界は誰かによって作られた物語なんですよ。そして私達は話の成り行きで簡単に死んでしまうんです。それを回避する為の話し合いをするのがこの場所、幕間空間なんです。そうですよね?」


 不意にユウが顔を上げ、ジョージに語りかける。その目はジョージを見るようでいて、ジョージではない別の何かを見つめるように虚ろな光を湛えていた。その射抜かれるような視線とつい最近生まれたばかりのキャラクターに知り得るはずの無い情報を持つ彼女に言い知れぬ恐ろしさを覚え、無意識のうちに後ずさるジョージに、ユウはさらに言葉を投げかけた。


「ジョージ・ヘイワード曹長、いえ……『紅蓮の牙』と呼んだ方がよろしいでしょうか?」

「お前……一体何者だ!?」

「私の事、お忘れですか? 私です。『うらぎりもの』です、曹長」

「まさかエミリオ……エミリオ・バレンシアか? どうしてお前がここにいるんだ!? お前はあの時……」


 じりじりと迫るように歩み寄るユウから距離を取るように、ジョージは後方へと退いた。彼の表情はいよいよ冷静さを無くし、焦りと混乱がその全てを支配していた。


「ちょ、ちょっと待ってください! ジョージさん、一体何なんですか!? 情報量多すぎて理解が追いつきません!」

「すげーなアル、理解しようとしてたんだ……俺はもうとっくに諦めてるぜ」


 アルバートがすかさず二人の間に入って説明を要求した事で、双方共平静を取り戻すきっかけになったようだった。ジョージは呼吸を整えると、自らの頬を両手で一度はたくと、腕組みをして思案を巡らせつつ、アルバートに事情を明かし始めた。


「すまん、俺もちょっと整理したい。アルバート、俺が四作品生き延びてきた事はもう言ったよな?」

「それで今さっきユウが言った『紅蓮の牙』ってのは、俺が二作目で呼ばれてた名前だ」

「かっこいいなー! 無駄に機体を赤く塗ってせっかくのカモフラージュを台無しにしてそうな渾名だなー!」


 茶々を入れるアリサに、アルバートは立てた人差し指を口の前に持っていき「喋るな」とジェスチャーを送る。窘められたアリサは少しバツの悪そうな顔をして、自分の口を手で塞ぐとそのまましゃがみこんだ。彼女なりの「喋りません」と言う意思表示であろうか。ジョージはアリサの茶々に思う所があったのか、気まずそうに鼻の頭を掻きながら続ける。


「まあその、名前の話はいいんだ。自分の能力に気がついて、とにかく自分が生き残る事に徹した一作目を終えて、俺だけじゃなく、死ぬ運命にある人間を助けようとし始めたのが二作目だ。エミリオともそこで出会った」

「ええ、そうですね。あの時はびっくりしましたよ。突然アルディア南方駐留基地の会議室に呼び出されて『この世界は白銀の騎士ヴェスディアと言う物語の中だ』とか言われる訳ですから」

「やけにこの世界に詳しいと思ったら、俺らよりも前にこういう事やってた訳か。納得納得」

「……ん? あれ? でもジョージさんは仲間と共に最後のあとがきを迎えた事が無いんですよね? エミリオさんとは最後を迎えられなかったんですか?」


 アルバートは浮かんだ疑問を率直にぶつけた。よっぽど思い出したくなかったのか、ジョージの顔つきに陰りが帯び始める。そして彼は吐き捨てるように答えた。


「ああ、俺はエミリオに裏切られたからな」

「裏切り……ですか?」

「最終巻間際の決戦でな、俺を守って死んだんだよ。俺の身代わりとして自分が死ぬようにフラグを仕向けてな」

「今だから言いますけど、アレは自分の不手際をリカバーしただけです。曹長のせいではありません」

「とは言えやはり、勝手に死ぬのは裏切りだろう。感謝はするが、謝るつもりはないからな」

「もちろん。裏切り者で構いませんし、何なら感謝も必要ありません。どう呼ばれても構わないから、あなただけは助けたかっただけです」


 互いに譲ろうとしない二人の言い争いを見ていたカルロスが感じ入ったように頷きながら口を挟んだ。


「戦場で命をかけてかばい合う男と女……確かに物語なら絵になる話だよなぁ」

「ん? ちょっと待って? エミリオ……? カール、多分それちょっと違うと思う」

「うむ、察しがいいな。エミリオは男だ」

「……ん? んん? ちょっと待った、どういう事ッスか?」

「エミリアだと女性名なんだけどね、エミリオって男性名なんだよ」


 事態を飲み込めないままでいるカルロスに、アルバートがこっそり耳打ちした。カルロスは一瞬「なるほど」と言った表情を浮かべたが、もたらされた情報がさらに混乱を呼んだようで再び頭を抱え込んで沈黙した。


「新しくユウ・クサナギと言うキャラが現れ、そいつが『自分はかつての同僚である』と言い出した。だが、かつての同僚はとっくに死んでおり、しかも性別が別ときた。しかしながら保持している情報に間違いが無い……これが俺には、どうにも合点がいかない」


 その場にいる全員から見定めるような鋭い視線を受けたユウは、複雑そうな面持ちで立ちすくんだ。しばらくは誰も口を開かずにいたが、ユウが視線を床に落として胸の内を話し始めた。


「確かに今の私はユウ・クサナギです。しかし、エミリオ・バレンシアの記憶も残っているのも確かなんです。私……エミリオが死んだ後、意識は真っ暗な空間を漂っていました。気が狂いそうなくらいの長い時間を、そこで過ごしました。やがて物語の登場人物としてのエミリオ・バレンシアとしての記憶が薄れゆき、自分が何者か分からなくなりかけても……それでも残り続けていたのは、幕間空間での思い出でした」


 ユウはゆっくりと顔を上げた。訴えかけるような目で見つめられたジョージは少なからず当惑していた。


「私が命をかけて守った人は、今もあがき続けているのだろうか。あの人の歩む道は、紛れもなく苦難の道。出来る事なら今一度、あの人の力になりたい……そんな事を強く思った時、私はここにいました。ユウ・クサナギと言う新しい記憶と、消えかけたエミリオ・バレンシアの両方の記憶を持ったまま。どういう理屈かはさっぱりわかりません。それでも、こうやって生まれた事には何かの意味があるんじゃないかと思います」

「……そうか。まあ、その……また、よろしく頼む。あともう俺は曹長じゃないんだ。中尉だ」


 ジョージが手を差し出し握手を求める。ユウはその手を取る事を躊躇したが、すぐに握り返した。二人の顔に笑顔が戻り、それを見ていた三人もつられて笑顔になる。特にアリサは口を押さえてた手を外して立ち上がると、にかっと歯を見せて笑っていた。


「ええ、よろしく頼まれました。随分出世なされたんですね。……それと変な話なんですけど、複数のキャラクター性を持つのって大変なんですね。いろいろ混じってしまった結果、一種の突然変異、と申しますか、何と言えばいいのか……」

「何だ、歯切れの悪い。今更隠す事でもあるのか? 俺とお前の仲だろう? 言いにくい事ならこちらで勝手に設定をチェックしようか?」


  ジョージは手を握ったまま顔を赤らめているユウに気さくに声をかけた。その一言に押されるかのように、小さな声で返事をした。


「ああ、ええと、その……多分設定資料集にも載ってない事です、その……」


 ユウは開いていたもう片方の手も使い、両手でジョージの手を包み込んだ。意を決して見上げた顔は戦闘狂の物でも上司に対する物でもなかった。三回ほど大きく深呼吸をした後、ユウは短く一言だけ告げた。


「お慕い申し上げます、中尉」


 瞬間、その場が凍りついた。カルロスとアルバートとアリサの三人は目を見開いたまま口をパクパクとさせていた。辛うじてジョージだけが声を絞り出す事が出来たが、それは疑問を表す一音だけだった。


「は?」

「好きです……いえ、愛していますと申し上げております」

「すまん、その……何だって?」

「あの……何度も言わせないでください、恥ずかしいです」


 湯気が出そうなほどに頬を紅潮させたまま俯くユウの様子は、まさしく恋する乙女のそれだった。ようやく思考が追いついたアリサが黄色い悲鳴を上げた。


「きゃーーーーーーーー! なになにこれー! なにこれー! いきなり愛の告白かなー!?」


 ぴょんぴょん飛び跳ねながらはしゃぐアリサの横では、アルバートが事態を把握しきれずに頭を抑え、その背中をカルロスが大きく笑いながら叩いていた。


「あああああ、もう訳がわかんない、何が起こってるんだこれ……頭痛が……」

「アッハッハ! 無理して理解しようとするからダメなんだよ!」

「カールはハナから理解する気がないからだろ! いい加減にしろー!」


 先ほどまでのシリアスな雰囲気はどこへやら、誰もいないスペースコロニーの中はたちまち騒々しくなった。大騒ぎする外野をよそに、ジョージはユウの手を振りほどき、彼女の肩を両手でしっかりと掴んだ。そしてそのまま目を合わせると説得を始めた。


「あ、あのな、お前一応設定資料集に書いてあるんだぞ? お前もクラウスに惚れる予定に――」

「クラウスって人が今回の主人公ですか? どうせ幕間空間の方が上位なんですから、そんなのどうとでもなります。向こうでの感情は植え付けられた物に過ぎませんから」

「しかし、あまり物語から逸脱しすぎた行動を取るのもいささか問題が――」

「大丈夫です、向こうではうまくやります。だからここだけでも、幕間空間にいる時だけでも、あなたの事を好きでいさせて下さい」

「だが、そういう気の迷いみたいな物を愛だとか恋だとかと勘違いするのはあんまり良い事とは……」

「……中尉」


 負けずに食い下がってくるユウに対してなおもしどろもどろな説得を続けるジョージを、ユウはすがるような目で見つめながら、恐る恐る声をかけた。ジョージはその様子に何か嫌な予感を感じ取ったのか、ぎくりと体を震わせ、ぎこちなく答える。


「な、何だ?」

「もしかして私の事……お嫌いですか? 私の見た目がダメですか? 性格が好みではありませんでしたか? それとも……私がエミリオだったからですか?」

「いや、その、そういう訳じゃ」

「私だって、こんなのおかしいって分かってます。でもしょうがないじゃないですか、好きになってしまったんですから……でも、こんな思いをするなら、こんな苦しい気持ちにならないといけないなら、私……生まれて来なければよかった……っ」


 ユウは努めて冷静を装っていたが、最後の最後で溢れ出る感情を抑えられなかった。ぼろぼろと溢れる涙を隠すためにぎゅっと強く目を瞑ったまま俯く事しか出来ないユウの姿はジョージにとっては完全に想定の埒外だった。それを見ていたアリサが指を指して囃し立てた。


「あーあーあー! いっけないんだいけないんだー! 女の子泣かせちゃったー!」

「小隊長、女の告白をそういう態度で袖にするのは男じゃねえッスよ」

「お前らなあ、他人事だと思って……おい、大丈夫か? その……おいカルロス、こういう時どうすりゃいいんだ?」


 しゃくりあげるような呼吸を漏らしながら不規則に肩を上下に揺らす目の前の少女を宥める方法を知らないジョージは、カルロスに助け舟を求めたが、彼はにやにやと笑っているだけで何もしようとはしなかった。やがて、気持ちが落ち着き涙も収まったユウが顔を上げ、真っ赤に腫れた目でおろおろと戸惑うだけのジョージをキッと睨みつけた。


「……私、決めました……この作品が……『高機動人機エルヴァイル』が終わるまでに、中尉を振り向かせてみせます!」


 ユウがジョージに人差し指を突きつけて高らかに宣言すると、興奮が最高潮に達したアリサが両手をぶんぶんと振り回した。


「きゃーーーーー! かっこいいなーーー!」

「その……そういう話はともかく、本題に戻ってもいいか?」


 この物語が始まって以来未体験の心労に苛まれてゲッソリとしたジョージがため息をつきながら提案した。


「ええと、新人二名の紹介は済んだから、次は俺達の紹介をしよう。こっちの小さい方がアルバート・ターナー、大きい方がカルロス・アンジェロ。そして俺がアンダードッグ小隊の小隊長を務めているジョージ・ヘイワードだ」

「ほいほいほい、男の娘候補に軽薄おじさんにヘタレたいちょーかな、わかったー!」


 悪意の無い顔でさらっと言ってのけるアリサに一同閉口しつつも、ジョージが一つ咳払いをして脱線しそうな話を元に戻す。


「後、この世界は物語の中って話だが……」

「それは先ほど、私がしましたね」

「アリサもよくわかんないけど、なんとなく把握したよー。とりあえずアリサ達以外の人はこっちの事も物語の中だよって事も分かんなかったりするのかな?」

「この異様に飲み込みが早いよね、これも強化人間だからかな?」

「感応能力が高いって言ってたしなあ、話が早いのは助かるけど……軽薄おじさんはちょっと傷つくわ」


 アリサは何か疑問があったのか一瞬だけ眉を顰めて首を傾げると、ひそひそと話すアルバートとカルロス、フランクな口調で話しかけた。


「んで、お話の成り行き? で死ぬんだっけ? 例えばどんなのがあるのかなー?」

「えっと、僕の場合は戦争が終わったら彼女と結婚するって奴だったなあ」

「俺は話が始まって割りとすぐにクラウスに喧嘩売っちまってなあ」

「ほむほむほむ。なるなるー……そういう奴ね、わかった―! てことはアレかな? アリサはそのクラウスって人に惚れた弱みか何かで、もう一人のヒロインさんの身代わりとかで死んじゃったりするのかなー?」


 ニコニコと笑いながら事も無げに自分の死を予測するアリサに、皆驚きと戸惑いの表情を浮かべていた。自らの運命がフラグによって左右されると伝えられて混乱しない者はいない。それはアルバートやカルロスもそうだったし、かつてジョージが共に生き延びようと誓ったエミリオ・バレンシアも同じ事だった。異例づくしの状況と、既に話す事がなくなってしまった事にジョージもまた、当惑を隠しきれずにいた。

 

「ううむ、そこまで理解が早いと助かるのは助かるが、何と言うか……末恐ろしい物があるな」

「ああ、そうだ。ところで今は何巻ですか? 安全巻ですか?」


 やにわに手を挙げ、質問を挟み込んだのはユウだった。ジョージは床に落としたままの文庫本を拾い上げると、その背表紙を確認した。


「第六巻、安全巻だ。我々も含めて地球のいくつかの部隊が宇宙への転戦を命ぜられて移動。民間人上がりのクラウスはスペースコロニーで初めて行う訓練に10分で慣れてしまった……と言った所だ」

「なら安心ですね、てっきり誰かが死ぬのかと思っていましたから。何も無ければ解散でも良いのではないでしょうか?」

「それもそうだな。他に何か聞きたい事がある奴は?」


 ジョージは皆に問いかけたが、その返事は誰からも帰って来なかった。その様子を確認した彼は手を腰に当てて強く頷いた。


「いないか。じゃあ今日は解散だ。皆、くれぐれも余計なフラグを立てる事のないよう注意する事。以上!」


 小隊長の号令を受け、皆散り散りに離れていく。カルロスとアルバートは何やら話をしながら町並みを見物しに行き、アリサは笑い声を上げながら通路を駆け出していた。ジョージはただ一人その場に残っていたユウに声をかけた。


「ユウ、いや、エミリオ」

「ユウでいいですよ、エミリオは死んだ名前ですから」

「……本気なのか? その……」

「ええ、本気です。場を和ませる為の冗談であのような事は申しませんよ。それだけですか?」

「あのな、やっぱりそういう事は――」

「中尉」


 またも説得を試みようとするジョージの言葉をユウが遮る。凛とした声が辺りに響くような錯覚に囚われ、ジョージは押し黙ってしまった。ユウは目を閉じて一度だけ軽く深呼吸をすると、柔らかい微笑みを投げかけた。 


「お覚悟を」


 それだけ言い残すと、ユウは踵を返してそのまま町並みの中へと溶け込んでいった。取り残されたジョージは、ひどく疲れた顔をして大きく息を吐いた。

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