第一巻 第3章-第4章間 211.5ページ
長きに亘る帝国軍と同盟軍の戦争で、今では戦場としての価値がほぼ消滅してしまった辺境の惑星、地球。その中でも際立って戦略的価値の低いグランス地方駐留基地の第二会議室。同盟軍第24小隊、同盟軍の何でも屋とも呼ばれる通称「アンダードッグ小隊」に所属するアルバート・ターナーとカルロス・アンジェロの両名は気がつくとそこに居た。
不思議そうに辺りを見回すアルバートとカルロスの前で、机に腰掛けたジョージが二人に軽く手を振った。
「やあ、よく来てくれたな」
「あ、あなたは……小隊長殿!」
「俺ら、別に呼ばれたつもりは無いんスけど? 何かやりましたっけ?」
軍人の鑑のような形式張った敬礼するアルバートを尻目に、カルロスは肩を竦めながらつぶやく。
「ああ、ちょっと用事があってな。第三章……いや、さっき挨拶したばかりだが、念のためもう一度自己紹介しておこう」
ジョージは立ち上がり、二人に向き直った。窓から差し込む夕焼けが彼の表情を峻厳に映し出す。
「俺はジョージ・ヘイワード、お前らの上司をやっている。部下がバタバタ死んでいく事から付いた渾名は『死神』。働き盛りの33歳独身、階級で言えば中尉……と言う設定になっている。よろしく頼む」
「改めましてよろしくお願いします、小隊長殿」
アルバートは敬礼を解き、気をつけの姿勢で答えたが、カルロスは畏まるどころか怪訝そうな顔で口を開いた。
「……設定、ッスか?」
「そうだ、設定だ。ああ、アルバート。そんなに気を張る必要は無い。どうせここでは上も下もないからな」
「はぁ……設定っつっても、どういう事ッスか?」
ジョージは机の上に乱雑に置かれた紙束を取ると、ペラペラとめくりながら読み上げる。
「アルバート・ターナー」
「はっ」
声を上げるアルバートには目もくれず、ジョージは書類に目を落としたまま流暢に続けた。
「アンダードッグ小隊所属、担当機体はゲルガイズMk-2・スナイパータイプ。訓練生時代にバーチャル訓練で優秀な成績を叩き出した。余りにも高精度な射撃の腕前に付いたコードネームは『FPS』。金髪に低身長、細身に整った童顔と可愛らしい容姿と高めの声のせいで、男女問わず、どうにも変なファンがついている。 結婚を前提に学生時代から付き合っている彼女がいる。無類の犬好き。蛇と辛い食べ物が苦手な23歳。身長162cm、体重52kg……だな?」
「一部認めたくない部分はありますが、概ねその通りです、小隊長殿。その……随分プライベートな部分までしっかり調べられているようですね」
「で、そっちのお前は……カルロス・アンジェロ」
「へいへい」
カルロスは興味なさそうにうなじをボリボリと掻いた。書類をめくる音が部屋に響く。
「アンダードッグ小隊所属、担当機体はベルディア後期型。浅黒い肌に茶色の長髪。目は黒。体格はがっしりしており筋肉質。宇宙勤務時に着るジャンプスーツがあまり好きではない。女遊びが大好きで軽薄な24歳、身長185cm、体重75kg。あだ名は《ロミオ》……だな?」
「アルと比べて随分アバウトじゃないッスか!?」
あまりにも情報量が少ない事が不服だったのか、カルロスは声を荒げながらニ、三歩詰め寄る。ジョージはそれを気に留めるでもなく、滔々と続けた。
「そしてお前は先ほどフェニックス隊の新人、クラウス・アルカディアにくだらない因縁を吹っかけ、次の戦闘でどちらの撃墜数が多いかと言う勝負を申し出た」
カルロスの足が止まった。血の気が引いたような顔でアルバートを睨みつける。
「僕は何も言ってないよ、カール」
首を横に振りながらアルバートは答えた。
「ああ、上官にバレると始末書では済まないからな。アルバート含め、あの場に居た者は皆、他言無用を貫いている」
「じゃあ何故、小隊長殿は『あの件』を知ってるんですか?」
「さっき読んだからだ」
ジョージは用済みになった書類を机に投げ捨て、次は一冊の本を拾い上げ、二人に見せた。青い髪の爽やかそうな少年が細身のフォルムの『人機』――簡単に言ってしまえば、人形の巨大なロボットを操縦しているイラストが表紙の文庫本だった。
「この本の名前は『高機動人機エルヴァイル』。我々が生きている世界は……」
一つ大きなため息を付いて、決意したようにジョージは声を絞り出した。
「――この、小説の中の世界でしかないんだ」
「一体何の冗談なんスかね?」
カルロスは付き合いきれないと言った表情で両手を広げながら踵を返した。
「誰がゲロったかは知らないッスけど……さっき小隊長殿がおっしゃった通り、これから一勝負あるんでね。タチの悪い冗談に付き合ってらんないんスよ」
「なるほど、そうか。その勝負で、お前が死ぬ事になるとしてもか?」
手の中の本でカルロスを指すように突き出しながら、ジョージは鋭い目つきで言い放った。
「……聞き捨てならないッスね、言って良い冗談とそうでない冗談があるッスよ!」
狭い会議室に大きな音が反響する。カルロスがドアを拳で思い切り殴りつけた音だ。
「いくらあのガキがウチの最新鋭に乗ってるっつっても、俺はガキの頃から人機乗ってるベテランッスよ? 帝国軍のウスノロに負けるはずが――」
荒々しく詰め寄るカルロスの顔を、ジョージは文庫本で遮った。
「お前を殺すのは帝国軍のウスノロ――ドルバムCZでは無い。もっと概念的で、くだらなくて、どうしようも無い代物だ。いい機会だ。お前が殺される場面、その詳細を教えておいてやろう」
ジョージは本のページをパラパラとめくり、端を折り曲げてあった箇所から読み上げた。
「お前とクラウスはセレンス高原ポイントA-12にて帝国軍と会敵。同時に攻撃を開始するが、12分経過時点で3機分の差が付いた。このままでは負けると焦ったお前は敵陣の深くへと突っ込んだ」
会議室の壁を伝うようにぐるぐると歩きながら、ジョージはページをめくっていく。規則的な軍靴の音がアルバートとカルロスにまるで取り囲まれているような錯覚を与えていく。
「そこには帝国軍の新型機、ガルドスAAAが陣取っていた。コイツはヤバいぞ。遠距離・近距離・宇宙戦……何でも卒なくこなす超高性能な奴さんの隠し玉だ」
ジョージは挿絵のページをデコピンの要領で弾きながら、カルロスに見せる。
そこにはグレースケールであったものの、今まで見たことの無い美しいロボットが描かれていた。
軍用機特有の無骨さはあるが、他の帝国軍機とは一線を画すような流線型のフォルムだ。そこにあったのは絵であるにも関わらず、人機を操る人間にとっては「これは脅威になりえるだろう」と想像させるに難くない威圧感を与えるには十分過ぎる物であった。
「さすがのお前もこれはたまらんと引き返すが、機動力の差は歴然だった。ビームソードで薙ぎ払われ、お前はコクピットごと焼き殺される」
ややオーバーアクション気味に十字を切り、肩を竦めながらジョージは本を閉じた。
「ちなみにクラウスはお前の死に激昂し、人機乗りとしての特殊能力を開花させ、帝国軍をガルドスAAA含め全て撃墜したそうだ。これは新人には過ぎた大手柄だな。 クラウスはお前に弔いの言葉をかけ、帝国軍と戦う事を決意する……だそうだ」
「……なんなんだよ……それ……」
カルロスは口をパクパクと震わせながら、言葉を発した。
「『高機動人機エルヴァイル』第1巻、第4章だ」
その問いの答えを事も無げに、ディナーの献立でも挙げるくらいの感覚で軽く告げたのはジョージだった。
「小隊長、一つ疑問があります」
先ほどから聞いているばかりだったアルバートが、手を上げて発言した。
「何だ? あとその小隊長ってのはむず痒くてたまらん。ジョージで良い」
「ああ、えーと、ジョージ……さん。先ほどから話を聞いていると……我々の運命は既に決まっているような口ぶりですが」
「ああ、決まっている。決まっている……と言うよりは、既に書かれている。何の比喩でもなく、我々は筋書き通りに動いているのだ」
ジョージは歩き回るのをやめ、先ほどと同じように机に腰掛ける。
その目は嘘をついているでも気が触れたでもない、強い意思の光を持っていた。
「先ほど僕の情報を言い当てたのも、もしかして……」
「ん、ああ。それは本編ではなく、こっちを読んだ」
ジョージは用済みとばかりに本を投げ出すと、今度は先ほど机に乱雑に投げた紙束を拾い上げた。
「『高機動人機エルヴァイル』設定資料集、表紙に書いてある通りだと……バージョン0.5らしいな。最新バージョンを取り寄せようとしたんだが、どうやらこれが最新のようでな」
「それで、カール……カルロスの情報が異常に少なかったのは?」
「別に俺が端折った訳じゃない。これだけしか書かれていなかったんだ。俺も妙だなとは思っていたが、一つ思い当たる節があった。残酷な話だが……」
ざあっと風が吹き込んだ。カーテンが大きく揺れ、地平線に消え行こうとする赤い光を波立たせる。
「第一巻ですぐ死ぬ噛ませキャラに、細かい設定なんて不必要だと思わないか?」
「噛ませ……!?」
アルバートとカルロスは荒唐無稽さからか、あるいは怒りからか、言葉を失いそのまま硬直した。
「本編で書かれた事実と、設定資料集の状況から俺は判断した。もう一度言うぞ。――お前は、この後、死ぬ」
一体どれだけの時間が経っただろうか。窓の外では太陽が完全に没し、暗くなった会議室はセンサーにより室内灯が作動した。ジョージはやおら腕を組み、静かに尋ねた。
「なあ、人は……我々人機乗りはどういう時に死ぬと思う?」
「それは……相手より技量や性能、物量が劣った時……ですかね」
「運が悪かっただけだろ」
アルバートは少し悩みながら、カルロスは憮然とした表情を浮かべたままぶっきらぼうに答えた。それを受け、ジョージは軽く頷く。
「そうだな。……うん、普通はそうだ。だがな、この世界は違う。お前らを殺すのは、フラグだ」
「フラグ?」
「そう、フラグだ。開戦前に結婚前の恋人の話をした奴は死ぬ。敵を侮った奴は死ぬ。初っ端に全弾発射で蜂の巣にしたと思ったら生きてて殺される。何らかの秘密に初めて触れた人間は死ぬ。裏切り者は死ぬ。『主人公』に喧嘩を売った奴はライバル以外皆死ぬ」
ジョージの顔つきが徐々に深刻な物になっていく。それは彼の言う『フラグ』で殺された人間を思い出すようだった。
「俺達を殺すのは銃弾かも知れない。荷電粒子装備かも知れない。だがそれよりも怖いのはフラグだ。フラグってのはいわゆる『お約束』だ。明文化されている訳ではない本の向こう側のお約束で、俺達は殺されるんだ」
「そんな馬鹿げた話があるかよ……どう信じろって言うんだよ」
心底あきれたような顔を隠しきれないカルロスは、それだけ言うのが精一杯だった。そして彼ほどではないにしても、アルバートもまた、戸惑いを隠しきれずにいた。
「カールでは無いですが、そんな常識から外れた事信じろと言うのは、いくら小隊長殿の言う事だとしても無理があると思います」
「お前達が俺の言う事を信じられないのは分かってる。訳が分からんよな、こんな事を急に言われて。だから一つだけ、信じなくてもいいからただ一つだけ、覚えておいて欲しい」
「……一体何スか? その覚えておく事って」
いい加減うんざりし始めたカルロスの目をじっと見つめて、ジョージは静かに諭すように話し始めた。
「お前が3体目のドルバムCZを撃破した時、クラウスは5体目を倒している。そこで大きな風が吹いて、一瞬機体の制御が出来なくなる。お前がモニタから目を逸らした瞬間、クラウスが6体目を潰す。そこで奴はこう言うんだ。『先輩、偉そうな事を言った割には遅いんですね』……と」
「……」
「本編のお前はその後、帝国軍のど真ん中へ死の突撃を開始する。だから覚えておいてくれ。 そしてしっかりレーダーを見るんだ。ベルディアの性能なら異常を検知出来るだろう」
それだけ言うと大きなため息をつき、ジョージは深く俯いた。
「俺はストーリーの関係上、その場に居合わせる事が出来ないからな。それだけ伝えておきたかったんだ。……話は以上だ。下がっていいぞ」
「……俺、隊長の話を信じた訳じゃねえッスから」
「……失礼します」
二人は複雑な面持ちで会議室を後にした。カルロスに至ってはジョージを一瞥する事も無く出て行った。ドアの閉まる音を聴きながら、一人残されたジョージは両手を組み合わせて祈った。
「どうか死なないでくれ……絶対に死ぬんじゃないぞ……」
強く目を閉じて祈っていたからだろうか。彼の傍らにある本が淡く光った事に気付く事は無かった。




