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第█巻 ███-███間 ███ページ

 ジョージは鉛のように重たく感じる体を引き起こし、あたりを見回した。焦点が定まらないのか視界はぼんやりと霞んでいた。彼は手の甲で目をごしごしと擦り、頭を強く横に振った。ややあって、ようやく明瞭になってきた視界に飛び込んできたのは、見覚えのある部屋だった。

 ジョージはこれまで二度、物語を終える度に現れる穴に飛び込んできた。初めて誰かと穴に飛び込んだ三回目となる今回、彼はこれまでに無い異常な事態が発生している事に違和感を覚えていた。

 物語の終わりを脱し、新たな物語が始まる時、彼はいつも生まれたままの姿で暗闇の中にいた。一点の光もない世界で、その手に握られていた本を開くことで光や大地や数多の星、動植物や人による創造物が生まれ、物語が始まる。ジョージ自身、物語の世界の始まりはそういう物だと思っていた。

 しかし今回、彼が目を覚ましたのはグランス地方駐留基地の第二会議室だった。その有様は酷い物で、窓ガラスは割れ、床のタイルは所々剥がれ、入り口の扉も木っ端微塵に砕け散っており、天井も崩落していた。壁には銃痕や爆破を受けたと思われる亀裂が至る所に走り、それはさながら廃墟の様相を呈していた。

 仲間と過ごした思い出が残る会議室の無残な姿にぎょっとしながらも、ジョージは大声で呼びかける。


「誰か……誰かいないか!? カルロス、アルバート! アリサ! ユウ! 居るなら返事をしてくれ!」


 狭い部屋がビリビリと震えるくらいの大声だったが、何の反応も返ってくる事は無かった。耳をそばだてて周囲の音を確認していたジョージが肩をすくめて小さくため息をついた。


「……俺一人、か。ここは……駐留基地の会議室だよな、何だってこんな事に……」


 ジョージはそこかしこに散らばっているガラス片に注意しながら立ち上がる。辺りを染める赤い光が夕焼けか朝焼けか分からなかったが、駐機場の見える窓から光が差し込んでいる事に気付くと、それが夕日である事をはっきりと認識した。

 太陽の差し込む窓の外では、駐機場のあった地面が大きく抉れていたり、そこかしこに木片や鉄くずが散乱していた。まるで爆撃にでも遭ったかのようなグランス駐留基地の様子にショックを受けてか、ジョージはその場に立ち尽くしていた。

 しかしそれもつかの間、ジョージは一つの可能性に思い至った。 


「もしかして、物語を抜けた……か?」


 これまでと違う物語の始まり方が、ジョージにはどうにも引っかかっていた。彼は「今自分がいる物語」の本を強く思いながら、若干の期待に震える指を鳴らした。

 何も現れない事を願っていたジョージの期待は、あっけなく裏切られた。中空からよく見知ったサイズの本が一冊現れ、軽い音を立てて床に落ちた。ジョージは力なくそれを拾い上げると、その表紙を一瞥した。


「そうか、まだか……そんな気はしてたが、『高機動人機エルヴァイル2』……だと?」


 自分がまだ物語の続きにいると確信したジョージが次に取り寄せたのは設定資料集だった。指を鳴らすと同時に中空に現れた数枚の紙束をひったくるように掴むと、その中身を乱雑にめくって確認していく。


「……カルロス、アルバート……皆いるな、よし」


 その中にかつて共に困難を乗り越えてきた仲間達の名前を確認すると、ジョージは本や紙束を投げ捨てて両手を上に挙げ、大声で唱えた。


「カルロス・アンジェロ! コール・アウト!」


 本来ならばここで光球が現れるはずなのだが、何の反応も示さなかった。ジョージは首をかしげて訝しがると、再び両手を空へ翳して叫んだ。


「……? カルロス・アンジェロ! コール・アウト!」


 繰り返してみた所で、やはり何も起こらない。再びしんと静まりかえった部屋の中央で、ジョージは嫌な予感が寒気とともに背中を這い上がるような感覚を覚え、焦りの表情を浮かべながら他の仲間達の名を読み上げる。


「アルバート・ターナー! アリサ・アンダーソン! ユウ・クサナギ! コール・アウト!」


 しかしその声はボロボロに腐った壁に吸い込まれるだけで、仲間を呼び出す機能を果たしている様子はまるでなかった。ジョージは力なく膝から崩れ落ちた。


「何故だ……何故誰も来ない!?」


 ジョージは誰に尋ねるでもなく、悲痛な叫び声を上げた。そして虚ろな目のままで、仲間を呼び出せなくなった理由を余り多くない幕間空間での経験を元に推察していく。しかしその擦り切れかけた精神状態や少なすぎる判断材料のせいか、その推理は酷く自虐的かつ悲観的な結論に行き着いてしまった。


「まさか……あの穴に一緒に落ちたせいで……? 俺があいつらを誘ったのがマズかったのか……? 全部……俺のせい……なのか?」


 俺のせいなのか。そう自らに問いかけた言葉が脳裏にこだまする。その自分への叱責を多分に含んだ反響は、別の言葉の呼び水となった。

 俺のせいなのか。つまり俺が一緒に飛び込むよう促したせいで、幕間空間に呼び出す事が出来なくなったのか。つまり幕間空間に呼び出せなくなったのは彼らがただの物語の小道具に成り下がってしまったからではないか。つまり、つまり……

 彼らを殺してしまったのは、結局の所、自分の短慮のせいではないのか。

 最早、ジョージの心は限界に達していた。後悔と自責の念で今にも押しつぶされそうな圧迫感を体全体で感じ、それでいて体の末端から血の気と力が失われていく感覚に目の前が真っ暗になったような錯覚に囚われた。聴力が奪われてしまったように、甲高い耳鳴りが絶えず鼓膜を支配する。

 ジョージはこれまでも、仲間の死を何度も乗り越えて来た。だが、物語の中だけの死ではなく幕間空間の中で、そして自らの過失によって仲間を失った事はこれまで無かった。


「……やはり……」


 ジョージは無意識のうちに、くすんだ鈍色が重厚感を感じさせる「小道具」をその右手に呼び出した。それは彼が使い慣れた拳銃だった。セーフティロックを解除すると、震える手で銃口を自らのこめかみへと当てた。


「やはり、最初からこうしていれば良かったんだ……無駄に足掻こうとしたから……所詮どこまで行こうと……物語からは逃れられない」


 ジョージの目から溢れる涙は、死への恐怖から来る物では決してなかった。諦めや悔恨や慚愧の念、そして部下への罪悪感による物だった。ジョージがゆっくりとトリガーに指をかけ、力を込めようとしたその時だった。


「わ、ヤバい! ゆーちゃん、はやく!」


 背後からのどこか聞き慣れた女性の声が、ジョージにはやけにぼんやりとした物のように感じられた。言い終わるよりも速く、手に握られていた拳銃はどこか遠くへ吹き飛ばされていた。声の主とは違う別の誰かによって蹴り飛ばされたのだと分かったのは、右手の鋭い痛みに意識が引き戻され、辺りを見回した時だった。


「お前ら……どうしてここに」


 ジョージのすぐ右隣で振り抜いた左足を流麗な動きで右足に揃え、しゃがみ込んでその様子を確認したのはユウ・クサナギだった。さらにジョージが振り返ると、扉の無い入り口には安堵の表情を浮かべるアリサ・アンダーソンが、その後ろにはドタドタと駆けつけてきたカルロス・アンジェロとアルバート・ターナーの姿が見えた。皆見覚えのある同盟軍のパイロットスーツに身を包んでいたが、しかしながら彼らの姿にジョージは言い知れぬ違和感を抱いていた。

 

「あーもー、だから説明役一人残しとこうって言ったんだよ! カールのせいだぞ!」

「いやー、とは言え自殺するって誰が思うよ? 起きたら探しに来るって思ってたのに、いきなりコレだぜ?」


 カルロスに食って掛かるアルバートも、軽口を叩くカルロスも、ジョージが良く知っている彼らとどこか雰囲気が違っていた。その妙な引っかかりに対する明確な答えを見いだせずに困惑しているジョージをほったらかしにしたまま、今度はアリサとユウが話に加わった。


「最終巻の状況を鑑みれば、十分に予想出来た事ですよ。……とは言え、強く反対しなかった私にも責任はあります。大丈夫ですか、中尉? 申し訳ありません、手荒な真似を致しました」

「ゆーちゃん、もうたいちょーは中尉じゃないでしょー? 少佐? だっけ? えらくなったの忘れたのー?」

「これは失礼、幕間空間の記憶についつられてしまいました。しかしここにいる間は別に中尉とお呼びしてもいいのではないでしょうか?」


 彼女達の変化は目に見えて分かる物だった。アリサもユウもアンダードッグ小隊の中では若く、共に戦場を駆け抜けていた頃は未成年であったが、その頃に比べても大人びた顔付きになり、アリサに至っては若干身長も伸びているようだった。まるでコールドスリープ装置での長い眠りから覚めたような奇妙な感覚に、ジョージの思考は自らの持つ情報のみでの推理を放棄した。自分だけが置いてけぼりになっている状況に対する怯えと警戒心を隠しきれないまま、ジョージが口を開いた。


「これは……どういう事だ? 理解が……理解が追いつかない」


 口喧嘩を続けていたアルバートが、仲間との再会を喜んでいるようには決して思えないジョージの様子に気付いた。アルバートはまだ何か言い返そうとするカルロスを手で制してジョージの傍へ歩み寄ると、片膝をついて視線を合わせながら穏やかに告げた。


「ジョージさん、ここは『高機動人機エルヴァイル2』って言う物語の中の世界なんです。まあ、ぶっちゃけると二作目って事です。今居るのは大体目次が終わって第一章に入る前って感じですかね。……ちなみに前作から二年が経過してるんですよ」

「俺らも少しばかりオッサンになった感じッスかね、まだ二十代ッスけど」

「あれから二年も経っているのか……なるほど、お前らを見た時の違和感はそれで説明がつく。しかし、どうやってその情報を手に入れた? 呼び出してもいないのに幕間空間にいるのも不可解だ。……お前らは、一体何者だ?」


 未だに警戒を解こうとしないジョージにアルバートは困惑した表情を浮かべていたが、そんな空気を一切読もうとしないカルロスが能天気に話を続ける。


「何者も何も、俺らは俺らに決まってるじゃないッスか。一緒にあの変な穴に飛び込んだのも忘れたんスか? そうそう、そのお陰って言っちゃっていいのかな……実は俺ら、どうやら小隊長と同じ能力を手に入れたみたいなんスよ」

「俺と……同じ能力?」

「見せたほうが早いッスね。……よし、ほいっとな」


 示し合わせたように皆がパチンと指を鳴らすと、中空に三冊の文庫本が現れ、それぞれの手に落ちてきた。ただアリサだけは指を鳴らす事が出来ず、苛立ち紛れに足をドンと踏み鳴らすと本が現れた。どうやら彼女に限っては、その仕草が本を取り出すトリガーとなったようだった。

 得意満面な様子で本を掲げる面々を前に、ジョージはよろよろと立ち上がると、驚きを隠しきれない様子でカルロスの持つ本に手を伸ばした。


「お前ら、その本……! ちょっと貸してみろ!」


 カルロスから本をひったくるように奪うと、ジョージは自分の持つ本と内容を照らし合わせた。照査したのは無作為に選んだ中盤の数ページのみではあったが、その内容は一字一句違わず同じ物で、二人の本が完全に同一である事は明確だった。本を調べる事にかかりっきりになっているジョージに、アルバートが声をかけた。


「へへ、僕らも向こう側の本を出したり読んだり出来るようになったんですよ。もう翻訳してもらわなくても大丈夫です」

「でもたいちょーみたいに物を出したり景色を変えたりとかは出来ないんだよねー。おいしい物食べ放題かなーって思ったのにさー」


 アリサが未だに指を鳴らす仕草を続けながら残念そうに呟く。ようやくチェックが終わったジョージが憮然とした顔付きで本を差し出すと、カルロスはニヤニヤと笑みを浮かべながら受け取った。


「まだ確証はありませんが、本編以外での幕間空間へのアクセスも自由に出来るはずです。……多分、これに関しては前作のあとがきの時点で出来ていたんだと思います。中尉も心当たりがあるのでは?」

「確かにあの時も、俺が呼び出していないにも関わらず幕間空間にいたな……しかし何故……何故お前らも同じ事が出来るようになったんだ……?」

「うーん……それについては四人で色々話し合ってみたんですが、一体何がトリガーになったのかは良く分からないんですよね。……僕自身はこれ、『クリア特典』じゃないかなって思うんです」

「クリア特典……?」


 オウム返しに尋ねるジョージに、アルバートが頷いて説明を続ける。


「そう、よくあるじゃないですか。ゲームをクリアしたら強いままで二週目に突入、とか。そんな感じで、幕間空間に入った事がある状態で生きたまま最終巻のあとがきにたどり着くって言うのがこの力を手に入れる条件なんじゃないかなって。でも僕は、この力を得た過程はあまり重要ではないと思うんです」

「そう、私達は新しい力がどうやって手に入ったかではなく、どう使うかだと思います。そこで中尉、まずは貴方に差し迫った問題について、話し合いましょう」

「……すまん、ちょっと待ってくれ。まだコイツを読んでないんだが……もしかして、この巻で俺が死ぬ予定になっているのか?」


 遅れを取った焦りを顔いっぱいに滲ませながら、ジョージは慌てて文庫本をめくっていく。今まで見せたことの無いその様子にカルロスは大きく声を上げて笑うと、ジョージの背中を力強く平手で叩いた。


「なーにをとっ散らかってんスか! 死ぬわけ無いッスよ、今までやってきた事と同じようにやれば大丈夫ッスから」

「そうですね、いつものように対策を考えましょうか。……しかし、まさかクラウスが『大地の救済者達』に鞍替えするなんて思ってもいませんでした。しかもエルヴァイル・アルティメイタムを手土産に」

「停戦から二年間ほったらかしにされてたんだろ? 今更動くのか、アレ? 下手したらディルゲインの方が強いんじゃねェの? 現行機の中じゃ最強だろ?」

「とは言え、機体の性能とフラグはあまり関係がありませんからね。今回の場合『断罪の鎌』の力量を見誤ったが故のあの発言ですから、まずは――」


 カルロスとユウが矢継ぎ早に意見を述べるものの、事情が全く飲み込めていないジョージとアリサが、所在無げに立ち尽くしていた。ジョージは情報が、アリサは思考能力がそれぞれ足りていないようだった。二人の様子に気付いたアルバートが、大声を出してカルロス達の議論にブレーキを掛けた。


「あーあー、二人共ちょっと待った! ジョージさんが話に付いて来れてないから! アリサちゃんはともかくとして!」

「ああ、すまない。ちょっと状況を確認させてくれ。俺だけまだ物語から情報の供給を受けていないみたいでな」


 ジョージは落ち着きを取り戻したのか、高機動人機エルヴァイル2を最初のページからめくり直した。しかしその速度は非常に速く、必要なデータのみを拾い上げるように読み飛ばしていく。本に視線を落としたまま、ジョージはまるで独り言のようにアリサへ話しかけた。


「……なるほど、前作からこれだけ状況が変わっているとはな……ふむ……とりあえずアリサ、遺伝子操作手術の成功、おめでとう」

「ありがとー! 体はもう順調だもんねー! おばーちゃんまで生きていられるって!」


 ジョージは両手でピースサインを作ってニコニコ笑うアリサの顔を一度見上げて軽く笑うと、再び本に視線を落とした。ページを捲る手を止めずに、そのまま話を続ける。


「なるほど、アリサは人機乗りに戻ったのか。あまり無茶をするんじゃないぞ、もうお前は強化人間じゃないんだからな。……お、アルバート。これは本当か?」

「ええ、生まれましたよ。双子なんですよ、男の子と女の子」


 アルバートが懐から銀色のカードケースを取り出し、そこから一枚の写真を引き抜くとジョージの持つ本の横へと差し出した。ジョージは手に持った本を反対方向に少し逸らすと写真に顔を近づけ、そこに写っている幸せそうな家族の姿に頬をほころばせた。


「おお、可愛いじゃないか。右の子は目つきがお前に良く似ているな。賢い子に育つ事を祈っているよ。それと……フラグに使われないように注意しておけよ。油断してるとすぐに巻き込まれるからな。カルロスは……ん、お前ら、もしかしてそういう仲なのか?」

「いや、俺はそのつもりは――」


 アリサは否定しようとするカルロスの脇腹にタックルをかけるように力強く抱きつき、言葉を遮るようにジョージに答えた。


「えへへー、実はそうなんだよー! アリサ達ラブラブなんだよー! ほら、年齢的にも結婚出来るお年頃だもんねー!」

「ったく、くっつくなっての! お前のせいで女は寄って来ねーわ、お前のファンには睨まれるわでロクな事が無ェ!」

「その割にはアリサちゃんの誕生日には祝ったり頻繁にデートに誘ったり、そこんとこやたらとマメだよね、カールは」

「あー……うん。喧嘩は程々に、フラグにならん程度にな。ユウは……ん?」


 二度三度、同じ部分を読み直して確認すると、よっぽど衝撃的な内容だったのかジョージの顔は血の気が引いたように真っ青になり、そのページの角を折り曲げて勢い良く本を閉じてズボンのポケットにねじ込み、普段人機に乗る時以外付けることのないグローブを乱暴に外して床に投げ捨てるとユウに向き直るとその両肩をしっかりと掴んだ。その左手の薬指には、ジョージには全く身に覚えのない銀色の指輪が嵌められていた。


「おい、ユウ。納得のいく説明しろ。どうして俺達が婚約した事になってるんだ?」

「あ、バレてしまいましたか? もう少し誤魔化せるかなと思ったんですが……本編で書かれていてはしょうがありませんね」


 露骨に視線を逸らしたままユウが答えた。その左手の薬指にも、ジョージの物と同じ指輪が輝きを放っていた。それは派手な細工も宝石も無く、ただリング状になっているだけのシンプルなデザインのプラチナの指輪だった。


「俺にグローブを付けておいたのはお前の仕業だろう? この指輪を隠す為か? 全く、いつから仕込んでたんだこんな物」

「グローブに関しては中尉のご想像通りです。後、最初にきっかけを作ったのがいつか? と言う事でしたら、前作のエピローグです」

「……しまった、そう言えばお前らが助けに来たショックで、俺の出番以外がどう変わったのかチェックしていなかったな」


 苦々しく失敗を悔いるジョージの手からするりと抜けて、ユウは距離を取り、ついこの間の事のように語り始めた。


「ヴィルゲンさんの求婚を断る為に、中尉を愛していると言う事と、いずれ中尉と籍を入れる約束をしていると言う嘘を告げたんですが……その場所が悪かったんです、同盟軍総本部のど真ん前でしたから。大勢の方に聞かれてしまったせいで、凄い勢いで噂が拡散してしまいまして……」

「絶対故意だよね、知っててやったよね」

「そんなことある訳がないじゃないですか、まるで外堀からどんどん埋めていったような言い方しないでください」


 堪えきれずに突っ込みを入れるアルバートに、ユウはつんと取り澄ました顔で答えた。


「実際は?」

「中尉は誠実な方ですけど、色事は苦手でいらっしゃいますから、まずは嘘でもいいから既成事実に落とし込んでしまえばと」

「知ってる? 世間はそれを外堀を埋めるって言うんだよ?」


 諦めの表情で肩をすくめるアルバートを無視して、ユウは嬉しそうに指輪を眺めながら話を続ける。


「後は物語の成り行きに任せようと思ったんですが、あの穴を潜って目覚めたらこの手に指輪が嵌っている事に気がついてびっくりしました。贈り主がヴィルゲンさんである可能性も否定出来なかったので、急いで設定資料集を読んだら……うふふ」

「全く、油断も隙もあったもんじゃない。折を見てどうにか事態に収拾をつけるしかないか……」


 ジョージは呆れた顔でポケットに突っ込んだ本を取り出すと、角を折ったページから再び読み進めていく。


「で、俺は相も変わらずアンダードッグ小隊の隊長……と。クラウスが裏切った理由や現在の同盟軍や帝国軍、その他第三勢力だとか、まだいまいち飲み込めていない部分もあるが……大体こんな所か」


 めぼしい情報を確認し終えたジョージは軽く手を叩いて、人数分のパイプ椅子を呼び出すと、どっかりと腰を下ろした。他の面々も思い思いに椅子に腰掛けると、アルバートがふと、思いついたように口を開いた。


「……ジョージさん、僕思ったんですけど」

「何だ?」

「もし、僕らのいる話が『高機動人機エルヴァイル』じゃなくて……もしもですよ? こんなのはナンセンスだとは思うんですが……僕らが向こうの世界のお約束を回避していくのを楽しむ話だとしたら……ジョージさんは、どう思いますか?」

「……ふむ、『高機動人機エルヴァイル』の世界どころか、この幕間空間ですら小道具だったら、と言う話か? その時は……そうだな、物語に『アンダードッグ小隊のフラグマネジメント』って名前でも付いてたりしてな。と言うのは冗談としてだな」


 ジョージは口角を歪めて一度だけ鼻で笑うと、シリアスな顔付きで皆を見回した。


「俺達は、物語の中で生きる事を強いられている。しかし、俺達がどういう物語に生きているのかと言う所は、実の所あまり関係が無いんじゃないかと思っている。生きる為の物語であろうと、死ぬ為の物語であろうと、俺達の出来る事は決まっている。少しでも良く、長く生き残る為に死力を尽くす。出来る事は何でもやる。一人でやるには難しい事は仲間を集めて挑戦する……それは多分、物語の向こうで、俺達の動向を見ている奴らもやっている事のはずだ」


 滔々と語るジョージの言葉を皆、静かに傾聴するばかりだった。誰も口を挟もうとしないのを確認すると、ジョージは一人ひとりの目を見据えながら、ゆっくりと、それでいて確かな口調で続ける。


「……俺は、これからも良い人生を長く生きたいと思っている。出来ればお前らと物語を超えていきたいと思っている。いつかは離れ離れになる事もあるだろうが、それでも共に生きて行くのも悪くない、俺はそう思っている。……さあ、無駄話はここまでにして、俺達を殺そうとするフラグを、今回も殺し返してやろうじゃないか」

「はい!」


 ジョージの呼びかけに、皆の返事の声が重なった。各々自分の手持ちの本や取り寄せた資料を突き合わせて対策を練り始める。新しく得た力を使い、これまでと同じように知恵を合わせ、これからも彼らは生き延びる事だろう。

 アンダードッグ小隊のフラグマネジメントは、これからも続いていく。

 

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