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第十二巻 あとがき

 グランス地方駐留基地から車でおよそ一時間走った所に、同盟軍総司令本部がある。停戦協定が結ばれた今となっては、戦時中の慌ただしさやピリピリとした雰囲気は収まり、どこか中だるみのような雰囲気を醸し出していた。そんな人っ子一人居ない廊下を、本来ここに居るはずのないアンダードッグ小隊の面々は医務室に向かって歩いていた。


「いやー、チームワークの勝利って感じだよな!」


 先頭を歩いていたカルロスが振り向きざま両手を開き、興奮冷めやらぬ様子で皆に話しかけると、アルバートが腕を組んだまま頷いて同意した。


「うんうん、カールの武器だけを撃ち抜く正確な射撃とユウさんのスプリントダッシュで駆け寄ってからのハイキック! アレは本当、映画みたいだったよ。……ユウさん、アレ、ちゃんと生かしてるんでしょうね?」


 アルバートが少し心配そうな顔でユウに尋ねると、彼女は肩をすくめて答える。窓から差す赤紫色の夕日が、彼女の目に宿ったままの狂気の朱色を隠していた。


「多分死んでいないと思いますが……そもそも私、本当に殺すつもりでしたからね。帝国軍だからと言うだけでも腹立たしいのに私の愛する中尉を殺そうなんて、生かす価値がありませんから」

「みんなー、アリサが感応能力でどこに潜んでるか見つけたんだよー? ほめてほめてー?」


 ユウの後ろから顔を覗かせて、アリサがせがんだ。カルロスはアリサに駆け寄ると、その頭をぐりぐりと撫でた。


「ああ、お前もよくやった! 偉いぞ!」

「えへへー、カルるん先輩に褒められたー、うれしー!」


 胴体にしがみつくアリサをそのままにさせて、カルロスはアルバートに視線を送って、彼を褒め称えた。


「しかし俺達がエピローグ蹴って集合するって信じてた上に、作戦の立案をやってのけたアルも十分凄ェと思うぜ」

「へへ、これくらい読めなきゃアンダードッグ小隊のブレインはやっていけないよ」


 自慢げに鼻の下を人差し指で擦るアルバートだったが、その表情はだんだん曇っていく。それはアルバートだけの話ではなく、他の三名もまた同じだった。


「……でも、さ」

「ああ……怒られるだろうな、確実に」


 それからは皆、口を開く事は無かった。足音を奥の方まで響かせながら、廊下をひたすら歩いていた。やがて医務室と書かれた扉の前で足を止めると、アリサが目を閉じて中の様子を窺った。彼女が小さく頷くと、カルロスがその引き戸をゆっくりと開き、小声で中へと呼びかけた。


「おじゃましまーす……」


 医務室の中には簡素なベッドが並べられており、そのうちの一番奥のベッドにジョージは上半身を起こした状態で寝かされていた。ぼんやりと壁にかかったカレンダーを眺めていたが、医務室に入ってきたカルロス達に目をやると驚愕の表情で彼らに声をかけた。


「お前ら、何でここに……?」

「あれ? ジョージさんが呼んだんじゃないんですか?」

「誰かを呼び出せるのは一巻につき一回限りのはずだ。俺じゃないとしたら、一体どうやって……最終巻のあとがきだから特別なのか……? いや、そんな事よりもだ。……何故、邪魔をした?」


 ジョージは頭に浮かんだ疑問を振り払うように頭を横に振ると、四人の方へ視線を向けて怒気を孕んだ低い声で問いかけた。彼らの先頭で説明できずにいたカルロスを押しのけて、アルバートがその矢面に立った。


「お叱りなら僕が受けますよ。僕が首謀者ですから」

「……俺は言ったよな? あのまま物語に身を委ねていた方が幸せなんだと」

「……ジョージさん、僕達がここに来たのは、一言文句を言う為なんですよ」

「文句……だと?」


 頷いて何かを言い出そうとするアルバートだったが、少し憤慨したような面持ちで横から割り込んできたカルロスに遮られた。


「そうッスよ小隊長。俺から行かせてもらうけど……俺達の幸せを、勝手に決めつけねェで欲しいッスよ。そりゃあエレナは大事だけど、俺からすれば、みんなで揃って迎える最後の方がもっと大事なんスよ」


 カルロスはずかずかとジョージのベッドまで歩み寄って、啖呵を切るように話しかけた。それを追いかけるようにアルバートが近寄り、愚痴を吐くように続いた。


「そうです、僕なんて名前が無かった恋人との結婚ですよ? 今更どこに感情移入しろって言うんですか。こっちで過ごした仲間の方が重要に決まってるじゃないですか」

「私は……物語が用意した結末が良い物だとは思っていません。いつでも私達は、用意されていない未来を掴み取って来ました。これからもそうするつもりです。私の最良の結末には……中尉、あなたが必要なんです」


 ユウは静かにジョージが横たわるベッドに近付くと、その横に用意されているパイプ丸椅子に腰掛け、彼の右手を両手で包み込んだ。ユウの後ろからアリサがひょっこり顔を出すと、ジョージの目を見つめて諭すように優しく語りかける。


「……ね、たいちょーさん。前ね、自分が死んでも誰かを守りたいって思った時にね、大事な人が教えてくれたんだよ。この人の為に何かしたいって思わせる物や、絶対に死なせちゃいけないって思わせる物がある人には生きる価値があるんだよって。たいちょーさん、どっちもあるのに勝手に死んじゃダメだよー?」


 皆の説得の言葉に、ジョージは何も返す事が出来なかった。俯いたまま何も語ろうとしないジョージに、アルバートがさらに畳み掛ける。


「……ジョージさん、前に言ってましたよね。忘れたんですか? ジョージさんは誰かと一緒に最終巻のあとがきを迎えたいって。僕達は生きるため、ジョージさんはその目的のために協力しようって。今更無責任な事、言わないでくださいよ」

「……そう、だったな」

「もし次、勝手に死のうとしたり死にたいとか言い出したら……はっ倒しますからね」


 アルバートはにっこりと笑ってジョージに左手を差し出した。ジョージは根負けしたように目を閉じて首を横に振ると、その手を取って固く握手をした。それを見て一同はようやく安心したようにこわばった表情を緩めた。


「……お前ら……すまないな」

「謝られるような事はやってないよー、ありがとうなら受け付けるよー」


 ジョージの謝罪の言葉を受けて得意顔で何かを喋ろうとしたアルバートを遮って、アリサが答えた。


「こらアリサ、僕のセリフを取るなよ!」

「えへへー、一度言ってみたかったんだよねー」


 アルバートがすねたような声でアリサをたしなめると、彼女はにかっと笑って両手でピースサインを作ってアルバートに突き出した。その様子に皆の口から笑い声が漏れた。ひとしきり皆が笑った後、ジョージがぽつりぽつりと思いの丈を打ち明けた。 


「……皆、ありがとう。どうやら俺は大切な事を忘れかけていたようだ。楽な逃げ道に気を取られ、本当にやりたかった事が見えなくなっていた。……そうだ。俺が見たかったのは……この景色だ。思い出させてくれて、ありがとう……本当に」


 頭を下げるジョージを温かい眼差しで見つめている四人だったが、カルロスが合点の行かない顔でジョージに尋ねる。


「そういや、どうにも腑に落ちない所が一つあったんスけど」

「どうした? 俺が生きていた事か?」

「あ、いや、結論言っちまったらそうなんスけど、確かあの帝国軍の残党、小隊長に二発ぶち込んでたはずなんスよ。一発は外れて柱に当たったッスけど、残りの一発は胸に直撃してたッスよね? どうして生きてるんスか?」

「……こいつのおかげさ」


 ジョージはベッドサイドテーブルに置かれていた、原型を留めないほどにひしゃげたオイルライターの残骸を取ると、手のひらに乗せて皆の前に差し出した。


「あ、これ……ユウさんからジョージさんへのプレゼントでしたっけ」

「ああ。俺はてっきりグランス駐留基地の第二会議室に置いてきたと思っていたんだが……これもすっかり忘れていたんだ。幕間空間における物理的な干渉は、幕間空間を出たらリセットされる」

「あ、ああ! そういやそうだ! 最初ジョージさんの能力を聞いた時に確かにそう言ってた!」

「そう、結局の所……俺はこいつに助けられた訳だ。ユウには二度も……いや、エミリオには随分遠回りになるが、ここでようやく命を救って貰った事になるな」


 その言葉を聞いたユウは笑顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、ジョージの胸に飛び込んだ。泣きじゃくるユウを静かに抱き寄せて、ジョージは彼女に労いの言葉を掛けた。


「……お前には辛い思いをさせたな。すまない、ユウ」

「いえ、いいんです……いいんです。中尉が無事なら、それで」


 二人の様子を微笑ましく見つめていたアルバートだったが、不意に聞こえた耳障りな音に不安を覚え、辺りを見回した。彼がふと視線を下にやると、それまでタイル張りの殺風景な床だった部分に大きな穴が開いている事に気がついた。その穴はまるで周囲を侵食していくように徐々にその広さを増していた。初めて見る不気味な現象を目の当たりにし、アルバートは素っ頓狂な声を上げた。


「うわ、なんだこれ! 知らないうちに穴が空いてる!」

「え、何だこれ、いきなり出てきやがったな、これ……一体何なんスか?」


 カルロスとアルバートがその穴を覗き込んだ。中は真っ暗で底が見えない。下に降りるための梯子もなく、飛び込んだら最後、出て来る事は出来ないように思えた。ユウとアリサもジョージの傍を離れ、穴の様子を確かめようと近寄った。


「物語の終わりだ」


 ベッドから立ち上がり、穴の傍に来たジョージが端的に答えた。彼は手に持ったオイルライターだった物を開き、回りにくくなってしまったフリント・ホイールを無理やり回し、どうにかライターに火をつけると穴の中に放り込んだ。その光は真っ直ぐ下に落ちていった。しばらくは光を目で追うことが出来たが、やがて肉眼では捉えられないくらいの距離まで落ち、見失ってしまった。


「この穴に飛び込んだら次の物語につながるんだ。これまではそうだった」

「しかし一人ではない今、もしかしたら……」

「ああ。ひょっとしたら、物語に囚われ続けた運命から逃れられるかも知れない。……最後に、一つ頼みがあるんだが、いいか?」


 皆の顔を見回して、ジョージが控えめに伺う。穴が地面を削りながら大きくなる音をかき消すように、カルロスとアルバートが軽口混じりに答える。


「もうここまで来たら付き合うしかないッスよ」

「そうだね、一緒に死のうって言われるのなら話は別だけど」

「いや、場合によっては心中に等しい頼み事だ。……皆、俺と一緒にこの穴に飛び込んで欲しい。この穴の続く場所へ……一緒に来て欲しいんだ」

「私は中尉が赴く場所ならどこへでも……それが戦場だろうと地獄だろうと、変わりません」

「それって一緒に死ぬ事とは違うよねー、新しい所に行こうって話だから……アリサ、たいちょーに付き合うよー」

「むしろ付いて来るなって言われても付いて行きますよ、ジョージさんの能力は有用なんですから」

「さあ、ぐずぐずしてないで飛び込むッスよ! あ、手でも繋いた方がいいッスか?」

「別にそこまでしなくてもいいとは……いや、それもアリか」


 ジョージの右隣にはユウが立ち、その隣にアリサ、カルロス、アルバートと言う順番で両隣の手を握って輪を描き、急いで広がりつつある穴を囲んだ。アリサは穴の中を興味深く見つめ、カルロスは下を見ないように痛くなるほど首を上に向けていた。アルバートは目を閉じて号令を待ち、ユウはただじっとジョージの顔を眺めていた。やがて決心を決めたジョージが、皆に声をかけた。


「よし、いいな? 手を絶対に離すんじゃないぞ。……1、2の……3!」


 ジョージの号令と共に、全員が一斉に地面を蹴り、穴の中へと飛び込んだ。下から襲いかかるような強い突風が吹き付け、最初はどうにか耐えることが出来ていた一同も、やがて力尽きてその手を離してしまった。

 まずはアリサが吹き飛ばされ、カルロスとアルバートが二人まとめていなくなり、最後までジョージの手にしがみついていたユウもどこかへと飛んでいった。

 一人になってしまったジョージは自らの選択を後悔しながら、あるかどうかも分からない深い深い穴の底へと落ちていった。

 やがてジョージの意識は、漆黒の闇の中へと融けて……消えた。

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