第十二巻 目次-エピローグ間 4.5ページ
長きに亘る同盟軍と帝国軍の戦争がヴェッグ・ドルスによりもたらされた被害により、戦闘行動の継続が不可能となった事でなし崩し的に停戦協定が交わされ、元々戦略的価値の低いグランス地方の駐留基地は更にその価値を失った。今では人員も軍備も最低限の物に抑えられ、ややもすれば廃墟と捉えられても仕方ないくらいに閑散としていた。
そのグランス地方駐留基地の第二会議室。かつてジョージがカルロスとアルバートにこの世界の本質を伝えたこの部屋も一脚の椅子を残し、全ての荷物が引き払われてしまった。この部屋と外の間を遮る必要性がなくなってしまったカーテンが風にはためく様子が、やけに寂しく感じられた。
部屋の奥にはアンダードッグ小隊の小隊長であるジョージが、そして以前より立て付けが悪く、開閉がしにくくなってしまった扉のすぐ傍には彼の部下である四名の姿があった。
「……皆、これまで辛い事も大変な事も山ほどあったが……よく頑張って、ここまで生き残ってくれたな。高機動人機エルヴァイルの第十二巻……ここが物語の終着点だ」
穏やかな表情を浮かべて語るジョージの姿は、戦争の最中では決して見ることの出来なかった物だった。それ自体が平和の訪れを象徴しているようで、皆一様に安心感を覚えていた。
「あの最終決戦から半月でしたっけ、今」
「いやあ、色々ゴタゴタしてて大変だったよなあ。部隊の再編とか、復興作業とか」
アルバートとカルロスがこれまでの事を思い出すように指折り数えた。ヴェッグ・ドルスとの最終決戦を乗り切り、第三のコロニーであるニライカナイから来た救助艇によって回収された後、待っていたのは休暇ではなく次から次に舞い込んでくるトラブルの対処だった。
帝国軍の部隊の大多数がヴェッグ・ドルスの大爆発で消失したとは言え、その残党は数多く残っていた。休戦協定が結ばれた今でさえ小競り合いが続いており、その対処に駆り出される事もあれば、コロニーの破片が落下した事で崩壊した都市の修復を手伝ったりと、「同盟軍の何でも屋」の異名に見合った忙しい日々を送っていた。
「どーめいもてーこくも自分の国を直すのに手一杯で、戦争やってる場合じゃなくなったのはある意味ラッキーだったのかもねー。大勢の人が死んじゃったのは残念だったけど、これでしばらくは平和になるのかなー」
戦争が終結した事により、アリサを始めとする強化クローン生成に関わる研究は一旦凍結される運びとなった。しかし先の最終決戦において多大なる貢献を果たした事と彼女の命が明日失われても不思議ではない事が各地に知れ渡ると、どうにかアリサを生き延びさせて欲しいと言う嘆願が同盟軍内外から殺到した。それを受けてと言う事ではないが、何とか強化クローン生成の技術を利用して彼女の寿命を延ばすことが出来ないか、別のアプローチからの研究を行う事が発表された。
そんなアリサの現在の状況はと言うと、あまり体を酷使する事が出来ない為軍籍に身を置きながらも、実際の所は無期限の休養と言う事になっていた。彼女は今、遅まきながら人生初の長期休暇を地球で楽しんでいる所だった。
「怪我の功名……と言うには、払った代償は大き過ぎる物でしたね。……ところで中尉、今は第十二巻のどの辺りなんでしょうか? もう全て終わった後ですか?」
ユウもまた、あの決戦を振り返るように遠い目をしていた。彼女の場合、此度の停戦はあまり良いものとは言えなかった。彼女の同盟軍で戦う目的は帝国兵の抹殺であったが、協定が結ばれたために彼らの命を無駄に奪うことが出来なくなった。戦争が無くなり、壊す力しか持たないユウに居場所は無く、同盟軍の中でも浮いた存在となっていた。
そんな彼女に目をかけ、同盟軍上層部からの心無い批判の矢面に立って庇ったのがアンダードッグ小隊の面々だった。これまで積み上げてきた功績によって今ではフェニックス隊と並び称される程の発言力を得た彼らに守られながら、彼女は今の自分に出来る事を模索し始めていた。
「いや、ここはエピローグと目次の間だな。先に読んだが、エピローグでは各個人ごとに出番が用意されていた。一緒に苦難を共にした仲間の結末くらい、皆で分かち合いたいだろう?」
ジョージは忘れられたように置き去りにされていた椅子に腰掛けると足を組み、指を鳴らす。そして中空に現れた文庫本を手に取った。もはや何度も見た光景だったが、これが見納めになるかと思うと、皆一様に複雑な表情を浮かべた。
「まずカルロスだ。物語の方では触れられていたが、エレナは病気だっただろう? 良かったな、治療の目処が付いたぞ。治療費も先の決戦で評価された分のボーナスで支払いが可能だ。……第三巻では辛い事をお前に言ったな。今でも時々、思い返す事がある。すまなかったな」
「いや、そんな事無いッスよ! アレが無かったら俺は今頃ここには居なかったッスから! そうか……エレナの奴、助かるのか……頑張った甲斐があるってモンだ」
ジョージが申し訳なさそうな面持ちで頭を下げると、カルロスは両手を振って否定した。そして感慨深そうに窓の外に目をやると、小さくガッツポーズした。
「アルバート、お前は彼女と結婚式を挙げているな。ようやく名前も付いたようだぞ、お前の彼女はマリナと言う名前だそうだ。……お前の式に参加出来ないのは残念だが、俺はいつでもお前の幸せを願ってる。仲良くやれよ」
「へへへ、ついこの間まで名前が無かった彼女って言うのも何か腑に落ちない所もありますけど、頑張ります」
ジョージに肩を軽く叩かれ、アルバートが照れくさそうに頭を掻きながら返事をする。
「アリサ、お前には朗報だ。遺伝子組み換えや無理な強化の影響で極端に短くなっていた寿命だが、どうやら治りそうだ。しばらく元帝国軍の施設で手術や療養が必要だがな。しかしその分、強化されていた分野は弱体化するだろう。……お前はこれまで、不自由な人生を強いられてきた。これからは自由に生きろ。いいな?」
「そっかー、アリサ、まだ生きてていいんだ……うん! たいちょーさん、ありがと!」
アリサはジョージからの吉報を受け、目に涙を溜めながら満面の笑みで答える。
「ユウ、お前は……ちょっと複雑だな。帝国軍無き今、お前の復讐は終わったも同然だ。行き場をなくしたお前を支えてくれたのは、死んだものと思われていた帝国軍の昏き疾風、ヴィルゲン中尉だ。……お前の望んだ結末じゃない事は分かっているつもりだ。だがしかし、なんとか受け入れて欲しい」
「……」
ユウは何も言わず、ただジョージの目を見つめていた。あまりにも真っ直ぐな視線に思わずたじろいでしまったジョージはゆっくりと部屋の奥へ戻り、彼らに向き直ると大きく両手を広げて話を締めくくる。
「さあ、エピローグを終えたらお前達には物語に縛られない、明るい未来が待っているはずだ。手にした幸せをしっかりと守って、これからを生きて欲しい。……俺からは以上だ」
言いたい事を言い終えてスッキリした顔をしているジョージから視線を外す事無く、ユウが厳しい形相のままで尋ねる。
「中尉、質問があります」
「……何だ?」
「中尉は、どうなるのですか?」
一瞬、ジョージの顔色が曇る。彼はユウの問いに答えることが出来ず、その場に沈黙が流れる。それを破ったのは呑気で楽天的なカルロスの言葉だった。
「そうッスよ! 小隊長も俺達の仲間じゃないッスか! どうなるのかくらい教えてくださいよ!」
「飛び級で昇進するんじゃないかな? 一気に少佐くらいになったりして」
冗談交じりの軽い口調でアルバートが茶々を入れるが、ジョージのただならぬ雰囲気を感じてすぐに口を閉じた。ジョージはゆっくりと窓際に歩み寄った。
「俺……か。俺はな……」
カーテンが風を受けて、強くはためく。暖かな陽光は窓辺とそこに立つジョージを照らし、決心を促すようでもあった。ジョージは顔を上げ、窓の外の景色を眺めたまま、答えた。
「俺は、死ぬ」
第二会議室の中から一切の音が、時が失われた。皆瞬き一つ出来ずに、そこに立ち尽くす事しか出来なかった。誰もがかけるべき言葉を失っていた中、ようやく口を開く事が出来たのはアリサとカルロスだった。
「え、嘘……でしょ? たいちょーが死ぬとか、そんなの嘘だよね……?」
「は、はは……小隊長も人が悪いッスよ、そんなタチの悪い冗談……」
「俺が誰かの死を告げる時、冗談を言った事があったか?」
アリサは不安の色を滲ませながら両手で顔を覆い、カルロスはそれを冗談だと信じて疑わなかった。しかしジョージは首を横に振りながら、静かに答えた。
「……聞かせてください、中尉。何故……ですか?」
ただ一人、冷静さを失わずにいたユウが尋ねる。しかしその気丈な表情も不安や悲しみが入り混じっており、いつ崩れてもおかしくないほどの儚さを孕んでいた。ジョージはため息を吐き、決して彼らの方を見ずに答える。
「クラウスも俺も、あの戦いの後からまるで英雄のように取り扱われた。表立ってヴェッグ・ドルスを破壊したクラウスと、多くの人命を救い、奴の活動を支援した俺……アルバートが言った飛び級で昇進って言うのは、あながち間違いではないんだ。しかし帝国軍からすれば、俺達は国を滅ぼした憎き仇敵と言っても過言ではないだろう。その残党が俺達を狙うのは、自然な流れと言っても良かった。グランス地方の同盟軍総司令本部での勲章授与式が終わった後の事だ」
ジョージは手にした文庫本を開く事無く、自分が殺される状況を滔々と語る。そこから中身を見ずとも話せるくらいに読み込んだであろう事やその心中を察してか、皆の表情が一層沈痛な物となった。
「クラウスを狙って放たれた弾丸から守るため、俺は奴を突き飛ばした。しかし、狙われている事に気付くのが少し遅かった。弾丸は俺の頭を貫いて……俺は……俺は、そのまま……」
「で、でもその未来を既に知ってるんだから、ちゃんと回避さえすれば……」
慌ててアルバートがジョージの言葉を遮った。しかしジョージは俯き、何も言わなかった。しばらくそのままでいたが、おもむろにジョージは顔をあげ、アルバートの目を見て告げた。
「……いや、俺はこの未来を回避しない。このままで行こうと思う」
「どうして……! どうしてですか、中尉!」
ジョージの言葉に抑えていた感情が決壊してしまったのか、ユウが悲鳴にも似たような声で叫んだ。その目には堪えきれなかった涙が溢れ、頬を伝っていた。それを拭おうともしない彼女の姿を一瞥すると、ジョージは窓際を離れて椅子にゆっくりと腰掛けた。
「俺は……疲れてしまった」
ジョージは俯いたまま自分の手を眺めながら、ぽつりぽつりと呟くように胸中を明らかにしていく。
「長い間、本当に長い間、生き残る為に仲間の死に様を確認して、どうすればいいか必死で考えて……その時は生きる事に必死で、後先の事なんて全く考えちゃいなかったんだが、今回、久しぶりに俺だけが死ぬのを読んで、思ってしまったんだ。このまま死んだ方が実は楽になれるんじゃないか、今までやって来た事は、ひょっとして無駄だったんじゃないか……ってな」
「ジョージさん……」
アルバートはジョージへ声を掛けようとするが、その顔を見ると掛けようとした言葉を引っ込めた。その顔は今まで頼りにしてきた強い男の表情ではなく、支えを失って今にも倒れてしまいそうな、彼らに一度たりとも見せたことがなかった弱い男のそれだった。アルバートは拳を痛い程に握りしめて、唇を噛んだ。
「だから、ここで終わりだ。もしかしたらこれが、最後のチャンスかも知れないんだ。俺がフラグで死ぬ事の出来る、最後の……な」
「……嫌です」
今まで静かに聞いていたユウが身を震わせながら、声を絞り出す。
「嫌です、中尉。そんなの、受け入れられる訳がないじゃないですか!」
「来るな!」
ユウが一歩踏み出そうとした刹那、雷のような大きな声でジョージが怒鳴った。始めて受けた明確な拒絶と叱責にユウはビクリと体を震わせ、さらに大粒の涙をぼろぼろと零してその場にへたりこんだ。両手で顔を覆って泣きじゃくる彼女の姿に良心の呵責を覚えたのか、ジョージは静かに言い直した。
「来ないでくれ、頼む」
ジョージはそれきり俯いてしまった。皆の後ろの方で黙っていたアリサがゆっくりと前に歩み出て、言葉を選びながら声をかける。
「……たいちょーさん、すっごい辛いんだね。本当は死にたくないんだね」
「……そうか。俺の心、読んじまったか」
「物語の結末を変えちゃったら、アリサ達のお話も変わっちゃうかも知れないから……だから、そのままを受け入れようとしてるんだね」
アリサの言葉に耳を傾け、ジョージは小さく頷いた。
「ジョージさん……アンタ、僕達の事を何も分かっちゃいないよ……!」
やりきれない気持ちをぶつけるようにアルバートは大声を上げると、出口に近い壁を思い切り殴りつけた。彼が直情的に拳を振るう姿もまた、今まで誰も見たことのない物だった。ジョージは居たたまれなくなったように立ち上がり、しゃがみ込んだユウに近寄ると、胸ポケットからタバコと古びたオイルライターを取り出し、タバコを窓の外へと投げ捨てた。
「ユウ、こいつを……受け取ってくれないか」
そしてジョージはユウの前で片膝を付くと、手の中に残ったオイルライターを彼女に差し出した。それを見た彼女は息を飲み、ジョージの顔を見上げた。
「っ!? これ……私が差し上げた……」
「ああ。お前から貰った、このライター……もう生き伸びる必要が無いからな。お前が持っていてくれ」
「嫌です……絶対嫌です!」
「そうか……じゃあ、しょうがないな」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら受け取りを拒否するユウに対してジョージは困惑したような表情を浮かべて頭を掻くと、今度は立ち上がってカルロスの前へ行くと、同じようにライターを差し出した。
「カルロス、どうだ? 持っててくれないか? まあ、言っちまえば形見になる訳だが」
「そんなの……受け取れる訳が無いッスよ……!」
カルロスもまた、顔を背けてそう答えるのが精一杯だった。ぎゅっと瞑った目から涙こそ流れていないものの、悲しみをこらえるのに精一杯である事は明らかだった。ジョージは受け取ってくれそうな部下がいないか部屋を見渡すが、皆ジョージの目を見ようとしなかった。彼は一度だけ小さくため息をついた。
「……全く、上司からの最後の頼みだってのに、つれない奴らだ」
ジョージは手にしたライターを先程まで座っていた椅子の上に置くと、部屋の奥の壁際に立ち、大声で皆に呼びかけた。その言葉はまるで遺言のようで、黙って聞いていた四人はぎょっとしたような顔色でジョージを見つめていた。
「いいか、お前ら。絶対に俺を助けようとするんじゃないぞ。お前らはそのまま幸せに暮らしている方がいいんだ。せっかく掴んだ幸せを、俺なんかの為に無駄にするんじゃない。……頼んだぞ、俺の分まで……幸せにな」
弾かれたようにユウがジョージに駆け寄ろうとするが、見えない壁のような物に阻まれた。それに釣られてカルロスも、アルバートも、アリサも、見えない壁を叩きながら、大声を張り上げながらジョージに何かを伝えようとするが、もはや声も届いていないようだった。
ジョージは静かに優しい微笑みを浮かべたまま、目を閉じる。仲間と別れ、自分を待つ死の運命に飛び込まねばならない事を思うと、ジョージはたまらなかった。彼は気付いていなかったが、その頬は涙で濡れていた。
ジョージにとっての最後の幕間空間が、ゆっくりと閉じた。




