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第十巻 第1章-第2章間 101.5ページ

 研究に没頭する科学者達や慎ましやかに暮らしていた人々も巻き添えにして、同盟軍のスペースコロニー群「アガルタ」を灰燼に帰した帝国軍の最終兵器を追い、旧式の宇宙戦艦はコロニーの残骸と思われる鉄屑が散乱している宙域を物ともせず突き進む。地球から飛び立ってしばらくの間は船体に大きな破片が当たる度に不気味な震動と音が響き渡っていたが、アガルタの消えた宙域を抜けるとアンダードッグ小隊のメンバー以外誰もいない船の中に静けさが戻った。

 今回はいつもと違い、皆はライト・アロー号のブリッジではなく、居住スペース内にある休憩所に集まっていた。あと数年で役目を終えて解体される予定の古い船であると言うこともあり、壁際に備え付けられた二脚のソファは継ぎ接ぎだらけでいくつかのスプリングが潰れており、机や椅子も色褪せていた。壁にはもし生きていればこの船と同い年であろうと思われる往年のアイドルのポスターがセピア色にその肌を染めながらも現役で居座り続けていた。

 そんな古びた船の寂れた休憩所で、アルバートは椅子に浅く腰掛けてブラックコーヒーで満たされたコーヒーカップを片手に十数年前のファッション雑誌に目を通し、ユウはアルバートから少し離れた席に座り、何やら携帯用端末を操作していた。カルロスは右肩を包帯でぐるぐる巻きにされた状態でソファに深く座り込み、アリサは満面の笑みを浮かべてその横にちょこんと座っていた。


「えへへー、もうちょっと寄っていいかなー?」


 アリサがそっと体を傾けてカルロスに近づこうとするが、あと少しと言う所でカルロスに押しのけられる。しばらくしてまたアリサが体を寄せると言うパターンが先程からずっと続いていた。その様子を一瞥し、アルバートがユウに話しかけた。


「懐いてるね、アレ」

「そうですね、完全に懐いてますね」


 ユウはアリサ達に目を向けようともしなかった。端末を操作しながら、時折苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。現在の同盟軍の情勢をチェックしているのだろうか、端末の画面の中では悲惨なニュースが下から上へと現れては消えていく。


「やっぱり、最後のアレが効いたのかな。カールが庇った奴」


 包帯姿のカルロスをコーヒーカップを持った手で指し示しながら、アルバートが呟いた。カルロスの痛々しい怪我は、帝国軍の兵士が放った銃弾により出来た物だった。

 前巻、クラウスとアリシアの救出に成功はしたものの、撤収の際に遅れてしまったアリサを敵兵は見逃さなかった。ライフルが掃射される寸前にアリサの遅れに気がついたカルロスが横っ飛びでアリサを抱きかかえ、襲い来る銃弾から自分の体を盾として庇い、瞬時にハンドガンによる反撃を行った。放った弾丸は敵兵の眉間を貫いたが、それと同時にカルロスも右肩に一発の弾丸を受ける事になった。

 戦闘中の緊迫感によるアドレナリンの増加の影響か、カルロスは銃創から来る激痛を感じる事無く立ち上がり、アリサを横抱きに抱えると、ライト・アロー号の格納庫へ渾身の力で駆け抜けた。カルロスが肩の痛みで気を失って倒れたのは、アリサをジョージに託してタラップを駆け上がろうとした時だった。

 カルロスはライト・アロー号の医務室で治療が施され、鋭い痛みはあるものの人機の操作や生活に支障の出るような怪我ではないと言う医者の判断によって医務室の硬いベッドから解放されたが、アリサはそれから後幕間空間へ舞台が移った今までずっと、まるで親鳥から離れない雛のように、カルロスから片時も離れようとしなかった。


「えへへ……えへへへ……あの時のカルるん先輩、映画のヒーローみたいだったよお……思い出すだけでもドキドキしちゃうよねー……ふへ、ふへへ……」

「こらアリサお前よだれ! よだれ拭け! 痛い! 寄るな馬鹿!」


 先程の救出劇を思い出したのか、口元をだらしなく緩めたままカルロスの胴へしがみつこうとするアリサを痛みをこらえながら引き剥がしてソファの反対側に突き飛ばし、そして肩の痛みに悶絶する……と言うルーチンをカルロスは何度も繰り返していた。

 

「あのやり取りもここに来てから三度目だよね。そろそろ見てる方としてもしんどい……」

「……ユウとしても色恋に疎いようで、良く分からないのですが……女子はああいうシチュエーションにときめく物なのでしょうか?」


 携帯用端末をガタガタにへこんでいる机に置くと、ユウはアルバートに尋ねた。今度はアルバートが色あせた雑誌から目を離すことなく、そっけなく答える。


「僕に聞くなよ、女子じゃないんだから分かる訳がないだろ」

「しかしこの間の格好は下手な女子よりも女子でしたが……」

「だからやらされたんだってば! 持ち出すのやめてよ、今でも思い出すと辛くなるから!」


 アルバートが雑誌を苛立ち紛れに床に叩きつけると、ステイプラーが緩くなっていた為かページがバラけて地面へ飛び散った。それと時同じくして、入り口の自動ドアがガタガタと軋みながら開いた。


「やっぱり宇宙と言えばコイツだな。幕間空間だから飯くらいなら別にいくらでも出せるが、その場で食える物が一番しっくり来るモンだよな。そんな訳で倉庫から食料を持ってきたから、適当に食ってくれ。とは言え……味は保証しないがな」


 昔ながらの宇宙食と言った風情を感じさせる、長期保存出来る事しか取り柄の無い固形食品の詰め合わせボックスを両手一杯に抱えたジョージが中に入ると、一人一つずつ配っていく。そしてカルロスとアリサに手渡そうとジョージがソファの方を見やると、子供の成長を見守る父のような目をしてうんうんと頷いた。


「お前ら、随分仲良くなったみたいだな」

「どこを見たらそういう風に見えるんスか! 小隊長からもコイツに言ってやってくださいよ! こんなにくっつかれると傷に当って痛いんスよ!」


 ジョージは痛みのせいで顔色がどんどん悪化しているカルロスに見向きもせずに、アリサに食料を二箱分手渡して微笑むと一言だけ声をかけた。

 

「アリサ……程々にな」

「はい! ほどほどにひっつくよー!」

「絶対対処する気が無い奴だ、これ……痛っ! だからくっついて来るんじゃねェ! お前、こないだまでそんなキャラじゃなかっただろうが!」


 食料を配り終えて空いている席に座ったジョージが、二人を微笑ましく眺めていた。特に諌める訳でも無いジョージから許可を得たと勝手に解釈したアリサが更に激しさを増してカルロスに抱きつく。それを引き剥がそうとするカルロスの手にもさらに力が入る。


「カールも相当テンパってるね」

「助け舟を出すつもりは無いんですか? 同僚として」

「だいじょーぶ、アイツ一応女好きって言う設定だから。むしろ喜んでるでしょ、多分」

「おい、アル! お前そこそこ長い付き合いやってて知らないはずが無いだろ!  俺はもっとグラマラスな女が好みだっつーの! コイツ見てみろ、ぺったんこだぞ!」


 無責任にアルバートが言い放つと、間髪入れずにカルロスがアリサの脇に手を入れて持ち上げながら異議を唱えた。まるでネコを持ち上げるようにぶら下がっていたアリサのプロポーションはストンと真っ平らだった。きょとんとしていた彼女の表情に怒りの火が灯る。


「むー、そうやってアリサを馬鹿にするー! お姫ちんを見てみなよ! お胸とかお尻とかばいんばいんでしょー! アリサも同じ遺伝子を持ってるんだから、将来すごい事になるよー!」

「お前がナイスバディになる将来ってのはどれくらい後だ? ええ?」

「あ、ひっどーい! 余命幾ばくも無いアリサに向かってそれは酷い一言じゃないのかなー!?」

「ハッ、お前なんてべそべそ泣いてりゃいいんだ」

「カルるん先輩ひどいよ、そんな事言わなくたっていいじゃない……なーんてね、そういうのが照れ隠しなのアリサ知ってる―」


 痴話喧嘩を見せつけられている事に気付いたアルバートとユウの顔には笑顔が張り付いているものの、そのこめかみに血管が浮き出ていないのが不思議なくらいの苛立ちを感じさせた。アルバートは激しく貧乏ゆすりをし、ユウは額を抑えてかぶりを振った。


「……何だろうね、すっごい不愉快な気分になってきた」

「わかります、何となく」

「でもさ、もしユウさんがジョージさんに、あの時のアリサちゃんみたいな感じで救い出されたり、ああいう感じにベタベタ出来たら、どうかな?」


 唐突に投げかけられたシチュエーションを頭の中で想像しているのか、ユウの頬はどんどん朱に染まり、視線はおぼつかなくなり、みるみるうちに挙動不審な姿になる。妄想があらかた落ち着き、おずおずと上目遣いで見つめるユウの視線に無視を決め込み、ジョージが冷ややかに告げた。


「……やらないぞ、そもそも今は冷静に考えなければならない事が山積みだから遊んでる暇は無いからな。と言うよりもだな、そんな話をするためにお前達を呼んだ訳じゃないんだ。ほら、そこもちょっと落ち着け。本題に入るぞ」


 露骨に落ち込むユウに構おうともしないままジョージがおもむろに席を立ち、手をパンパンと打ち鳴らして注意を引くと、流石にアリサも姿勢を正した。カルロスも助かったと言わんばかりに大きなため息を吐き、ソファに座り直した。皆の様子を確認すると、ジョージは話を切り出した。


「幾つか話しておかなければならない事がある。まず最初に、今回のヴェッグ・ドルスから受けたコロニーの被害についてだ」


 全員の表情が曇った。皆コロニーが直接的に破壊される様子を見たわけではないが、ジョージが前巻で告げたように全部消滅したのであれば、その被害は人的にも物的にも取り返しが付かない物である事は想像に難くなかった。


「事前に見覚えのない巨大な立方体が接近しているとの報せがあったようで、住人の避難は八割方済んでいたらしい。……しかし間に合わなかった区画やコロニーも相当数あったようで、そこは消滅を免れなかった。特に研究用のコロニーはデータ以外全て消滅、一番被害が大きかったのもそこだ」

「……アリサのいたとこだよね、そこ」

「そうだな。辛いか?」


 アリサの生まれは決して幸福な物ではなかったが、故郷が無くなった事に多少なりとも心を痛めているのではないかと考えたジョージは、アリサに優しく声を掛けた。しかしそんな心配をよそに、アリサの反応は実にあっけらかんとした物だった。


「いや、実は割とそうでもないよー。別に思い入れもないし、大事な人とかもいないし……ただちょっと、感応能力のせいかな。すっごいやかましいねー」

「やかましい?」


 アルバートが怪訝そうに、それでいて不安そうに尋ねた。幼少の頃から想像力が豊かだった彼はお化けや幽霊、心霊現象の類を酷く恐れていた。大人になった今でもそれは相変わらずのようだった。


「うん、死んだ人。まだそのへんにうようよしてるよ。まだ生きてると思い込んでるからタチが悪いねー。みんなは聞こえないのかな? アルるん先輩の隣くらいから男の人の泣き声が……」


 にやにやと笑いながらアリサが脅かすように言うと、徐々に顔色を青くしながら目に涙を溜めているアルバートが震える声で遮った。


「ぼ、僕そういう話ダメなんだよ……トイレ行けなくなっちゃうからさ、怖い話とかやめよう? ね?」

「先輩の横だけじゃなくてこの辺って昔から戦闘があったのかな、結構大勢の声が聞こえて来るんだよね……うーん、ダメだ、これ本当うるさいや。いいや切っちゃお」

「感応能力って馴染みがあまり無いんですが……そんな死者の残留思念のような物まで聞こえたりするんですか? それにテレビの電源みたいにオンオフ出来る物なんですか?」


 アイスクリーム味、と書かれた袋を開けながらユウが尋ねた。袋の中からはそれぞれ白・茶色・ピンクに彩られた三本のブロック状の固形食料が顔を覗かせる。彼女は三つのうちピンク色の固形食料を齧ると、舌にいつまでも残りそうな作り物っぽさが鼻につくストロベリーの味に顔を顰める。アリサはその様子を見てくすりと笑うが、すぐに先程の問いに答えた。


「んー、ラジオの音から誰かの思った事まで割と何でも聞こえるよー。オンオフに関しては普通はそんな都合よく出来ないと思うよー。これまでずっと強制的にオンのままだったから、すっごいうるさくて辛かったけど……さっき試してみたらオフに出来るようになってたんだよねー。やっぱりアレかな、アリサのヒーローのせいかなー?」

「その隙あらば引っ付こうとするのマジで止めろっての!」


 アリサが再びドタバタと騒ぎ始めたのを見て、ジョージが一つ大きな咳払いをする。それに気付いたアリサが動きを止めてカルロスから距離を取ると、申し訳無さそうに頭を下げた。


「こら、まだ終わってないんだ。緊張感を解くのが早すぎるぞ。……さて、話を戻すぞ。あとはそうだな、これを良いニュースと呼んでいいか、悪いニュースと呼んでいいかは分からんが……この物語、『高機動人機エルヴァイル』は第十二巻で終わるそうだ」


 第一巻から居たカルロスとアルバートが感慨深そうに大きく息を吸い、吐き出した。ゆっくりと目を瞑った二人の脳裏にこれまでの出来事がよぎる。途中からの参加であるユウとアリサもまた、その報告を静かに聞いていた。


「ついに終わるんスね、この話も……いろいろあったし大変だったけど、何だかんだ面白かったよなあ」

「なんか長かったような、あっと言う間だったような……あの時ジョージさんが幕間空間に僕達を呼ばなかったら今頃生きてなかったと思うと、ぞっとしないよね」

「……そうだな、俺もグランスの基地でお前達に説明したのがついこの間のような気がするよ。お前達二人は俺の言う事を疑わずによく付いて来てくれた。だがしかし終わった訳じゃないぞ。まだ最後の大詰めが残っているんだからな」


 全てが終わったような話しぶりのカルロスとアルバートだったが、ジョージの真剣な言葉と眼差しを受けて大きく頷いた。まだ終わっていない。それは二人もしっかり認識している事ではあったが、来るべき時が間近に訪れている事もまた、肌で感じていた。アルバートが待ち合わせ時間を確認するような気持ちでジョージに尋ねる。


「ちなみに今って何巻でしたっけ?」

「第十巻だ。つまりあと二冊分で終わる。配分から察するに、第十巻で帝国軍のヴェッグ・ドルスを破壊し、第十二巻で大円団を迎えるか、それとも我々同盟軍が敗走する様を二巻分けて描くのか……まあ、その可能性は低いかも知れないが、ゼロではない」

「そう言えば……この第十巻はどういう話になっているんですか?」

「ん、そうだな……クラウスの伏線の回収がほとんどだろうな」


 ジョージはズボンの尻ポケットに入れておいた文庫本を取り出した。第十巻が始まってすぐに目を通している事もあり内容は把握しているものの、再度その内容を確認した。


「俺達のフラグ回避に必要無い部分は敢えて伝えて来なかったが、いろいろ伏線が用意されていたようだ。奴の特殊能力だとか、帝国軍のヴィルゲン中尉……ほらあの、人気投票で二位だった」

「ああ、居たッスね、目から下が仮面の奴。何とかの湿布とか」

「帝国軍の昏き疾風、ね。もう完全に忘れてたよね、存在自体」


 二人がヴィルゲンの面影を思い出そうとしているのを尻目に、ユウはやおら立ち上がり休憩スペースの奥へ歩いて行く。ジョージはその姿を目で追うも、すぐに視線を本へと戻した。


「そうだな、俺達のような脇役が絡むようなキャラではなかったと言う事もあり、説明は省いてきた。アイツ、実は帝国軍の王位継承権第一位の王子なんだよ。つまりアリシアの兄さんなんだ」

「あれ、じゃあある意味アリサのお兄さんでもあるのかなー?」

「……いや、それはどうかな、遺伝的にはそう言ってもいいのかも知れないけど……」


 しばらくして、ユウが少し冷めたコーヒーカップをジョージの前に差し出してにこりと微笑みかけた。彼が熱いコーヒーが苦手である事を知っていたからだ。宇宙のような漆黒のコーヒーの表面から立つ湯気の様子からそれを察したジョージは、ユウに軽く片手を上げて謝意を示した。


「うん、まあ、とにかくだ。クラウスは今、この艦には乗っていない。この間エラッドで乗り換えた機体で一足速くヴェッグ・ドルスへ向かった」

「え? いくら高性能な人機って言っても、戦艦に乗ったほうが早いし省エネで済むんじゃないんですか?」

「そう思うだろ? だがしかし、アルティメイタムの名は伊達じゃないんだ。実は宇宙には人間が感知出来ないエネルギーがそこかしこにあるらしくてな。巡行モード下ではこのエネルギーを利用しながら飛んでいくらしい。普通に飛んでいったほうが省エネって訳だな。スピードも最大でライト・アロー号の三倍は出る」


 ジョージがコーヒーを一口啜って喉を湿らせていると、カルロスが大きくソファの背もたれに倒れ掛かって愚痴をこぼした。


「やっぱ主人公って得だよなあ……そういう機体、俺らには回って来ないッスもんね」

「回って来ても僕らじゃ乗れないだろうけどね、そんなヤバそうな代物」

「……で、だ。ヴェッグ・ドルスに向かう途中でクラウスはヴィルゲン中尉に遭遇し、これを倒した」

「へえ、やるねえ。半年ちょっとで敵軍最強のエースを撃墜するなんて。本当、アルティメイタムは伊達じゃないって感じですね」


 ヴィルゲン中尉は何かと伝説の多い人物だった。たった一人で戦艦数隻と人機数十機をものの十数分で撃破したとか、彼が軍籍に身を置いてから一度も撃墜された事が無いとか、人機に乗っている人間であればただのフィクションだと切り捨てている所であろうエピソードが実しやかに語られている。生きる伝説と呼んでも過言ではない彼を撃破したと言うのであれば、それはクラウスの怪物性を裏付ける物となるだろう。その意味を良く知っているアルバートは率直な感想を漏らし、カルロスもまた口笛を吹いて驚きを表していた。


「しかしヴィルゲンの人機もまた帝国軍で最も性能の良い……ベイルゴードMALってのに乗り換えてたようでな。その戦いは熾烈を極めたそうだ。しかし、エルヴァイル・アルティメイタムの方が全てにおいて、少し上だった。撃墜される事は無いだろうと言う奢りもあったのかも知れん。それで、戦闘中に当たりどころが悪かったのか、ヴィルゲンの脱出装置がイカれちまった。機体が爆散するまでの間、今まで謎とされていた色んな情報をクラウスに伝えたようだ」


 ジョージは文庫本の文章を指で追いながら皆に説明し終えると、コーヒーを飲み干してカップをテーブルに置いた。


「とは言え、物語の重要な部分に関してノータッチであるお前達に、これから教えたとしてもイマイチ分からんだろうからな。割愛する」

「じゃあ今回は、そういう伏線の話だけですか?」

「そうだな、クラウス側はそんな所だ。俺達の方は、少しだけ事情が違う」


 先程までずっと立ちっぱなしだったジョージが椅子に腰を下ろす。その表情はどこか深刻さを感じさせ、それを読み取った一同の姿勢も自ずと前のめりになった。固唾を呑んで続きを待つ皆の顔をぐるりと見た後、ジョージが話を続ける。


「ヴェッグ・ドルスの広範囲のビーム射撃なんだが、コロニーを消滅させるレベルの最大出力は充填に十日かかってしまうらしい。しかし、巨大戦艦クラスを沈めるくらいのビームであれば、数時間もあれば撃てるそうだ」

「なんかすごく嫌な予感がするなー」

「そうですね、まるでこのライト・アロー号が沈むような……」

「ような、ではない。沈むんだ、この戦艦は」


 ユウとアリサがぼんやりと濁した言葉を、ジョージははっきりと口に出した。ライト・アロー号はここで爆散する。そうなってしまう事を心のどこかで予感していたのか、誰も取り乱す様子を見せなかった。


「幸いな事に、エラッドで『ヴェッグ・ドルス戦で使える人機とパイロット』以外は皆、この船を降りている。操船に必要な人員も最低限だ。我々はこの後人機に乗って、それ以外の操船要員は緊急避難艇に乗ってライト・アロー号を脱出し、人機部隊はヴェッグ・ドルス及び護衛部隊を攻撃するためにバーニアで移動する」

「……ですけど、今回って第十巻ッスよね? 普通に考えたら安全巻じゃないッスか」


 尤もな疑問を投げかけてくるカルロスに、ジョージも首を縦に振って肯定する。


「そのはずだが……今までそういう規則性で動いていると思っていたが、もしかしたら違うのかも知れない。この世界は、物語を作っている奴のさじ加減一つでどのようにでも変わっていく物だからな」

「あんまり傍迷惑な事をして欲しくはありませんね」


 ユウは肩をすくめて、テーブルの上を片付け始めた。空になったジョージのカップとまだ三分の一ほど残っているアルバートのカップを回収すると、そのまま流し台へと持っていく。


「そうだな、俺もそう思う。……それで、実はお前達以外の乗員への根回しは既に済んでいる」

「あ、そうなんですね。凄いな、今回は用意周到って感じですね」

「ちょっと一度でいいから、使ってみたかったフラグがあってな」

「……あ、もしかして……アレですか?」


 流し台で食器の片付けをしていたユウから声が掛かる。ジョージは鼻の頭を掻くと、長い付き合いの同僚の洞察力を褒めた。


「さすがエミリオ……じゃない、ユウは察しがいいな。アレだ」

「ちょっとちょっとー、アリサ達にも分かるように教えてほしいなー?」

「ああ、すまんすまん。相手の行動を見越したように根回しをしておく事で、被害を無力化出来るフラグがあるんだ。あまり使いすぎると有り難みが薄れるのか、効果が無くなるけどな」

「そんな便利でご都合主義的なフラグもあるんですか……それは一体何なんですか?」


 アルバートは懐疑的な眼差しをジョージに向けた。それを受けてジョージは鼻で笑うと、やおら立ち上がり腕を組んでニヤリと笑い、大きな声で叫んだ。


「『そんな事もあろうかと!』……だ」


 いきなりの大声に呆気に取られている部下の視線に少し恥ずかしくなったのか、ジョージは顔をほのかに赤らめて右のこめかみを掻きながら、言い訳とも取れなくもないような説明をした。


「大体博士とか科学者とかが自前の発明品やら何やらで乗り切る時に使われる事が多いフラグではあるんだがな。……自信満々な顔でアイデアをどんどん出して、まるで予見していたかのように危機を回避していくのが羨ましくてな。一度真似してみたかったんだ」

「そんな馬鹿な事が……いや、そうでした。この世界はそういう世界でしたね。……それじゃあ、この幕間空間が終わったら全員急いで人機の所へダッシュでいいんですかね?」

「それで構わないぞ。差し迫っている訳ではないから急ぐ必要は無いが、なるべく早めにな。よし、それじゃあ解散だ。しっかり頼むぞ!」


 アルバートが最初に部屋を後にし、次にアリサとカルロスが騒ぎながら出ていった。最後にユウがジョージに一度頭を下げて退出すると、残ったジョージはソファに腰掛け、目の前で両手を組んだ。


「……次が最終決戦となるか、それとも……いや、今は考えずにいるとしよう」


 残された物語の時間はわずかだ。その結末や行く先を予見する事が出来ないが、ジョージはそれらが最良の結果になる事を、ただ願っていた。

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