第一巻 まえがき
その男は何も無い空間の中、一糸まとわぬ姿で目覚めた。
何も無い――と言うのは何の比喩でもなく、家具一つ、草一本、塵一つどころか地面すらも無く、光も差さぬ宇宙のような場所で揺蕩っていた。神経質そうに若干吊りあがった目がゆっくりと開かれる。あたりをぐるりと一瞥すると、その眉間には一層深い皺が寄った。深い溜息が音も無い空間に広がっていく。
彼は気の遠くなるような暗闇の中にいるにも関わらず、何故か、自らとその手に握られていた文庫本だけを認識出来た。覚醒しきっていない自らの頭を起こそうとするかのように、彼――ジョージ・ヘイワードは、短めに揃えられた茶色い髪をくしゃくしゃと掻きむしった。
「また始まってしまったか……いや」
ジョージは胎児のように丸めた姿勢を伸ばし、手元の本に目を落とす。
「まだ始まってすらいない、か」
ため息混じりに独りごちると、彼はおもむろに本の表紙をめくった。
「どこまで出来るかは分からんが……」
刹那、空間に星が現れた。
ただただ続く暗闇の中に、数多の惑星や恒星が生まれる。次々に現れる巨大な鉄の塊は船だろうか。憎しみと殺意を身にまとった鉄の巨人が衝突し、光線を放ち、争いが拡散していく。その最中、ジョージの逞しくも引き締まった体から湧き出るように布地が現れた。みるみるうちにそれらはジョージの体を覆いつくし、赤を基調としたかっちりとした軍服に形成される。胸には何の階級を示す物かは分からないが仰々しい記章が現れ、無数の星々の光を受けてきらめいた。
出来たばかりの服をはためかせながら、世界が形作られていくその真っ只中でジョージはひときわ大きく目を見開き、宣言した。
「次は……誰も死なせない……!」
そしてジョージにとって幾度目かの、物語のページが開かれた。




