縁結びのかみさま
その神社は縁結びの神様らしい。
「最近の若者は、たんぱくなんだよな。だから、ここの神社もどんどんさびれてくんだよ。維持するのも大変なんだぜ?」
うっそうとした杉林の中、ひっそりとした神社の賽銭箱の前で、さやかはその人と対峙していた。
目の前には、中性的な顔立ちの人物がいる。髪は肩まで切りそろえてあり、格好は陰陽師の衣装のようなデザインだ。優しげな顔に似合わぬ荒い話し方である。その人物は、賽銭箱の上にあぐらをかいて浮いていた。
「というわけで、私が見えるあんたに会ったのも何かの縁。ちょっと協力してくれ」
自分はこの神社にすむ神様だと目の前の人物は笑いながら名のった。さやかより少し年上に見えるが、笑った顔は幼い。
はあ、と気のないあいづちをうつと、神様は不満げだ。
「私が見えるなんて滅多にないことなんだぞ。人生のいい経験だ。ところで、あんた年いくつだ? 中学生くらいか」
中二だと答えると、そろそろ進路に悩む頃だなと返ってきた。
(ずいぶん所帯染みた神様だなあ)
「所帯染みたは関係ない。ここには受験祈願にくる若者もいるからな」
さやかの考えを読んだかのような返事に、驚いた。
「元々、私は実体がないんだ。本来は観念だけの存在なんだよ。あんたが見ている私は、あんたの中でのイメージに過ぎない」
さやかは思わず手を伸ばし、神様に触れようとする。するりと立ち上がり、かわされた。
「さて、じゃあとりあえず、あんたの知り合いで恋愛に悩んでそうなやつをつれて来い。仲を取り持ってやる」
「知らないよ。そもそも余計なお世話だよ」
神様はむっとしたようだ。
「何が余計だ。努力して何とかなる試験より、こっちの方が神頼みが必要だろう」
「でも、具体的にどうするの」
「単純な話だ。ここで、二人を会わせる。それを何度か繰り返し、運命的だと錯覚させる。人というのは、偶然が重なるとそういう心理になりやすいんだ」
さやかはうろんな目で神様を見た。
「そういうもんだ! これは世界的に共通するやり方だ」
世界まで持ち出され、しぶしぶ神様に従うことにした。
現れた友人を、さやかは杉の木にかくれて眺めた。彼女はあたりを見回しながら、賽銭箱のそばに立つ。
神様は、そんな彼女を真横でのぞき込んだ。しかし少女は自分の腕時計に目を落とし、気付く気配もない。
神様がふわりとさやかの元に戻ってきた。
「なかなか可愛い友人だな。これはすぐに効果が出るな」
はあ、とさやかは気のない返事をした。
神様に言われ、さやかが思いついた人物は一人しかいなかった。正確には悩んでいるわけではない。ただ、たぶん好きな人がいるだろうと思われるのが彼女しか出てこなかった。
渡したいものがあるから、とメールで神社に呼び出すと、人の良いあかりは間を置かずに来てくれた。
(これでくだらない展開になったら、神社に嫌がらせしてやろう)
そう心中で思いながら、さやかは神様の指示に従い、身を隠してあかりを見守っている。
それにしても、
(ほんとに見えないんだな)
これだけ存在感の強い人物が真横にいたのに、あかりは全く気付いていなかった。
彼女は不安なのか、あたりをきょろきょろと見回している。無理もない。辺りは木の陰で暗く、人影はなく、しずかというよりさびれている。
待つこと二分。境内に短髪の少年が入ってきた。足下には、リードにつながれた小型犬がいる。犬の声に、友人が後ろを振り返った。二人の目が合う。
「あれ? 同じクラスの女子だよね」
さやかも見覚えのある、活発なタイプの人物だ。イケメンだと言われている。
友人の表情が目に見えて変わった。驚いてしどろもどろである。
相手は気付いているかいないのか、かまわず話しかけている。きさくな態度につられ、友人も言葉を返す。
「ふむふむ。なかなかいいんじゃないか?」
リードを引っ張る勢いで吠える犬を足下に、神様は嬉しげだ。さやかも友人の意外な顔を見た気がした。
(すごい。ほんとに呼び寄せるなんて)
彼女の好きな人は知らなかったが、今の態度を見れば一目瞭然だ。
「別に超能力でもなんでもない。やつはだいたいこの時間に犬の散歩に来るんだ」
さやかはがくりとうなだれた。
「縁というのはそんなもんだ。それが世界を作っている」
少年が去り、さやかは友人の前に出るタイミングをうかがった。
友人は、しばらくたたずんで、少年が歩いて行った方向を見ていた。
それから、こらえきれないように小さく笑い声をあげ、びょん、とはねた。
(かわいいなあ)
友人の意外な面を見て、さやかはほのぼのとした気分になる。最初はしぶしぶだったが、結果的にあかりのためになったようだ。神様も満足だろう、と様子をうかがうと、じりじりとした様子であかりをにらんでいる。
「さあさあもういいだろう。はねてないで、後にある賽銭箱に入れろ。そして、我が神社の効果をまわりに言って回ってくれ!」
こんな神様だから、この神社はさびれたんだろうよ、とさやかは視線で言った。
その視線がわかったのか、多少ばつが悪そうに神様がつぶやく。
「……年々参拝者が減ってるんだ。正直、風前の灯火だ」
答えに困り、はあ、とさやかはあいづちをうつしかなかった。
そうこうしているうちに、あかりは落ち着きを取り戻したようだ。恥ずかしげにまわりを見やり、誰もいないことを確認している。ふと、視線が上方にある鈴に向いた。おっ、とさやかと神様は身を乗り出す。
あかりはポシェットを探り、小さな財布を取り出した。中から硬貨を一つ。それをそっと賽銭箱に入れた。
神様が目を輝かせ、友人とさやかを見た。そこまで喜ぶことかなと思いつつ、つられて笑う。
がらがらと鈴の鳴る音が、静かな境内に響いた。
友人と境内を出る頃には、神様の姿はなかった。木の間や本堂の奥に目を凝らすが、ひっそりとした空気だけがある。
さやかは友人に小銭を借りて、お参りをした。奮発して、百円玉にしてやった。
(また会うこともあるのかね)
地域の神社であるが、正月にすら来たことがなかった。
今度は来てみてもいいかもしれない。
「この神社、久しぶりに来たけど、けっこういい雰囲気だね」
友人のつぶやきに、さやかは笑ってうなずいた。
「ここは縁結びの神様なんだってさ」
さやかは心持ち、声を張って言った。