異世界に転移した少年が猫耳幼女と動物の世話をするお話
追記(17/7/7):昔書いたけど、数日だけ公開してなんとなく検索除外にしたやつちょっとだけ直して出しときます。機会があったらどうぞ。一言で言うとネコ(とウシ)のフレンズとモンゴル草原っぽいところで戯れるお話。
ああ、懐かしいな、と僕は思った。
目を開けると青い空の中に白い雲がふわふわと浮かんでいるのが見えた。
土と草の濃厚な香りが鼻腔をくすぐってくる。
どうやら大の字になって草原の真っ只中に寝転んでいたら、いつの間にか眠ってしまっていたみたいだ。
日本にいた頃は鉄とコンクリートばっかりの都会でずっと暮らしていたためにこんな自然の真っ只中で眠るなんてことはしたことがなかったな、と考える。
ああ、それにしても懐かしい。
半年前、僕がこの“異世界”に初めてやってきた時も同じ光景を見たなあ、なんて回想する。
ここでの経験がすごく明瞭な白昼夢などではなかったらだけど。
そんなことを考えていると、ガサリと草を踏みつけながら誰かがこちらにやってくる音がした。
僕はその音を聞きながらもなんとなく起き上がりはせず寝転んだままでいた。
日の光が遮られて、僕の身体に影が落ちる。
そしてこの半年の異世界生活ですっかりおなじみとなった女の子の声が聞こえてきた。
「****……?」
日本語とも英語とも違う言葉だ。まあ僕はあまり外国語には詳しくはなかったのでその二ヶ国語以外は特に知識もないのだけれど。英語だってまだ高校で学んでいる途中だったからきっと本場の人からは笑われてしまう程度じゃないかな。
それでもなんとなく今の言葉の意味はわかる。多分「寝てるの?」とかそういう類の言葉なのだろう。
「起きてるよ」
と僕はそう言って一度ぐっと伸びをしてからよっこいせと起き上がった。
声を掛けてきた女の子の方に視線を向ける。
見た目は十歳かそこらの小柄な女の子がちょこんと身体を傾けて、白く短めの髪を揺らしながら僕を覗き込んでいた。
僕のことを探していたのか、ぷくっと頬が膨れている。
なんだか手間を掛けてしまったようで申し訳ないとは思ったが、同時に彼女のそんな様子を見ていると微笑ましくも感じてしてまう。
「**、****!」
僕のそんな呑気な様子に腹を立てたか、頬の膨らみがどんどん大きくなっていく。
ブンブンと腕を振りながら、「私、怒ってます」とアピールしてくる。
そんな彼女の様子に『あれ、なんだっけ。なにかあったかな』と僕は考える。
……そうだ、あの牛か山羊かよくわからない四足動物の世話を一緒にする約束をしていたんだっけ。
「ごめんね、呼びに来てくれてありがとう」
と僕はそう言って慌てて起き上がる。
丁度手頃な位置にあった少女の頭に向かって手を伸ばしご機嫌取りを敢行する。
さわり、と髪とは違う感触のモフモフしたものに手が触れる。
ふふふ、僕はこの半年間で学んだんだ。
君がこの“猫耳”をぷにぷにしてやるとへにゃっとなってしまうことを。
「! **……」
期待通り、一度びくんと身体を震わせると目を閉じて心地よさそうに身を任せてくる。
ぷっくり膨れていた頬はすっとしぼみ、半開きとなった口からは「ふわぁ……」といった声が漏れている。
彼女の臀部ではしなやかな真っ白の“尻尾”がご機嫌そうにゆらりゆらりと揺れていた。
ちょろい、ちょろい。
僕は半年前、この一面の大草原で遊牧民のような生活をしながら生きる“猫耳”や“虎耳”、“豹耳”を持つ人たちに拾われた。
今僕の眼の前にいる少女は、部族の人たちからは『ミーシャ』と呼ばれている白猫の女の子だ。
「じゃあ行こうか、ミーシャ」
彼女の猫耳から手を離し、僕がそう声をかけるとミーシャはハッと我に返った。
口を尖らせてどこか恨めしげな眼を向けてきた。
きっと多分「こんなので誤魔化されないからね」とかなんとか言いたいんだろうが、僕は気付かないふりをしてニコニコとしながら手を差し伸べる。
「***……」とモゴモゴいいながらも手は握ってくるミーシャ。
顔は不満げだが、ピクピクと揺れる猫耳からはそう怒っている気配は感じない。
言葉は依然、鋭意勉強中でお互いいまいち通じない。
それでも、全身で感情を表現してくるミーシャといるとそんな言葉の壁なんてなかった気がしてきて、不安な気持ちがどこかに行ってしまった気がしてくる。
ああ、この子と出逢えて僕は幸運だったなあ。
「ミーシャ、君と会えてよかった。色々ありがとう」
僕はそうこっそりと呟いた。
言葉が通じないのも、こういうことを恥ずかしがらず言えると考えれば良いことなのかもしれない。
名前を呼ばれたことに気付いたのか、ピクピクとミーシャの耳が揺れ彼女はきゅっと僕の手を握る力を強めてきた。
ミーシャと手を繋いで歩くことしばし、動物の皮を使ったテントみたいなのがいくつも見えてきた。僕たちはそちらには向かわず、そのちょっと隣りに見える囲いの方に歩いて行く。
その囲いにたどり着くと、その中には『ヤンパ』と呼ばれているこの部族の生命線ともいえる家畜が十数頭放し飼いにされていた。
ミーシャはヤンパを集めに囲いの中に入っていったので、僕はその囲いの隣に張られているテントの中から、粘土を焼き上げて作った壺をいくつかと荷車、ヤンパの好物の練り物(?)を持ち出した。
この部族にはどうやら金属でできたものはないようで、大体がちょっとした焼き物か動物由来の素材でできたものが使われている。小動物の頭骨で作られた盃を渡されたときは正直目が点になったなあ。
僕が荷物を取り出して外に出ると、ピーピーとミーシャが吹く甲高い指笛の音が聞こえてきた。
ヤンパたちは指笛の音が好物の練り物を貰える合図だと学習している。
囲いの中のあちこちに散っていたヤンパたちが一斉にミーシャの方に向かうのが見えた。
日本の牛よりも結構大きいのでああやって一斉に動くのを見ると結構迫力がある。
彼らの姿を説明するなら、どちらかというと山羊っぽい顔に四本の角を持った巨大牛といったところだろうか。
「**、**!」
ミーシャが僕の方を見て、手を振りながらぴょんぴょんと跳ねている。
猫だからか、“ぴょんぴょん“の高さがやたらと高く一メートルくらい飛び上がっている。
僕よりも細いくらいの足なのになんであんなことが出来るのかは未だに謎だ。
よくわからないけど筋肉繊維とかが違うのかもしれない。
「うん、今行くよー」
多分こっちこっちって言ってるんだろう。僕はそう思い返事をしながら荷車をゴロゴロと押して進んでいく。
ミーシャと合流し、ヤンパの世話を開始する。
「じゃあミーシャ、ちゃっちゃとやってしまおうか」
僕がそう言うとミーシャはニコニコと笑って頷き、ピッっと小さく指笛を吹く。
すると、群れの中から一匹のヤンパがのそのそと僕達の方にやってきた。
このヤンパという生物、実は非常に賢い。
恐らく彼らの中でも厳密に上下関係が定められているらしく、なんと順番待ちが出来るのだ。正直、動物畜生とは思えないほどである。
そうやって順番に出てきた賢いヤンパたちを次々と世話していく。
背中に乗って虫除けの汁を吹き付けたり、ブラッシングをしたり、練り餌を食べさせたり。
乳が取れるメスならば、腹の下に手をやって乳を絞ったりもする。
正直な所、都会っ子だった僕にはかなりの重労働だが、ミーシャに地道に教えてもらいこの半年間で少しは慣れてきた。
そんな僕の様子を見て、ミーシャが嬉しげに尻尾を揺らしさっきのお返しか、乳搾りで屈んでいる僕の頭を撫でてきた。
「****、******!」
うーん、なんだか満足げだなあ。
えらいぞ、とか私のお陰だね、とそんなことを言っているんだろうか。
でもミーシャ、僕は別に耳を摘まれても特に何も感じないんだぞ。
そんな風にミーシャと戯れつつも、順調に世話を進め最後の一匹のメスとなった。
今度はミーシャが牛の下に潜り込み、乳搾りをしている。
小柄なせいで横からだとやりにくいらしい。
と、そんな時。
突然どこか遠方から、何かの遠吠えが聞こえてきた。
草原では時たまあることだ。珍しいことではない。
だが、それが聞こえてきたのが今だったのはまずかった。
世話を終えて解放したヤンパたちが囲いのあちこちで興奮し始める。
それは今ミーシャの上にいるメスヤンパもまた同様だった。
「!!」
僕はとっさにミーシャをヤンパの下から引っ張り出し抱きかかえる。
そして、くるりとヤンパに背を向けて逃げ出そうとした。
どんっ。
背中になにか重い物がぶつかってくる感じ。
僕は思わず苦悶の声を上げながら、その勢いに吹き飛ばされた。
人生で初めて“宙に浮く”という体験をしたなと、どこか遠い思考で考える。
「***!!」
ミーシャが僕の腕の中で何か叫んでいる。
僕はそんな彼女だけは庇おうと地面に背中から落下し、ゴロゴロと草原を転がった。
激痛に意識が遠のいていくが、ミーシャの泣き顔だけは不思議と目に焼き付いた。
……。
……。
……。
ああ、懐かしいな、と僕は思った。
そういえばこの世界に迷い込んで初めての夜も、こうやってミーシャが僕の顔を覗き込んでいたっけと考える。
あの時は、どこかおどおどした様子だったが今は両目に大粒の涙を溜めている。
僕が目を開けると、ミーシャの両目に溢れる涙が決壊した。
「**! **! **!」
そう涙声で叫びながら僕に向かって抱きついてくる。
ああ、その言葉は知っているな。“ばか”だろう?
せっかく身を張って助けたと言うのにひどいなあ。
僕は彼女が飛び込んできたせいで響いてきた背の痛みを堪えながら苦笑する。
「よしよし、ごめんごめん。ミーシャが無事でよかったよ。僕は大丈夫だ」
そうミーシャの耳元に囁きかけながら、ポンポンと彼女の背中を叩く。
そうやってミーシャを受け止めることしばし、段々と落ち着いてきたミーシャが同じく僕の耳元に囁きかけてくる。
「ソウタ。……ヨカ、ッタ。アリ、ガト」
「……え」
彼女は今、確かに日本語を話した。
僕は久しぶりに聞いた母国語に心臓の鼓動が確かに跳ね上がるのを感じていた。
しかもその言葉がよりによって“よかった、ありがと”とは。
僕は昼間にミーシャに向かって言った言葉を思い出し、思わず赤面する。
僕の早まる鼓動に気付いたか、ミーシャも同じく真っ赤になった顔を隠すようにしながらそそくさと何処かに行ってしまった。
その姿を見て僕は思った。
……ああ、これは負けてられないな。僕もしっかりこちらの言葉を覚えなければ。
僕はただ一人残されたテントの中で、そう強く決心した。
痛い目にもあったけれど今日のことは恐らく一生覚えていることだろう。
ああ、本当にミーシャ、君と出逢えて良かった。
それだけは他の何にも代えがたい幸運であったと、僕はこの異郷の地に飛ばされて初めて自分の運命に感謝していた。