やらかす
「……で、とりあえず近くまで来てみましたけれど、問題はここからですわね」
一応まるっきり無策と言う訳ではない。私は人間を誘惑して生気を奪う夜魔の血を引いている。幻術とか変身、魅了系に分類される魔術なら、攻撃魔術ほど残念ではないのだ。
「格闘では邪魔になるだけですけれど、胸だって大きい方ですし、色仕掛けなら……ただ」
問題はシチュエーションだ。
「変身で翼と尻尾は消えてますけど、未婚の女性が人間とはいえ殿方に肌をさらすというのは……ああ、わかってますわ。それが一番効率的だというのは」
私より夜魔の血が濃いはとこから聞いたことがある。人間の男を引っかけるには一糸まとわぬ姿で沐浴を目撃させるのがベストと。
「裸を見てしまった罪悪感を利用することで、言うことを聞かせやすく出来るし、精神的な優位を作り出すことで術にもかけやすくする。一理ありますわ、ですけど」
無理。裸は無理。裸と言う単語は、どうしても忘れてしまいたいあの夏の日を思い出す。川で水遊び中、脱げて流されてしまった水着を追いかけて行って、魚取りをする男の子たちのところに飛び出してしまったあの惨劇を。
「違いますの、痴女じゃありませんの……あれは事故ですの~」
血筋なのか、なまじ胸が大きくなり始めるのが同年代の他の子と比べて早かったのも悪かった。思い出すと、痴女と合唱する男の子たちの声が響いて、私を苛む。
「なあ」
「えっ」
だから、きっとこれはあいつらのせいだ。
「その、大丈夫か?」
どこか気まずそうに私に声をかけてきたのは、さっき叫んでいた人間の男。
「わ、悪い……叫んでるの聞こえちまってさ。あー、いや、ひょっとしたら俺のも聞こえてしまったかもしれねぇんだけどさ」
「き、聞こえ……た?」
最悪だった。同族だけでも未だ私の心の傷だというのに、まさか人間に知られてしまうなんて。
「さいあく、最悪ですわ。これは話に聞く『げっへっへ、秘密をバラしてほしくなければ太ももをぺろぺろさせろ』と要求してくる伝説の」
「ちょっと待て! 何故太もも?!」
「ち、違いますの? まさか、『そして、耳たぶをはむはむさせろ』と……」
人間の驚いた様子に私をさらなる絶望が襲った。
「だからちょっと待ってくれやがれ! なんでそんなマニアックなんだ! もっと、短絡的っていうかストレートにそのおいしそ……って、そうじゃなくってぇ!」
「うぐっ、何と言うノリツッコミ……」
未だかつて同族からもこんなツッコミはされたことがなかった。
「って、そういえば私どっちかと言えばツッコミ側でしたものね。けど、もう駄目ですわ。私、このにん……この男にノリツッコミされたままあんなことやこんなことを」
「待てぇぇぇぇい! なんでそうなる?」
なぜ、とはこの人間はなにを言っているのだろう。
「決まってますわ。相手にさらなる弱みを作ることで口止めを強いる。弱肉強食はこの世の理、当然ですわよね?」
「いやいやいや、それはいったいどこのルールだ?! と言うか、そもそもあんた、どこの出身だ? 髪の色と瞳、そして肌。この辺じゃ見ない組み合わせだけど」
「なっ」
しまった。私はなんて愚かなのだろう。魔族としての種族的特徴が隠れていればOKだろうと楽観的に考えていたさっきまでの自分を殴りたい。
「まさか、家族まで脅迫しようと考えるなんて」
「はい?」
とぼけた顔をするが、だまされない。そもそもこの人間、大魔王様を暗殺した男の子孫なのだ。
「容姿から出身地を探ろうということはそういうことなのでしょう?」
「だから待って、なんでそうなる? お互い、人には聞かれたくないことを聞かれちゃったみたいだから、どっちも聞かなかったことにしないかって、言おうとしていたところなんだぞ?」
「えっ、ひょっとして、私の一人合点と言うか……」
嫌な予感がした。
「ああ、勘違いだな」
「あう~?!」
やらかした。完全にやらかした。
「うぐぐ、こんな屈辱初めてですわ……」
視界が涙で滲む。
「覚えておきなさい、この屈辱、必ず晴らして見せますの!」
情報収集なんてもうやめだ。まずは一旦退き、この男をどうにかして亡き者にすることを考えよう。
「お、おい、ちょっと待」
誰が待つものか。私は踵を返すと、そのまま走り出し。
「あうっ?! わ」
木の根につま先を引っかけてつんのめった。悲鳴を上げる暇もない。どんどんと地面が近づいてきて、地面と接吻した瞬間、額の鈍い痛みと共に私の意識は途絶えた。