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第九十話

 実物を食べる前でありながら、倒れてしまいそうな匂いに苛まれながら廊下を歩く。前にいるご機嫌なソルティアさんからは見えていないが、俺は死んだ魚のような目をしているだろう。見えていたらソルティアさんの機嫌を悪くしてしまうかもしれないので、見えていないのは良いことと言えるだろう。


 そうしていると、ソルティアさんは一つの部屋に入った。それに続いて中に入ると、既に畳の上のちゃぶ台には、ほぼ灰になった固形物、真っ黒な液体など、おおよそ食べ物とは思えないものが食器に載せられて配膳されていた。


「ところで、今日、食べられるのは、何なのかな?」


 見た目ではどこからどう見ても食べ物とは思えず、どうにか言葉を選びながら尋ねると、ソルティアさんは自分の分と思われるところに座って、自信ありげな表情でこちらを見上げた。


「今日の献立は、ネルギアでのみ獲れるサケという魚を使った塩焼き、様々な野菜を漬けた漬物、領内でのみ取れる大豆という豆から作ったミソというものを溶かして作ったミソ汁、そして、水を張った畑で作るコメを使ったご飯です。椅子とかはないので、床にそのまま座ってください」


 そう言われて見てみると、確かに何枚ものフィルターをかけてみれば、なんとかそれらしく見ることが出来るかもしれなかった。


 取りあえず、俺が食べる分であろうものの前に座る。その瞬間に、目前の物質から表現不可能な香りが漂ってくる。これを食べなければならないと思うと、気が滅入ってしまいそうだ。


「じゃあ、いただきます」


 いただきますを言うことで覚悟を決めて、おそらくは米であったのだろう黒色の固形物を箸で掴み取る。というか、普通に使ってしまったが、箸もメシアにはないものだ。いくら島国であるネルギアとはいえ、日本に染まりすぎではないだろうか。実家に帰ったかのような安心感だ。


「どうかしましたか? というよりも、箸を普通に使えるんですね。ちゃんとスプーンとフォークも用意していたんですけど。それって結構難しいと思うんです。使うのに、小さい頃私も結構苦労したのに……」


 なぜか若干悔しそうな顔をしながら、ソルティアさんは俺の方を見ているのだが、そんな視線など摘まんでいる米の異常性と比べてしまうと、米の方に遥かに軍配が上がっていた。そもそも、米なんて炊くだけなのに、どうして真っ黒になってしまうのだろうか。確か通学生ぐらいだった前世でも、米を炊くのぐらいは出来たはずだ。料理が出来ないというのは、極めるとここまで行ってしまうものなのか。


 そんな風に様々なことを考え続けて食べるのを先延ばしにしていたのだが、流石におかしいと思ったのか、ソルティアさんの顔が怪訝そうに歪められた。覚悟を決めて、その米のような黒色の何かを口に入れる。口の中でそれがぎゃりっという音を立てた。


 そこで俺の記憶は途切れている。

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