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第八十九話

「......起きてください。カーディルさん、起きてください」


 囁くような声が耳に入り、俺は自分が寝ていたことに気がついた。目を開けてみると、横向きに寝ていた俺の顔の正面にソルティアさんの顔があった。俺が目を開けたのを見ると、わずかに口元を緩めて微笑む。


「お早うございます。カーディルさん。良い夢は見られましたか?」


 俺は、それにすぐには返事をせずに、立ち上がってゆっくりと背伸びをする。ふと目に入った外を見ると、既に空の色はオレンジ色から群青色に移り変わるところだった。寝る前は澄み渡るような青だったことを考えると、それなりの時間寝てしまったらしい。


「いや、夢も見ないくらいにぐっすり寝ちゃったよ。ところで、もうお仕事は終わったの? やらなきゃいけないことが随分と溜まってるって聞いたけど」


 そう尋ねると、ソルティアさんは微笑みを固い笑みへと変質させた。


「一応、今日の分はあらかた終わりました。ただ、溜まっている分は、まぁ、ぼちぼちと......。そ、そんなことよりも、夕飯の準備が終わったので、ついてきてください。ネルギアに伝わる郷土料理を用意したので、存分に味わってください」


 そう言って、彼女は立ち上がって襖の外に出て、こちらを振り返る。夕食か。ここまで日本っぽいものにこだわっているのだから、夕食も日本食が出てくることは、かなりの可能性で期待できる。しかし、この家には侍女さんなどが居なかったはずなので、誰が作ったのかがとても気になる。


「もしかして、それってソルティアさんが作ったの?」


 嫌な予感をひしひしと感じながらも、ついていくために立ち上がりながら聞くだけ聞いてみる。すると、ソルティアさんは腰に手を当てて、胸を偉そうに反らした。


「はい! いつもは料理人を呼んで作ってもらってるんですけど、カーディルさんがいることが知られないようにするには呼ばない方が良いと思ったので、今日は私が作ることにしたんです。腕によりをかけて作ったので、楽しみにしていてくださいね」


 その一言に、不安が倍増する。いつもは料理人を呼んでいるということは、普段から作っているということではないということだ。そういう人が気合を入れて作ったものというのは、ほとんどの場合が碌な結末にならない。


「そ、そうなんだ。そ、それは楽しみだね」


 思わず口元が引きつってしまった俺は悪くないと思う。そんな不自然な答え方をしたが、ソルティアさんはこれからが楽しみすぎて気が付いていないようで、鼻歌交じりに俺の前を歩いている。不安を感じながらも、おいしい可能性もあると自分に言い聞かせながら歩いていると、ついに決定的な現象が現れてしまった。俺が進んでいる方向から、形容しがたい恐ろしい匂いが漂ってきたのだ。俺は、倒れることも覚悟して、ソルティアさんの後を追った。

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