第百五十一話
俺と初夏は、行きとは違いリンちゃんを加えて、メシア王国へと向かう。俺と初夏は慣れたもので、最速で飛んでいく。しかし、リンちゃんはそうでは無かった。俺たちの僅か後方を、必死に追いかけて来る。
「ちょっと! 速すぎませんか! こんなに速くなんて! 魔族にも難しいのに! なんで! 人間のお二人が! 出来るんですか!」
息も絶え絶えで、なかなか厳しそうだ。他に飛べる人間がいなかったから、基準がよく分かっていなかったが、意外と速いらしい。まあ、大陸と大陸の間、何百キロの距離を一日にも満たない時間で飛んでいた訳なので、前の世界の基準で言えば、十分に速い。俺は、初夏に声を掛けた。
「初夏! 少しゆっくりにしよう! リンちゃんが遅れてるから!」
「ああ、分かった」
後ろを振り返って、初夏にも状況が分かったのか、速度を少し緩める。それで、なんとか遅れていたリンちゃんが追い付いた。
「本当に、なんなんですかあの速さは! あんなに速いのは、魔王様くらいしか見たことありません! それを、魔族より魔力の少ない人間である筈のお二人が、なぜそこまでの速度を出せるんですか!」
どうにもこうにも、ご立腹の様子だ。しかし、それも無理は無い。俺も、飛べる人間は、俺と初夏、それに、リドアール帝国の皇帝、ルーク・リドアールくらいしか知らない。
「分からないけど、兎に角、頑張ったからだよ」
小さい頃に、と心の中で付け加える。実際、俺の魔法に関する能力の殆どが、幼少期の積み重ねである。あの時期に前の世界の記憶が無かったら、俺は普通の人だろう。
次いで、初夏も謎の憤りをしているリンちゃんをちらりと見て、投げやりに言った。
「出来ることは出来る。それだけだ」
なんとも素敵な返答に、リンちゃんがため息を一つ。確かに、こんな一言を聞いたら怒りもすっ飛んでしまうだろう。
「お二人に聞いた私が馬鹿でした……。そういえば、魔王様も、気合とか何とか仰っていましたし、天才の方々に聞く事では無かったですね……」
「「それって僕(俺)も入ってるの(か)?」」
俺と初夏の言葉が重なった。二人で顔を見合わせる。俺からしたら、初夏が言うな、という感じだが、初夏も俺の事を胡乱な目で見ている。そんな二人の様子を見て、リンちゃんがまたため息をついた。
「自覚の無い天才って、自覚している天才よりも、質が悪いですね……」
リンちゃんが、よく分からないことを言って、世の中を嘆くように、空を仰いだ。