第百五十話
魔王と朝食を共に食べてから、俺と初夏はマケルスト城を後にする事を決めた。魔王にそれを話すと、予想に反してすんなりと城を出る事を許してくれた。あれだけの歓迎具合だったので、拘束してでも留めさせると言われると思っていたので、正直拍子抜けだった。
出る事が許されたのなら、出るのは早ければ早いほど良いと、すぐに出発する事になった。その際、魔王の計らいで、何百もの兵士と、魔王本人が見送りをする事になった。まるで、国賓のような扱いである。
「おい、お前ら。今度来るときは、他の奴らも連れてくんだぞ! というか、ぜってー来いよ。分かったな?」
魔王様による、有り難いお言葉であった。簡単に帰してくれると思っていたら、最初からこれが目的だったようだ。はいともいいえとも言えず、曖昧な笑みを返しておく。しかし、初夏はそうではなかった。
「いや、もう来ないだろうな。そもそも、向こうから来るのも結構大変なんだぞ? そんなに簡単に行き来出来てたまるか」
まさかの完全否定だった。それを聞いた魔王が不機嫌そうな顔になる。
「なんだと? 折角なくしてやった侵攻の話を元に戻しても良いんだぞ? それでも来ないって言うのか?」
完全に脅し文句である。しかし、それを無視は出来なかったのか、初夏はチッと舌打ちする。
「分かった。それなりに向こうが片付いたら来る」
「クックック、それでいいんだよ」
魔王は、今度こそ満足げに嗤った。邪悪な笑みである。正に魔王であった。そして、さらにその笑みが深くなる。嫌な予感がする。
「それと、ついでにこいつも向こうに連れてってくれや。一応、こっちからの親善大使としてな!」
そう言って後ろ手に腕を伸ばすと、ひょいと一人の人間を前に出した。その人物は、リンちゃんだった。
「えっと……よろしくお願いいたします?」
リンちゃんは、メイド姿ではなく、動きやすそうな格好に着替えていた。その背中には、大きなリュックが背負われている。
「それはいいけど、なんで疑問形なの?」
「えっと、長期滞在の準備をしておけと言われただけで、何をすればいいのか聞いていないからなんですけど……」
そう言いながら、リンちゃんは魔王の方を見る。説明すらされていなかったと聞いて、俺も魔王にジト目を送る。
「何をすればいいかなんて、向こう行きゃあ分かんだろ。親善大使として、それっぽい事しとけ」
なんとも、適当な命令だ。行けという事以外は、何も分からない。しかし、リンちゃんはそんな命令に頷いた。その表情は、呆れたといった様子だった。
「分かりました。取り敢えず、向こうに行ってくればいいんですね」
「ああ、しっかり努めを果たしてこいよ」
こうして、リンちゃんを旅のお供に加えて、帰ることになったのだった。