第百四十九話
気が付いたら、ベッドで寝ていた。上質なベッドで、思わず二度寝してしまいたくなるくらい気持ちがいい。だからと言って寝ていても仕方がないので、のそのそとベッドから這い出して、大きく背伸びをする。
昨日は宴が開かれていたはずだ。しかし、それからベッドに来るまでの記憶が無い。リンちゃんと再会して、魔王と対話して、そこから魔王に飲み慣れない酒を飲まされ始めたところまでは憶えている。そこからの記憶が曖昧だ。
部屋の中には、ベッド以外にはテーブルと椅子が一つずつしかない。他に人もいないようだ。恐らくは魔王の城、マケルスト城の一室だろうとは思うのだが、それ以上の情報が一切無い。窓から外を見てみても、見覚えの無い景色が広がるだけである。
とにかく外に出てみようと、部屋の扉に向かおうとすると、その扉からノックの音がした。はぁいと返事をして扉を開けると、そこにはメイド服姿のリンちゃんが立っていた。
「あ、起きてたんですね。おはようございます、カーディル様。昨日は、沢山飲んでたみたいですけど、気分はどうですか?」
「おはよう、リンちゃん。良いベッドで寝たからか、凄く良い調子だよ」
尋ねてくるリンちゃんに、軽く体を動かして快調をアピールする。それが分かったからか、リンちゃんの表情が緩む。
「それなら良かったです。ミレリア様が、ご朝食も一緒にと仰っておりますので、カーディル様のお迎えに来ました」
「分かった。行くよ。それはいいんだけど……」
朝食、というのに否はない。しかし、他の事で少し、不満が出来た俺は、ジト目のような目線をリンちゃんに投げかける。
「いつから、カーディル様だなんて、畏まった呼び方するようになったの? 昔みたいに呼んでよ。なんかむず痒い感じがするから」
「いや、でも、もうカーディル様も大人になってますし、今はお客様だから、そんな呼び方をするわけには……」
拒否されてしまった。そんな遠慮をする必要は無いと俺なんかは思うのだが、リンちゃんはそうは思わないらしい。
「そんな遠慮はしないで」
「いえいえ、そう言う訳には」
数回、こんなやり取りを繰り返して、リンちゃんが折れた。
「分かりました。カー君、でいいですか? じゃあ、行きましょうか」
やはり抵抗があるのか、ぶっきらぼうに言うリンちゃんを可愛く思いながら、部屋を出て行く彼女を追いかけた。