第百十九話
俺と初夏は、二人で別の部屋に入った。その途端に、初夏が扉をばたんと閉じて、俺に厳しい視線を送ってきた。
「お前、何者なんだ? 元々、俺の名前を知っていたようなのに、俺が英雄と呼ばれていたことを知らなかったように振る舞っていたな。どういうことだ?」
「いや、ちょっと待って! そんな風に睨まないでよ。僕は確かに、初夏のことは知っていたけど、英雄だなんてことは知らなかったんだよ」
正直に話したのに、初夏の視線は強くなる一方だ。
「そんなわけがないだろう。この世界で、俺の名前と英雄の称号は切り離そうとしても切り離せないものだ。それが、英雄という称号だけならまだしも、名前の方だけ知っているなんて、怪しいと言う他ないだろう」
「いや、確かにこっちの世界ではそうかもしれないけど、元の世界だったらまた違うでしょ?」
「なんで、元の世界が出てくるんだ。お前はどう見てもこっちの世界の住人だろう。そんなに鮮やかな緑髪があってたまるか」
「確かにそうだけど、僕の場合はそれだけじゃないんだよ。僕は、この世界では、カーディル・ナディアなんだけど、前の世界での名前は──」
俺は、久方ぶりに前の名前を語った。すると、初夏の顔が驚きの表情を作る。
「そんなわけがない。あいつはトラックに轢かれて死んじまったんだ。その名前を語るのは、例え神であっても許さない」
「いやいや、語ってなんてないよ。だって、僕がこの世界の住人であるだけなんだったら、その名前も知らないはずでしょ。信じられないかもしれないけど、僕は多分、転生してこっちにやって来たんだよ」
「転生だと? どういうことだ?」
初夏は、俺が転生と言って、一瞬訝しげな顔になったが、一転して何かを思い出したのか、複雑そうな顔で俺に聞いてきた。そこで、俺は前の世界でトラックに轢かれてから、こっちの世界で生まれ変わり、どの様に暮らしてきたのかを簡潔に話した。それと、セリナリア様に、世界を救って欲しいと言われたことも話した。
全てを聞き終えた初夏は、難しそうな顔になった。
「そうか、確かに召喚があるんだったら転生もありか。お前、カーディルだったか? 全面的に信じることは出来ないが、とりあえずそういうものだということにしておこう。それは置いておいてだ、あの場所にいたと言うことだから、お前にもやることがある。次の機会に一斉に言うから、それまで待ってろ。俺は用事がある」
初夏は、俺の言ったことが納得できたのか出来なかったのか、曖昧なことを言って、部屋の外へ出ていってしまった。