第百十五話
扉を開けて、俺とパティル、二人で中へと入った。中には、いかにも何かありそうな真っ黒な箱が一つだけあった。掃除すらしていないようで、埃が所々に積もっていた。
「全く、物も何も無いですね。やっぱり、あの箱に何かあるのでしょうか?」
パティルも、やはり真っ黒な箱が気になるようだ。他に何もないのだから、当然である。間違いなく、ここまで連れてこられた理由はあれだろう。
「僕が先に近づくよ。近づいた時に、何が起こるか分からないから」
流石に、行けと言われた場所で危険なことがあるとは思っていないが、万が一ということがある。俺が危険な目に遭うのはまだしも、パティルにまで被害を与えることはない。それが分かっているのか、何も言わずに頷いた。
真っ黒な箱に近付く。一歩ずつ近付いていくが、何か起こりそうな雰囲気はない。それでも慎重に歩いて、とうとうすぐ側にまでたどり着いた。何も起こらない。周囲を回って、より詳しく見てみる。
箱は、やはり真っ黒だった。大きさは、俺が入っても余裕がありそうなほど大きい。上から見てみる。やはり真っ黒だ。反対側に回って見てみても、やっぱり真っ黒だ。徹底的に真っ黒である。異質だ。
「触らない限りは大丈夫みたいだよ。パティルも近付いてみたら?」
一応、全体を見てみた限りでは、危険はなさそうなので、離れた場所でウズウズしているパティルを呼ぶ。すぐに、ぱたぱたとやって来た。
「近くから見てみると、意外に大きいですね。人間が入っていそうな大きいです」
確かに、俺も入れそうだとは思ったが、入っているとは思えない。それに、もし入っているとしたら、それこそ埃が積もるだけの長い時間を、この箱の中に入っていることになる。そんなことが出来るのは、人間ではない。
「やっぱり、触ってみないと何も分からないですね。時間の無駄ですし、触りましょうか」
何とはなしに、中に入っている物のことを考えていると、パティルがすっと箱へと手を伸ばした。俺が止める間もなかった。パティルが箱に触れると、箱が眩く光始めた。
「勝手に触んないでよ!」
何が起こってもパティルを守れるように箱とパティルの間に入る。光は部屋全体を照らし出して、そのまま収まった。何も起こらない。
恐る恐る箱を覗いてみると、上部分が開いていた。そこから、何かが立ち上がった。俺は、それを見て口を開けるしかなかった。
それは、黒髪黒目だった。これは驚くことではない。それは、男の人間だった。しかし、これも驚いた一番の理由ではない。一番の理由は、それが俺の知っている人だったからだ。それも、この世界ではなく、前にいた世界の知人。いるはずもない人だった。
「初夏 !」
俺は、そいつの名前を、思わず叫んでいた。