プロローグ
自殺をしようとしたけれど、そこには特にこれといった理由があったわけではない。ただ、これ以上生きていくのがとにかく「面倒くさくなった」だけだ。
会社を辞めてからというもの、どんな仕事をしようかも悩み、またどのような就活サイトや就職支援施設を利用したいいか分からなくなっていた。
今やネットで「僕のこれから先」がいくらでも見えてしまう。大学を中退して就職して、今無職……このままだらだらと無職を続けていても、そのあとは歳ばっかりとってようやく三十歳位になってから「やばいどうしよう」と焦っても、もう遅く。その頃には死ぬしか道が無くなっているが、もうそこまで行ってしまうと死ぬのも怖いのだろう。
だから、それなら今死のうと思った。
「こんなもんかな……?」
木に括りつけたネクタイに、首をくぐらせる。
「ああ、こんな気持ちになるのか……自殺って」
怖いんだか、これから来たであろう「面倒くさいこと」や「悲しいこと」を感じなくてもいい安堵感と、これから来たかもしれない「楽しいこと」や「嬉しいこと」投げ出してしまうちょっとばかりの寂しさがあった。
知り合いのオジサンが「就職活動のために」と、このネクタイを買ってくれた時を思い出す。
「お前はもう、親がいないけどな、それでも決して『甘えちゃいけない』ってわけじゃないんだぞ。なにかあったら、周りに頼れ」と言ってたっけ。
でも、そのオジサンの気持ちは嬉しかったけど、肝心の「周りへの頼り方」がイマイチわかんなくて、甘え方がわかんなくて、ここまで来てしまった。
「まあ、もう遅いよな」
これ以上考えてしまうと決心が鈍るような気がしてきたので、この思考が薄暗い状態で、僕は首を吊った。
踏み台を蹴ると足が浮き、首に全体重が掛かる。。
「……うぐっ、うう、くふっ」
ネットでは「首吊りは苦しくないヨ」って書いてあったが、思ったより苦しい……喉が締め付けられて、息ができない、苦しい。
人っ子一人いない、夜の神社で僕は身悶える。
「うう、カハッ」
もう、まともな声は出ない。
なんだ、チクショウ、くそ、こんなに苦しいならもっと他の自殺方法にすりゃ、よかった。練炭とか、ヘリウムとか、もっと色々あっただろうに。
――あれ、そもそもなんで自殺しようとしたんだっけ? 僕なんで、ここに、いるんだろう、冷たい、風が、冷たい。帰らなきゃ……帰って、ユーチューブ見て、ご飯食べて、歯を磨いて、もう遅いし寝なくちゃ、お母さんとの約束が――
思考が定まらなくなってきた。あれこれ身体の中に残った酸素が、動き回っているのが分かる……。苦しく悶えている自分と、それを一つ上から客観的に見つめている自分がいるのを、不思議に思った。
自殺とは考えていたよりも、複雑な行為だった。と、人生で最後の発見をしている時、目の前から声が聴こえてきた。
「おい、お前、ここをどこだか、わかってやっているのか……?」
「…………?」
僕はもうネクタイがいい感じに締まりすぎていて呼吸すらできないので、そして脳内酸素が欠乏してきているので、目の前の人が何を言っているのかよくわからなかった。
「私の家で……私の庭で……何をやっているのかと聞いてんだ!」
「…………」
とうとう視界がぼやけてきて「声が女の人みたい」ということしか分からなかった。
「神域をけがした奴が……天国などに行けると思うなよ……」
女は最後になにか言っていたが、もう聞き取れなかった。
僕は、自殺した。