夏の日、放課後。
「なぁ、ヒロ。今日、この後って暇か?」
ヒロキが親友のノブにそう切り出されたのは、放課後、二人の所属している陸上部の練習が終わり、道具の片付けをする為に倉庫の前に来た時だった。
「ん、まぁ特に用事は無いけど。何かあんの?」
道具を脇に置き、体育倉庫の鍵を開けながら返事を返すと、ノブはニヤけた顔で話し始めた。
「詳しいことは後で話すけどな、校舎の裏の隅っこの所に怪しいドアを見つけたんだよ。何かお宝とか有りそうじゃん。一緒に探検してみようぜ」
ノブは昔からこの手の話が好きだった。小学生の時にも、近所の山に眠るお宝を求めて歩きまわったことがある。その時は迷子になって大変な騒ぎになったものだ。
ヒロキはそんな事を思い出しながら作業の手を止めてノブの方を向いた。幸い、倉庫に道具を片付ける係はヒロキとノブの二人だけなので、多少遅くなったとしても問題ないだろうと考えたのだ。
「そういう場所って鍵かけてあるんじゃねーの?」
「それなら大丈夫だ。朝、玄関前に落ちてた」
「……いや、意味わかんねぇよ」
「はは、だよなー。いいや、ちょっと説明するけど、手も動かしてこうぜ。あんまり遅れても怒られるしな」
そう言ってノブは運んできた道具を倉庫の奥に置きながら続きを話し始めた。
「昨日、宿題のノートを教室に忘れちゃってさ、夜中に取りに来たんだわ。向こうの金網に穴開いてるから、そこからな。知ってるだろ?」
そう言いながらノブが右手の方角を指さした。
「いや、校舎の中にはどうやって入ったんだよ。鍵かかってただろ」
「んー、なんか一箇所窓開いてたからそっから入ったよ。ラッキーだったよなー」
「何だそりゃ……」
脳天気に笑うノブを見て、ヒロキはため息をついた。
「それでな、教室に行ってノートをゲットしたんで帰ろうと思って外に出たらさ、離れた所に人影が見えたんだ。ヤバイと思って咄嗟に隠れたんだけど、どうも警備員とかそういうのじゃなかったんだ」
「どんな奴?」
ふと、ノブがすっかり作業の手を止めて話に夢中になっていることに気付いたが、ヒロキは何も言わなかった。話の続きを早く聞きたかったのだ。
「なんか、真っ白い服着てて、逆に髪は真っ黒で長くて、多分女の人だった。手に大きな板を持ってユラユラと揺れながら歩いてたんだわ。気になったんで隠れながらついていったんだけど、いきなり壁に向かってガチャガチャやり始めたと思ったら、ドアが開いて中に入っていったんだ!」
言いながらテンションが上がってきたのか、だんだんとノブの声が大きくなっていく。
「その日は宿題もあったしそのまま家に帰ったんだけどな、今朝、学校へ行こうと家のドアを開けたら、なんと大きな板のついた鍵が落ちてたんだよ!」
「嘘だろ……。それで、ドアを見に行ったら鍵がかかってたってか?」
ビンゴ、とノブが指を鳴らした。
正直な所、今の話を聞いてヒロキは探検を断ろうと思っていた。今年、中学生になった彼は元々気の弱い性格であり、口調は歳相応に荒くしているものの、どこかへ忍び込むといった怒られそうなことをしたくなかった。
さらに言えば、いわゆる『怖い話』が苦手だった。幽霊なんか存在しないと思っているが、だからといって真っ白な服の女と聞いては近寄りたくもない。
「なぁ、悪いけど俺は――」
しかし、ヒロキが断ろうとしたその時だ。
「こら、一年生! いつまで喋ってるの!」
「うわぁ!」
突然ドアの方から聞こえてきた大声に驚き、ヒロキは情けない声をあげてしまった。ノブも同様に驚いた顔をしている。
「あはは、驚きすぎ。確かに驚かせようとは思ったけどさ」
振り向くと、そこには長い黒髪を後ろに束ねた、快活そうな少女が立っていた。
「み、ミキ先輩……。なんでここに?」
「いや、ヒロノブが遅いから、先生に見てこいって言われたのよ。そしたら何か二人で話し込んでるから、ちょっと驚かせようと思ってさ」
そう言って、健康的に焼けた肌とは対照的な綺麗な白い歯を見せながら笑った。
「あ、すみません。すぐに終わらせるんでちょっと待っててください。でも、そのヒロノブってまとめるのはやめて欲しいです」
ヒロキも、ミキが怒っていないのがわかったので落ち着きを取り戻し、作業を再開した。だが、ノブは考え事をしているようなポーズをとって、そのまま動かなかった。
ヒロキが軽く蹴飛ばすと、それがきっかけかどうかはわからないが、ノブがこんな事を言い出した。
「あー、先輩って、肝試しとか好きですか?」
「肝試し? んー、そうね、怖い話とかは結構好きだよ」
その返事を聞いて、ノブは頷き、そして、例のドアについてミキに説明を始めた。
ノブが説明を終えるまでの間、ミキはずっと目を輝かせて聞いていた。そして、ひと通りの説明が済むと「やった……」と呟いた。
「で、ヒロ。僕は先輩も探検隊のメンバーに加えたいと思うのだが、どうだろうか」
ノブが舞台のセリフのような口調でヒロキの方を向いて言った。
「いや、良いと思うけど。でも、ミキ先輩の都合とか大丈夫なんですか?」
「行く! 絶対ついてく!」
ヒロキの言葉に、ミキは食いつくように答えた。
「ずっと待ってたの。夏といえば怪談! それなのに何も面白いことが起きなかった。まさか、こんなに典型的な幽霊話が体験できるなんて!」
「い、いや、別に幽霊だと決まったわけじゃ――」
「絶対幽霊だよ! だって、夜中に真っ白い服の女の人だよ? これで幽霊じゃなかったら怒られるよ!」
先ほどまでとは別人のようなミキに、二人は唖然としていた。
「ほらほら、ボーっとしてないで早く戻るよ! それで早く行ってみようよ」
云うが早いか、ミキはそのまま倉庫の外に行ってしまった。
「まさか、あそこまでとはなぁ」
「……ノブ、お前知ってたんだろ。ミキ先輩が怖い話が好きだって」
「おう、噂でな」
ノブが得意げな顔で答える。
「でも、ヒロも嬉しいんじゃねぇの? 先輩が一緒だぜ?」
「馬鹿やろっ……! 聞こえたらどうすんだよ」
「ははは、一個貸しだな!」
カラカラと笑いながら倉庫を出ようとしたノブだったが、ふと足を止めてヒロキに尋ねた。
「あれ、片付けってどうなったんだっけ?」
「……俺が終わらせたよ。これで借りは返したぞ」
ぽかんとした表情になったノブの肩を叩き、ヒロキはミキの後を追って外に出た。