爆音LIFE ②
「八十五だ」
人気の無いコンビニの駐車場に、乱暴に駐輪したじいさんは、今度は普通に買い物をして僕にカップラーメンを買ってくれた。
金あるんならどうしてさっきはあんなことしたんだ、と僕が思わず言うと、考えるように少し唸る。
「スパイスにゃ足りねぇくらいだろうが」
僕が理解できないと目を点にしているのを見て、初めてじいさんは笑う。
ただし何処かの悪党のような小馬鹿にした笑い。
「八十五なのに、よくあんなバイク乗れるね。
身体壊すよ」
「嫌いになれねぇ」
無茶苦茶だった。
僕の事を攫ったのも、たぶんこの様子では気まぐれに違いない。
滅茶苦茶な事ばかりするじいさんだけれど、僕は最初に抱いた恐怖心が少し和らいだ。
二人でしばらく麺をすすっていたら、巡回していたパトカーが通りかかった。
「晩飯くらいゆっくり食わしてもらいてぇもんだ」
「じゃあなんで殴ったんだよ!」
「言い訳が嫌いでね」
カーチェイスというのを、僕は初めて体験している。生涯で一度も無いだろうと思っていたのに、こんなところで味わうなんて。
しかもパトカー二台。
パトカーから降りてきた優しそうな警官が、未成年を連れた強面のじいさんに職務質問したら、こうなっている。
パトカーに残っていたもう一人の警官は仲間が殴られたのを見て、すかさず応援を呼んだようだ。
メットもしていない、法外速度全開で爆走し、未成年を連れた、爆走じいさん。
追われないほうがどうかしている。
塾のあった池袋からどうやって来たのか全く分からない。気が付いたら山道のようなグネグネした道路を爆走している。
よく見えなかったが、何処かの峠を越えようとしているらしい。
相変わらずスピードは速く、アスファルトすれすれになりながらカーブを曲がる。
当のじいさんは余裕でポージングを崩さない。
爆音に交じってかすかに鼻歌が聞こえた。
激しい金属音、火花、煙、爆音。
じいさんが激しく車体を倒してカーブを曲がる度に、僕は何度も地球の重力と死の恐怖を味わった。
相変わらず後ろから追ってきているパトカー。
じいさんは子供と遊んでいるかのように、せせら笑っていた。
何度目かのカーブで、激しく衝突する音が背後から聞こえる。慌てて振り向くと、パトカー二台が折り重なるようにして衝突していた。
警官は無事だったのか、中から這い出てくると、すぐに車から煙と炎が立ち上った。
「ガキがいきがってんじゃねぇよ」
じいさんは少し速度を落として、楽しそうに笑っている。その言葉に、僕は妙に納得してしまった。
そのまま朝方まで応援のパトカーとカーチェイスを繰り返し、すっかりぐったりした僕はじいさんに体の不調を訴えた。
山道に停まり、僕はうずくまって少し吐き、砂利道で横になる。
「朝か」
じいさんは煙草を足で踏み消し、またバイクに跨った。
僕は目線だけ動かし、爆音が脳内にこだまするのに耐えるだけ。
規則的に空気を震わせるエンジン音は、じいさんの鼻歌に似ていた。
「暇つぶしも出来ねぇガキだな」
ぐったりと横になった僕を横目で見ながら、じいさんは意地悪く笑っている。
「…もっとマシな暇つぶししろよ、じいさん」
僕の言葉に、じいさんは軽く鼻で笑う。
「スパイスのねぇ人生なんざ、死んでるのと一緒だろ」
そう言い残し、爆音は発進する。
じいさんの跨るバイクが見えなくなっても、エンジン音は朝日が差し込む山々にこだましていた。
「…置いていきやがったな…くそじじい。
効き過ぎだよ、スパイス」