爆音LIFE ①
憂鬱な時間が終わった。
今回の世界史の授業は、ギリギリまで頭に詰め込んだ気がする。すっかり脳みそは水分の抜け切ったスポンジのようだ。
外に出ると、夜が近づいているらしく薄暗くなっている。
その足で近くのコンビニに入り、奥のペットボトルコーナーに向かう。
今の気分はお茶よりも炭酸かな、と種類を見る。確かあと五百円あったはず、と僕が尻ポケットから財布を取り出した時、
いつもの平凡で憂鬱な一日が終わった。
派手にガラスが割れる音。女性の悲鳴。
驚いて振り返ると、レジにいた男性店員が頬を押さえながら裏に隠れていた。
その店員に構わず、男がレジに入る。
いや…男、というよりじいさんだ。おそらく八十代くらいの高齢。
それにしては体つきがしっかりしている。
後ろに短く束ねた白髪、黒革のジャケットとパンツ、同じく革のブーツ。
まるでターミネーターみたいな格好。
僕は驚いて、思わずその場で硬直してしまった。
だが…それがいけなかったのだろう。
他の人はじいさんの視界に入らないように隠れていたり、床に伏せていたりしていた。それに僕の身長は一八三センチ。でかいほうだ。
じいさんは僕に気づいて、目が合ってしまった。
思わずつばを飲み込む。
レジの近くにあった肉まんを二つ、手でわしづかみした後、じいさんは僕に近づいてきた。
「来い」
まるで親猫が子猫を運ぶように、そのじいさんに襟元を引っ張りながら連れて行かれた。
きっと金を巻き上げられて二三発殴られるんだと恐怖に震えていたら、一台のバイクの前で僕を開放する。
知っているバイクだ、というかバイクに詳しくない僕でも分かる。
おなじみの運転スタイルでハンドルを握る、あのエンジン音が煩い爆音バイク。黒のハーレーダビッドソン。
それにキーを差し込み、じいさんのバイクは予想通りに腹を叩くようなエンジン音を撒き散らして空間を揺らす。
「付き合え」
有無を言わさないじいさん。
さっきから一度も僕を見ない。
なんで僕を攫うのか理由もない。
僕が戸惑って固まっていたら、肉まんを食べ終えたじいさんが、ようやく僕を見る。
「来ないのか」
バイクは恐ろしい速度で道路を焼いた。僕はじいさんの背中に黙ってしがみ付くしか出来ない。
唸るエンジン音、ゴムの焦げる匂い、頬を裂くような風。
こうして、僕は誘拐された。
受験が近いこの時期の悲劇は、爽快だった。
さっきまでの憂鬱な気分をすっ飛ばすような快感。
気がつくと、僕は大声で笑っていた。