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1話 「日常①」

 かつ、かつ、と叩きつけられるチョークの音がやけに心地よく聞こえる。不定期的なリズムを刻むその音に、次第に私の意識は夢の中へと誘い込まれそうになっていた。

 チョークの音に比例して、黒板に白い線がいくつも刻まれ、それは文字になる。先生の筆圧が濃いために、その字は最後列の私の席から見てもかなりの存在感を黒板上に放っていた。


 例えるなら、そう、王様。絶大な存在感と力を発揮する王様は民衆にその力を見せつけて国を統治していく。力のない国民は、良くも悪くも王の言うことに従い、国のために、また自らの生活のために日々労働に励む。汗を流して、毎日必死になって。

 先生が文字を書くのに従って、太いチョークの先から細やかな粉粒が落ちていく。これが、国民。

 国民一人一人に大した力はない。国を変えることなど出来るわけもない。ただ、国民がいくつも集まってこそ、国ができる。

 赤、青、白、緑、黄色……様々な色で書かれた文字を見て、なんとなく愛おしく思えた。

 国民達は国を作るために文字通り身を削る。それがどのような感情なのかは別として。


 しかし、それも長くは続かない。いつか国に対して不満がたまり、国民が団結して、行動を起こすことがある。1人1人の力が小さくても、大人数の、それも国が動くほどの人数が集まってしまったらどうなるか。

 一通り黒板が埋め尽くされ、先生が黒板消しを使って文字を消していく。筆圧が強いことを自覚しているらしい先生が、文字を消す際の力は強い。

 力強く、何度も何度も、文字を消していく。王様が、死んでいく。

 あっという間だった。さっきまであんなにはっきりと黒板に存在していた文字は、綺麗に緑色の板に変わっていた。

 栄華の極みを尽くした王の行方は、そう、粉だ。王様も「王」という立場を失くしてしまえばただの人である。

 しかし、これで国が滅ぶわけではない。王がいなくなったのなら、代わりに国を統治する人間を決めればいい。

 先生の手によって、新たに黒板に文字が形成されていく。これが、新たな国王だ。こうして、国はいくつもの変化を重ね、生き続けていく。




「…………はぁ」


 ……何、考えてるんだろう。まったく、くだらない。

 溜息をついて板書に戻る。今日は憂鬱だ。何だかテンションが上がらない。別に、悪いことがあったわけではないんだけど。

 あ、字間違えた。今日はどうも集中力が散漫していけないなぁ。

 消しゴムを使って字を消す…………消す。


 どんな気持ちなんだろうか。書かれてすぐに消されるだけの文字は。身を削って死期をひたすら待つだけのチョークや消しゴムは。

 ……文房具に感情移入したって無駄だ。授業に集中しないと……


 ……『存在意義』というものについて、時々私は考える。私が生きる意味、ここにいる理由。そんなものが本当にあるのか、疑問に思う。

 机の上のプリント、小さくなった消しゴム、芯の無くなったシャーペン。私がそれを意味のないものだと思うように、世界から見た私は、そんな風にちっぽけな存在なのかな、と思う。……被害妄想だろうけど。


「この問題が、分かるか?」


 先生と目があった気がする。話を聞いていなかったけれど、多分私が当てられたんだろう。一応答えは分かってるからよかったけど、これで苦手分野だったら正直危なかった。

 先生は淡々と答えを述べていった。そうやって自分でもう一度答えを言うんだったら生徒を当てなくてもいいんじゃないかなぁ……。

 

「…………あ」


 ……雨が、降りだした。

 雨はよく涙の比喩に使われる。例えば、空が泣いている、みたいな。それこそ、悲しいときに使われたりする。

 でも、そんな人の都合で勝手に悲しい気分だと決めつけられた雨はどんな気持ちなんだろうか。もしかしたら、喜びの雨かもしれないし、ひょっとしたら植物を元気にするためにせっせと働いているかもしれないのに。逆を言えば、青い空や白い雲が元気を象徴するのなら、どうして夏は皆太陽を嫌がるのか。


 ……でも確かに、こんなことを考えている私は雨が降って気分が沈んでいる。なるほど、雨が悲しいものだというのも間違ってはいないのかもしれない。

 

(……あ、傘忘れた)


 今更そんなことを思い出す。何で持ってこなかったんだろう。

 再び溜息を吐きながら、今日どうやって帰るか、考えを巡らせる。くるくるとペンを回しながら。

 ……やっぱり、今日は憂鬱だ。

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