魔性の女
連載は続き書かないくせに短編はせっせけ続き書く系女子な作者です。
再び、始まる。で驚かされたり振り回されたりした香奏の逆襲編です。私の中では。
今更ですが香奏はかなでと読みます。
ちなみに郁也はいくやです。これはさすがに分かるか。
天然で魔性な女の子とそれに振り回される男の子な構図が好き過ぎてできました。
俺には幼馴染みがいる。
家が隣で、それこそ産まれたときからずっと一緒に育った。
彼女は6人兄弟の一番下で、彼女以外は全員男。
末っ子ということでめちゃくちゃ可愛がられ甘やかされ、男だらけの中で育ったせいで同級生の男子顔負けのお転婆姫になった。
結果、甘え上手で繊細で、でも強気で大胆な子に育ったのだ。
やっと産まれた女の子で、彼女の両親は長い髪や可愛らしい格好を彼女にさせたがり、年の離れた妹に彼女の兄は色々な事を教えた。
そのお陰でふんわりとした柔らかな雰囲気と可愛い見た目とは裏腹に、やたらと知識と語彙が豊富な男っぽさのある女の子になった。
女性らしい細やかな気配りと、必要以上に構わない気遣いは、心の隙間に入り込み、しっかりと根付くのに充分で、誰にとっても無くてはならない存在になる。
だから密かに彼女をこう呼んだ。
魔性の女、と。
「はーやっく!暑いんだからー」
香奏と高校入って初めて会って、付き合い始めた日から数日後。
普段は寮生活な彼女が、一時帰省することになったと言うので、一緒に出かけることにしたのだ。
帰りに話したり、メールしたりはしたが、寮では携帯の使用が禁止らしく、また休み時間も小テストや課外があって学校でも中々使えないので、それほど会話できなかった。
そんなわけで久々にのんびり過ごせる日を、約束した時からかなり楽しみにしていた。
が、早速疲労困憊中である。
「うるっ、せえよ、重いん、だから、はぁはぁ、しゃーねーだろ、」
香奏が映画観たい!と言ったので、この辺で唯一映画館の入っているショッピングモールに行くことになったのだが、バスに乗るとかえって遠回りになり時間がかかるため、公共機関以外で行く方が賢明だ。
俺の親に言ったらかなり質問攻めにされることは間違いないし、かと言って彼女の家族に言ったら娘を、妹を溺愛している彼らの事だ。俺がどんな目に遭うか分からない。
よって、文字通り自力で行くしかなった。
が、彼女は自転車を持っていないので、俺が乗っけて行くことになる。
初めはなんか青春っぽいなとか背中から伝わる体温とか近くに感じる香り、耳元で囁かれる声にどきどきしたりしていたが、だんだんと疲れてくる。重みと気温とさっきから続く坂に根を上げたくなった。
「重いってひどい!米袋と変わんないのに!」
「1tの米袋なんか買わねーよ…業者じゃねぇし」
地獄のような急勾配の上り坂を終え、なだらかな下りになったので少し息が落ち着く。
「はぁ!?ひっどい!ひっどぉぉい!1tとか人間の重さじゃないし!」
このこのっ!と首に腕を回して締め上げてきた。
加減はしているらしく当てている、レベルのものだから問題ない。
それよりも、手を回した事で身体が余計に密着することになり、つまり、その、それの方がやばい。
今日の香奏の服装は、パステルイエローの花柄ミニワンピ。胸部分でリボンが編んであり、丁度胸下で結ぶ仕様になっている。
“そういう”意図を持った服ではないー彼女がそういう服を選ぶはずはないーのだろうが、奇しくも胸が強調される形になっている。
それが、押し付けられたら、つまりは、柔らかな膨らみをしっかりと感じられ、それが自転車の振動から少しズレて揺れるのがよく分かっ…て何考えてるんだ俺はぁ!
暑さとも疲労ともはたまた香奏の悪戯とも全く別の所で心拍数を上げた俺は、心臓のためにも早急に離れて貰うことにする。
…ちょっと、勿体無い気もするが。
「分かったから離れろ香奏…苦しい…あとすげー暑い」
動揺を悟られないように絞り出した声が、いい感じに掠れてくれたため、あっさりと離してくれた。
でもまだ熱と汗の余韻が残っ…じゃなくて!
「ごめんごめん…てか大丈夫?ちょっと休憩する?」
汗すごいし、と香奏が提案する。
おそらく彼女が考える原因とは全く別の所で汗をかき心拍数を上げ疲労したのだが、丁度いい所に自販機があったので休むことにする。
自転車を止めると香奏はぴょんっと飛び降り、くるりと裾を翻して振り返る。
「おつかれさーんっ」
にこっと笑って頭に手を載せ撫でてきた。
「まぁまだ終わりじゃないけどね。ジュース私が買うよ。何がいい?」
再び裾を翻して自販機に向かい、首だけこちらに向けて尋ねる。
正直まだ稼いでるわけじゃなくても彼女に奢られるというのは男としてなんか不甲斐ない気がするし、労働に対するご褒美、というならお釣りがでるほどもらった。香奏は意識してないだろうが。
でも折角の好意を無下にするほど野暮じゃないし、着いてから甘やかそうと考えてありがたく買って貰うことにした。
「あ、じゃあ…」
サイダーがいいけどどこの自販機にもあるわけじゃないよな、と少し逡巡すると、
「お汁粉?それともコーンポタージュ?」
「鬼がお前は」
このクソ暑いのにそんなもん飲めるか。
「冗談だよー。サイダーがいい?それともスポーツドリンクのがいい?」
くすくすと心底たのしげに笑いながら聞いてくる。
サイダー好きなの覚えてたんだな、とちょっと驚いて、選択肢を提示してくれた事をありがたく思いつつ答える。
「サイダー」
「りょーかーい」
ガコンっと音をさせてジュースが出てくる。
その音がもう一度すると、それを合図に香奏が手を伸ばす。
しゃがむのが面倒だったのか立位前屈の姿勢で取り出し口を開けたせいで、スカートが足の付け根ギリギリまで上がった。
思わず凝視したのは男の性だ。俺だけじゃないはずだ。
さっきから計算してんじゃねーだろうなこいつは‼︎
「はい、サイダー。…どしたの顔赤いよ?」
自分の分のペットボトルを脇に挟み、俺の分を渡してくる。
いや、分かってんだそんな計算出来る奴じゃない。人の心に入り込むのは上手いし、喜ばせることもさらりとできる。でも女を武器にすることは、色仕掛けのようなことは知らない奴だ。
「大丈夫だ。ありがとな」
さっきから脳内をちらつく煩悩を封じ込めて差し出されたサイダーを受け取る。
「ならいいけど。無理しないでよ?」
不思議そうに小首を傾げると、両手でペットボトルを持って頬に当てた。
「はぁ…冷たくて気持ちい…」
ゆるく息を吐き出しながら言う香奏の真似をしてペットボトルを首筋に当てると、確かにひんやりしてていいかもしれない。
しばらく冷たさを楽しんでから半分以上を一息に飲み干す。
ふと見ると、オレンジジュースをちまちま飲みながら香奏がじっとこっちを見ていた。
「どした?」
「炭酸一気飲み出来てすごいなぁって」
ああ、と合点がいく。香奏は昔っから炭酸や冷たい物が苦手で、僅かに口に含んだだけで顔を顰めたり少しずつしか飲めなかったりした。
「飲んでみるか?」
軽く掲げて尋ねると、んー、と悩んでから
「ちょこっともらう」
と言って片手で受け取り、代わりにもう片方の手で
「飲む?」
とオレンジジュースを差し出した。
「俺も少しもらう」
頷いて受け取り、口に運びながら香奏の様子を窺う。
薄目でバレないように観察していると、恐る恐る、といった様子でペットボトルを持ち上げる。
ゆっくりゆっくりと傾け、だが途中で止ると、深呼吸してぎゅっと目をつぶって動作を再開する。
まるで仔犬が未知の物に触れるような怯えと、毒でも飲むような大仰な覚悟が感じられ、思わず吹き出しそうになるのを必死で堪える。
ほんの少しを舌で触れるように味わうと、すぐに顔をくしゃくしゃにして返してきた。
「やっぱ、むり…」
べ、と舌を出してほんのり目を潤ませて、表情と声音で訴えてくるその様は、どうにも可愛過ぎた。
いくら重さをからかわれた事に怒るようになり、身体的に成長していても、こういう子供っぽいとこは健在だな、となんだか嬉しく思う。
「まだ炭酸駄目なのかお前」
「だって、すっごいぴりってくるもん…郁也は大人だねぇ」
ひたすら感心した口調でそう言い、口直しにオレンジジュースを多めに含んで口内で転がす。
さっきのしかめっ面と一転して安心した様に表情が緩んだ。
その様子がなんだか小動物のような愛らしさを持っていて、不思議と和む。
「落ち着いた?」
こくりと口の中のジュースを飲み干して顔を覗き込まれた。
和んだばかりなのにまた落ち着かなくなる。
香奏の顔が、顔が近い…!
と、そこで気づく。
「今日なんか背高くないか?」
いつもより確実に距離がない。
「あ、気づいたー?今日はヒール履いてるんですー」
ほら、と靴の踵を合わせて見せる。
「誕生日に吾兄がくれたの」
吾兄、というのは香奏の三つ上の五男の賢吾さんのことで、賢吾の吾と五男の五とを掛けて香奏はそう呼んでいる。
兄妹の中では一番香奏といる時間が長く、香奏に近づく男に目を光らせ片っ端から追っ払っていたのが彼だったりする。
昔はよく遊んでもらっていたが、今となってはそんな訳で脅威なのだ。
「今日もね、郁也とデートなんだよって言ったらこれ履いてくといいってアドバイスくれたんだよー」
目線が近い方がいいって言ってねー。やっぱ男の子の事は男の子が1番分かるよねぇ。
滔々と話す言葉は途中から聞こえない。マジかよ、選りに選って健吾さんに、
「言ったのかよ!?」
「ふぇっ!?」
衝撃過ぎて思わずでかい声になってしまう。
香奏もびっくりしてるじゃねぇか、落ち着け俺
「悪い…健吾さんに今日俺とデートって言ったのか?」
ふう、と深呼吸してからもう一度尋ねる。
「うん、言ったよ?吾兄だけじゃないけど」
ダメだった?と首をかしげるその仕草はものすごく可愛いけど、でもその内容は俺にとって大変よろしくない。
「健吾さん以外に誰に?」
「一兄と継兄と…兄皆かな」
マジかよ。
長男太一、次男継哉、三男光毅、四男真司、五男健吾。
娘を欲する両親を見てきたからか正直度の過ぎたシスコンを発症している彼らに、
言ったのか…
「ダメだったの?でも皆郁也によろしくって…近いうちに絶対連れてくるように、久々に会いたいからって言ってたよ…?」
ああきっとそれは皆さん絶対怒ってる…俺ボコられるわ…
さーっと顔色を無くした俺に慌て、おでこに手を当ててくる。
「大丈夫?やっぱりちょっと暑かったかな?帰ろうか?それとももう少し休む?」
わたわたと世話を焼く香奏がやっぱり可愛くて、心配させる自分に喝を入れた。
こんな可愛い生き物を独り占めできるのだ。その時間を楽しまなくては勿体無さ過ぎる。
「いや、大丈夫だ。そろそろ行こうか!」
本当に平気と心配する香奏に、全然問題ないと笑って見せる。
荷台に乗り込みながら
「辛かったらすぐ言ってね?」
と抱き着く香奏の頭を撫で、返事の代わりに掠めるようなキスをつむじにおとしてペダルを踏み込んだ。
前書きと後書きってどっちも書く意味なくないですか…と言いつつ書くのはちょっとした補足のため。
香奏は143cm30kgです。ちっちゃくて可愛いんです。30kgならギリギリ一般用にお米売ってるよなーってことで設定。
あと、作中のシーンで、小休憩してジュース飲むとこがあります。
あそこはなんか自販機しかなくて、ベンチとかないです。なので郁也は自転車に乗ったまま、香奏は自転車に軽く凭れて立ったまま飲んでます。
余談ですが香奏って私の端末だと1文字ずつ変換しなきゃいけなくて無駄に面倒でした。途中で何度も何度も何度も後悔しました。
でも女の子の名前は拘りがあるので頑張りました!男の子は正直適当です。←
それでは読んでくださりありがとうございました