7マス目・ここも助っ人を一回使う
ようやく、サンライズも頭の回路がつながってきた。
案の定、シヴァは捕まってしまったらしい。
状況がよく分からないが、誰かに814号室に入られてしまったと連絡が来た。通信機を使っても話ができないだろう。そうなるとやはり、彼が生きているかどうかはヴァイタルデータを確認するしかない。
カイトは本当に来るだろうか?
本名でこの病院を使っていたことを考えれば、一時的には行方をくらましてどこかに行っていたのだろうが、ほとぼりも醒めたかと思って、また元の場所に戻っているかも、電話番号も、気に入ってるとか言ってたのでまだ変更していないのでは。
ヤツはメカおたくだが、それでもまだまだ子どもだ、サンライズは勘に賭けて、昔聞いていた電話番号に連絡を入れてみたのだった。
それにしても、今日はたぶん何をやっても上手くいかない。それはつくづく感じていた。
そう感じても、やらざるを得ない。どんどん失敗に失敗を上塗りしていくんだ。
せめて、シヴァだけでも無事に助け出したい。
バックヤードと短く色々やり取りしたが、シヴァの状況は全く入ってこないそうだ。カイトの事も一通りは連絡したが、バックヤードにも何と説明していいか分からず、とりあえず病院での通院履歴などを確認してもらう。
思った通り、カイトは古巣の川口に戻っていた。
もう一度、カイトのところに連絡してみようか、と少し起き上がった時、部屋の入口に茶色い頭の先がちらっと見えた。
「カイト」呼びかけると、いっしゅんびくっとして引っこんでしまったが
「頼む、入ってくれ」と声をかけたらようやく、中に入ってきた。
片手を吊っている。利き手の右手ではないので少し安心した。それでも生徒指導室に呼ばれた不良生徒、といったところ。それでも、サンライズの点滴姿をみると
「あらららら」とまっすぐ寄ってきた。
「オッサン、ついにオダブツか?」
インフルエンザだ、と言うと「おだいじに」口先だけだろうが、そう言ってくれた。
サンライズはどうにか起き上がる。
「カイト、パソコン持ってきたか」
聞かなくても判るでしょ、とカイト、にやりと鼻をこすった。馴れた手つきで端末をセットする。
「今から言うところにアクセスしてくれ」覚えていたアドレスを告げると、ためらうことなくキーを打ちこんでいる。
「入った。ユーザーコードとパス」
「サンライズ、SUNRISE、パスはqwⅩ24h……」
「次、パスワード変えろよ……OK、と」
「モニタしますか、OKにして、次と次はスキップ。ヴァイタル、出たか?」
「オッサン速えよ、オレ片手だぜ」そう言いながらも、片手で器用に入力。
「コードは」
「0001」
「出たよ、これ?」サンライズは、小さな画面をのぞき込んだ。
「……よかった」
シヴァのヴァイタル・モニタはまだ正常に作動していた。シヴァの提案で急きょ用意したものだったので、まだバックヤードにも伝えていなかった。パスコードは音声通信でバックヤードに伝えることができないので、生で機器が使える人間がどうしても必要だったが、まさかこんな時こんな人間を捕まえられるとは。
呼吸、心拍、血圧ともにほぼ正常。しかしそれだからと言って、彼が今本当にだいじょうぶだとは言い切れない。
「カイト、次、モニタの音声、と言う所選んで、コードは同じ」
今度は、何も反応がない。フラットな線が続く。スピーカーはオンなのに、確かに何も音が聞こえてこない。
「あれ? これほんとうは音声出るんだろ。オレの端末のせいかな?」
いや、多分えりの後ろのマイクは外れてしまったのだろう。ヴァイタルモニタは、左わき下の肌に直接貼り付けてあるので、服を脱がされてバンザイでもさせられなければまず、バレることはない。
状況が判らないのが、もどかしい。かんじんな時に、護ってやれないのが辛い。
「どうにか、行ければな……」
二本目の点滴ももうすぐ終わりそうだったが、ふわふわする感じはまだ残っている。
「どこに行くんだよ、ビョーニンが」
自分も片手をつっているクセに、カイトは鼻で笑った。
「オマエも知ってるだろ? シヴァが今孤立している」
カイト、ぴんと背筋を伸ばす。
「あのインドカレー? どこで」
「赤坂のホテル」
「仕事か?」
「ああ、正体不明のヤツらを張り込んでた。そいつらが泊まってるホテルに入りこんだんだ。オレも今朝駆けつける予定だった。で、コレだ」
「情けないねえ」カイト、馬鹿にしたような言い方ではない。かなり同情的だ。
「おっさん、何でそんな時に風邪ひくんだよ」
「オレも自分に言ってやったよ」
サンライズは、ベッドにばったりと倒れ伏した。自分にかける催眠暗示はないものか。ないんだよな、それが。
とりあえず一度、支部のバックヤードに連絡をしておかなければ、と思った矢先通信機が鳴った。みると、ボビーだ。「こちらサンライズ」出ると、切羽詰まった声だった。
「シヴァが捕まった。インペリアルの814に、相手の一人といる。相手は銃を持ってる」
「聞いたよ。やはり部屋に入られたのか」しかも銃まで。どんな会社なんだアイツらは。
「入ったのは少年、でも社長に連絡して、誰か部下をよこすように言った、今に来るわ」
少年? 事前調査では聞いていなかった。社長に誰かついている、とは聞いていたが。
そしてソイツが変装を見破る名人なので、ボビーを現場に投入しないように注意も受けていたのだが。まさか少年だったとは。
ボビーが途方にくれたように、どうしよう、と言うので
「オマエは今どこに?」と聞いたら、何とモニタールームの隣の813号室だという。
「何でだよ」いつからそういう話になったんだろう。もちろん、オレが倒れている間だろうが。どうしてこう段取りが滅茶苦茶になるのか、よけいに熱が上がりそうだ。
「リーダー、」ボビーは泣きそうな声。「どうしたらいい? 何かいい考えない?」
熱に浮かされたまま、サンライズは答えた。
「いい考えがあったら買うよ」