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3マス目・助っ人続きで前に進む

 インペリアルホテル、814号室。

 シヴァはひとり、着替えを始めていた。

 だいたい予想した時間に、内線電話が鳴った。調査対象の1021号室からだった。

「モーニング、二人分。ウェスタンのCスタイルで」

「お飲み物は」にわかボーイ、澄ました声でこう問い返す。

「ホットコーヒーが一人、ミネラルウォーター一人」

「かしこまりました」

 シヴァは着替えの手を止め、すぐにフロントに電話。

「814にモーニング、二人分、ウェスタンCで。飲み物はホットとミネラルウォーター一つずつ」

ついでに付け足した。「あとロールパン二個とコーラ、なるべく急いで」

 二つ上の階にいる部屋の内線はすでに、こちらにつながるように細工済みだった。部屋の盗聴については、間に合わなかった。それを今からつけに行くのが、彼の今朝最初の仕事だった。

 リーダーがいれば自分が潜入直後すぐにモニタースイッチが入れてもらえるが、彼はまだ着いていない。ボーイの仕事が終わったらすぐ部屋に戻って、また自分でモニタするしかない。

 シヴァは緊張した面持ちで、もう一度鏡に向かった。

 そこに映る姿を、体をひねりながら確認してみる。

 どこから見ても、赤坂のインペリアルホテルで働くボーイの姿だ。

 なるべくそのまま、あまり過剰な変装はしないように言われていた。何でも、相手側に変装を見破る名人がいて、凝った変装であればある程、バレるのも早いのだとか。

 ただお仕着せを羽織って、ワゴンを持っていくだけなのでそれ程気を使うことはあるまい。バックヤードを補佐してくれるはずのリーダーがまだ着いていないことを除けば。

 いつもは時間に厳しくて、シヴァ達が少しでも遅れようものならば眉間にしわを寄せて怒るくせに(まあ、シヴァは数字にはうるさいのであまり遅刻はなかったが、それでも集合が12時、とか言われるとなぜか12時12分に現地に到着したくなったりして、そう言う時にはこっぴどく叱られた)、今日に限ってどうしたのか?

 軽いノックの音。「ハイ、テントウムシが来たわよ」

 あれ? とドアに近づいて穴からのぞいてみる。本当、ボビーだ。

「どうしたの?」

「開けてよ」急いで開けたら、ボビーは入ってすぐドアを閉め、いきなりお説教モードに入った。

「予定にない人物が訪ねて来たら、すぐ本部に連絡、でしょ? 通信機使ってないじゃない」

「ああ」この人もだんだんリーダーに似てきたな、とシヴァは唇の片端で笑う。

「なにニヤニヤしてるの、叱られてるのに」

 ボビーは言いがらもシヴァの身支度を上から下まで撫でまわすようにチェックした。

「インペリアルのボーイさん、ここの折り返しを近頃いじってるのよ、こんなふうに……そう」

「リーダーはどうしたのかな?」

「途中で倒れて、病院に入ったの。今日は来られないでしょう」

「撃たれたの」

「カゼよ、インフルエンザらしい」ボビーは時計をみた。とんとん、とノックの音がしてモーニングセットが届いた。

 ちょうどボビーがワゴンを受け取ってくれたので、ボビーはとっさに入り口から見えない壁際に少し身を寄せた。みられずに済んだようだ。

 完全に足音が遠ざかってから、ボビーはまたシヴァの前に立つ。

「ワタシが入ってやれなくて、ごめんなさい」

 気をつけて、と脇にセットされたワゴンと共にボビーは彼を送り出す。

 シヴァは、ちらっとボビーをみて、そこに母親のような表情をみる。なので、わざとぶっきらぼうに言った。

「セットできたらなるべく早く連絡する、そしたらそこの、グリーンのスイッチ入れて」

「これならだいたい分かるわ」

「戻るまでモニタ頼むね」ボビーはかすかに笑って、彼を見送った。


 二階分更に上がってから、シヴァはワゴンを押してまっすぐ、目的の部屋へと向かっていった。

 ふと足元に、何かが転がってきた。

 ゴルフボール? いや、何だろう、ワゴンの下に入った。

 少しだけワゴンをずらして、目が点になった。

 真っ白い小さなハムスターが、前足を揃えて鼻をひくひくさせている。かなり小さい。そういう種類なのだろう。しっぽのないハツカネズミのようだ。

 彼はそっと、両手を丸めるようにハムスターをすくい上げた。それはおとなしく、されるがままになっていた。真っ白だと思ったが、耳だけ茶色い。目はビーズのように真っ黒だ。

 しかしどうしてハムスターが一流ホテルの通路に?

 そのまま放すわけにもいかず、迷ったがワゴンの下段に籐のバスケットがあったので、中のナプキンを出してそこにハムスターを入れ、そっと伏せておく。

どうするかは後から考えよう。

 少し深呼吸してから、目的のドアの前に立つ。そして、ノック。

「おはようございます、お食事をお持ちしました」完璧な発音だ、と思う。

「開いている、入ってくれ」よく通る男の声がした。

 開けてすぐのところ、ドアの近くにほっそりした少年が立っていた。

 15になっているかどうか、というところ。大きなものうげな瞳でボーイの彼を観察している。

 白いシャツの襟を立て、スラックスの下はそのまま素足で靴も履いていない。まつ毛がラクダみたいだな、シヴァは思いながらも、一礼してワゴンを中に滑らせた。

「そこに置きっぱなしでいい、後は自分たちでやるから」

 張りのある太い声、奥のベッドルームからしていた。社長は着替えの最中らしい。

 少年の表情が、読み取り難い。シヴァ、元々人の表情を読むのが苦手なのであまり気にしたこともなかったが、今はシゴトということもあってかなり真剣に相手を読もうとしていた。

 普通の人たちは、いつもこんなに相手の事を知るのに苦労するのだろうか? 本当に、少年の考えていることが全然分からなかった。

 急に彼が言った。「ベーコンが焼き過ぎだ」

 そうなのかな? 少し不安になる。ちらっと見た感じでは、かなり美味そうなベーコンエッグなのだが。しかも少年は、それに目をやった様子もない。

 からかわれているだけなのか?

「申し訳ありません」一応、謝ってみた。「お取り換えしましようか」

「ヘイキだよ」くるりと彼は向きを変えた。そのまま奥に行ってしまうかと思ったが、またこちらをくるりと向いた。

「キミいくつ?」

「24、です」

「日本には長いんだろうね」

「はあ……」どこまで造ればいいんだろう。「そうですね、かなり長く」

「アメリカ出身なの?」

「……カナダです。アメリカにも近いですが」

 何だか、尋問されているみたいに落ち着かなくなってきた。

 少年はまた、興味を失ったように向きを変えて、手を洗いに行った。シヴァは少しほっとして、ワゴンをセットした。そうだ、下のヤツをどうしよう、こっそり連れ帰るか?それに肝心の盗聴器は、いつ仕掛けるチャンスがあるのだろうか。

「あれ」すぐそばにまた彼が立っているのに気づかず、シヴァはぎょっとした。

「それ何?」まっすぐ、ワゴンの下のバスケットを指さしている。

「あの……」

 見ていい? と聞く前に少年がバスケットを持ち上げた。と、白い塊が飛び出した。

「わあ」少年は手をたたく。

「やっぱり、そうだと思った」

 中身が逃げてテーブルとソファの方に走っていったのに、笑っている。

「ねえスエンさん、ネズミが入ってきたよ」

「何だって?」ネクタイをしながら奥から姿を現した男が、大声を出した。

「ネズミ? なんで」

「申し訳ありません、ハムスターかと思います。すぐ外の通路で拾いました」

 シヴァもあわてた。

「どこかのお客様のペットかと思いましてとりあえず捕まえたのですが」

「今ボクが逃がしちゃった」

 少年はよほどおかしいのか、笑いの発作が止まらなくなっている。

「捕まえてくれよ」スエンの方は、動物が苦手なようだった。

「ボーイさんも、頼む」

 これは好都合。シヴァは盗聴器の入ったポケットを軽く押さえて奥に入っていった。

 できれば、三か所にはつけたい。ハムちゃん、がんばって逃げ回ってください。

「ねえスエンさん、捕まえたらボク飼いたいな、あのコ」

「イヤだよ」明らかに迷惑そうな口調。

 見ると、目鼻のかっきりとした坊主頭、背も高くがっちりしたオッサンだった。

 年の頃はリーダーと同じくらいかな? 新しく会社を始めた、というバリバリ感が伝わってくる。

 彼はシヴァが入ってくるとテーブルの上にあったノートパソコンをさりげなく閉じて、

「書類とかには気をつけて、触らないように」

 それだけ言って、また奥の部屋にひっこんだ。

「ミチル」ドアを閉めながら不安げな声を出した。

「こっちの部屋には、入ってないよなまだ」

「わからない」ミチルはそれほど真剣には探してないように、腕を組んだまま何となくそのあたりを見渡している。

「たぶん、まだこの部屋にいるよ」どうしてそんなことが腕組したまま言えるのか、シヴァはもう少し真剣にソファの下などを覗いていた。

「あっ」ミチルが叫ぶ。「出てきたよ」

 白い影はシヴァの足の間を潜り抜け、ちょうどミチルの拡げた手の中にすっぽりと入っていった。

「捕まえた」子どものようにはしゃぐ。

 ちょうどテーブルの上にあったノートパソコンがかすかに鳴った。メールを着信したらしい。男が慌てて奥から出てきた。シヴァの方をちらっと見てから、少し画面を見て、それから何やらキー操作をしていた。何かの数値のようだった。それから実行キーを押して少ししてからまた画面を閉じた。

「スエンさん、捕まえたから飼っていいでしょう?」

 少し迷惑そうな顔で、スエンはボーイをみた。

「誰が逃がしたか、分からないんだろう?」

「はい」フロントで一度、確認してまいります。とハムちゃんを受けとろうと手を出した。

 ミチルはがっかりしたように、少しだけハムスターに鼻をすりよせ

「誰も出てこなかったら後で迎えに行くからね」

 小声で挨拶してから彼にそっと渡す。

 あまりにも名残り惜しそうだったので、つい

「飼い主の方が見つからなければ、またご連絡します」と言ってしまう。

 ミチルの顔がぱっと輝いた。「ありがとう」


 通路に出て、シヴァは長く吐息をついた。

 騒ぎのおかげで、思ったより早く盗聴器をつけることができた。

「キミのおかげかも」ミチルと同じように、少しだけ鼻を近づけると、ハムスターも冷たい鼻づらをちょっとつけてきた。


 彼はそのまま、自分の部屋に戻っていった。後ろからつけられているとも知らず。

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