11マス目・行け行けどんどんで進む
部屋に落ち着いたのもつかの間、カイトに早速パソコンをセットしてもらう。
その間、途中でカイトに買ってもらった解熱剤とドリンク剤を一気に服用。
点滴もしていたのに、もしかしたら自殺行為かも? と飲んだ瞬間思ったが、とにかく今は何も正しい判断ができない。
だったら来るなよ、というノギの声が聴こえたような気がした。
バカなことをしている、という自覚は十分あった、なのに、オバカ路線からどうしても外れることができない。軌道を外れた人工衛星はきっと、こんな感じなのだろう。
カイトが「セット終了」と声をかけたので近くに寄る。その時、813号室も借りていたのを思い出し、念のために通信機で作戦課を呼びだして聞く。
作戦課のコワモテ、ジャイブが出た。
「ボビーが現場に行った、捕まった様子はないからもしかしたら813かもな」
相変わらずのぶっきらぼうな言い方だが、それなりに堅い男なのでいつも信頼している。
ボビーの周波数を聞いて、試しに呼びだしてみる。すぐに彼が出た。
「リーダー?」ほっとしたような声。
「どこにいるの」
「801、ホテルの東翼一番端だ、オマエは」
「813に緊急避難した、こちらに来られる?」
「すぐ行く、」一応聞いてみる。「インフルエンザの予防接種済んでるか?」
「もちろんよ」鼻を鳴らしている。「だいじょうぶ、早く来て」
そうボビーに尋ねつつも、オレも予防接種してたんだっけ、と気づいたがもう遅い。知るか、という感じかな。通信を切って、部屋にカイトを残し、すぐに813に向かう。
813に入る直前、シヴァのいるだろう814にちらりと目をやる。
何も動きはないようだ。中に彼を見張る人間があと数人いるはずなのに、すごく静かだ。
彼はそっと813をノック。決められた回数を叩くと、すぐにドアがあいた。
「よかった」ボビーが抱きつこうとして、あまりの熱気にとっさに身をひく。
「うわ、あつっ」
入って来たリーダーをこわごわ見つめている。
「そうかな」
ようやくクスリが効いてきたような気がする。分厚いカーペットを踏んで歩いているような浮遊感にはずっと付きまとわれているものの、体も軽く、節々の痛みも遠のいている。
「こっち朝飯は? あれ? シャワーは水だけ?」
しかし聞いていることが支離滅裂なのが自分でも分かった。
「あの……あちらにはお客さんが入っちゃったのよ」困った顔のボビー。
「シヴァがセットした盗聴器、すぐモニタ始めたら、アイツらの部屋から一人、若い子がシヴァをつけてきたの。814に一緒に入って、少ししてから男がもう二人やって来て最初来た子は帰っていった。だから今、あの部屋にはシヴァも入れて三人だと思うわ」
「了解」何が了解かよく分かっていない。部屋を見回した。
ここはシヴァのいるところと作りがほぼ同じで、窓を伝わればあちらの部屋にも侵入はできる。今はする気がないが。
「若い子は、何者なの? ちょっと聞いただけだけど……匂いにうるさいらしいわね」
「嗅覚が鋭いヤツが近くにいる、とは聞いたが」
ボビーはそれを聞いて、自分の袖口に鼻を近づけた。
しばらく匂いを嗅いでいたが、ほっとしたように顔を上げた。
「香水しばらくつけてなくてよかった。あ、それから」片隅の機器を指さす。
「相互モニタは入れといたわ。今のところ、シヴァには危険はなさそう。見張りは二人いるけど、武器は持ってない」
「そうか」これで健康体ならば、何とかあちらに入って、『力』でその二人を追い出すこともできるのだろうが、今ではムリそう。病院で軽く使ったのもかなり際どかった。
「ボビーも元気そうでよかった」自分でも何を言っているのかよく分かってないのに。
「あの……ワタシ、この部屋で見張っていればいいのかしら?」
聞いていいんでしょうか? みたいなおずおずしたもの言いのボビー。
「うん、そうだね」
「ほんとうにだいじょうぶなの? リーダー」
サンライズは、ふり向いていつになく優しい笑顔を浮かべた。「いや? わかんないな」
少し怖いものをみるように遠巻きモードに入ったボビー。
サンライズはそれでも少しはリーダーらしく
「思いだした、これ」トランシーバーの大きさの機器をもう一つ手渡す。
「801に、ワタナベカイトがいるんだ、ここまで連れて来てもらったり世話にはなっているが信用は今一つだから、ここでそいつのモニタも頼む」
「カイト・ワタナベ……ああ、あのサギ小僧ね」
サンライズが変装した時に少し関わったので、ボビーも相手の顔写真位は見ていた。
「確か、逃げてたんでしょ? どういういきさつで見つけたの? 今回の件と関係あるの?」
「待ってくれ、質問は一つ」彼は手を上げた。
「今回、手伝いを頼んだ。事情はまたゆっくり話すから」
「いいわよ」ボビーは機器を手でもてあそんでいた。それでも困ったように
「メインの部屋のモニタが、今できていない状態なの」
814から逃げ出す時に、受信機の電源を切ってトランクに蓋をした話をする。
「これがカギ」わずかに迷ったようだが、結局サンライズに渡す。
「電源入れっぱなしでフタすると、熱がこもるし音がするから……」録音もされていない状態だということか。
「トランクをあの部屋から出してくれば、どの部屋でも作業はできるよな」
「あと、シヴァがいてくれれば、ね」
ワタシじゃあ設定も分からないし、とボビー、肩をすくめる。
やはりどちらにせよあの部屋のお客がジャマだ。
サンライズ、いったんカイトの元に戻ることにした。部屋を出る時、ボビーはそっと彼の頬に手を触れた。
「熱い?」聞くだけ野暮でしょう。しかしボビーは優しかった。
「そんなに。気をつけてね」
ドアが閉まり、サンライズは801へと進もうと一歩。あれ? 方向が違うか?
「反対だな」間違えて、814の前に立った。ああ、こん中に入りてえ。
近づきすぎた。ドアから離れようとして何故か、フェイドアウト。
体が大きくよろめいて背中からドアに当たり、彼はそのまま通路にのびて気を失った。




