10マス目・裏でもてんやわんやする
あのバカ、をノギは三回繰り返した。そしてもう一度、
「あの、莫迦が」万感こめて、とどめに吐きだす。
「どうしてあんな具合でゲンバに入ったんだ、しかもどこのウマノホネとも分からんヤツまで連れ込んで」
脇でシヴァのヴァイタルデータを転送してもらい、本格的にモニターし始めた作戦課のミツイマリナは、首をすくめながら課長の悪態を聞き流している。
彼女はまだ入って一年も経っていないので、何を見ても聞いても恐ろしいばかり。
頼りにしていた補佐役のボビーも突然現場に入ってしまったし、もう一人のバックヤードスタッフは怖そうなオジサンだし、いつどこに、誰に何を聞いたらいいかもよく見えてこない。
仕方ないので、ひたすら目の前のデータに集中していた。
ノギ課長がようやく、作戦課主任の八木塚、通称メイさんをとっ捕まえて何やら小言を垂れていたので、少しだけ安心して頭を上げる。
ノギが行ってしまってから、メイさんが寄ってきた。
脇のジャイブに
「ちっとモニタ全部見ててよ」と命じてからくい、とミツイを手まねきした。
ミツイを隅に寄せてから、小声で聞いてくる。
「サンライズからホテル予約頼まれたって?」
「はあ」一応、今回の指揮者はサンライズだと聞いているので、彼からの指示は第一優先事項だとわきまえていた。
「ツインで二人、名前がアオキとワタナベ」メイさんが手を出したので控えのプリントアウトを渡す。
「これ、疑われてなかった? ホテル側に」
いつもならば、もっとのんびりした物言いの直属上司の、いつになく普通のしゃべり方にミツイはドギマギしながら
「いえ……多分大丈夫かと」
メイは黙って下の部分を指さした。
「個人のプライバシーにはとやかく言わないはずだけど、チェックはされているはずだから気をつけて、ここ」宿泊目的を聞かれた時、ミツイはよく聴こえていなくて
「ご希望の階に空きがなくて、……でも構いませんか、それか二階上ならば?」
というのに
「その階でお願いします、ぜひ」とミツイは答えていた。
「これさあ……ダブルだよ」
どーする、男二人で、ダブルだよ、しかも一人はインフルエンザ。フロントに入る所みられているだろうし。
「あっ」その控えには確かに『ダブル、朝食無』とあった。
「す、すみません」
メイさんは、赤くなったり青くなったりしているミツイをほんの少しだけ憐憫を含んだ目で見ていた。しかし、眼鏡を少し持ち上げて、さばさばとこう宣言。
「……まあ、ホテルも色んな客見てるだろうし、趣味の問題だと思ってくれるのを祈るだけだね。ヤツらもオトナだから、後は自分らで何とかしてもらお」
ほら、モニタ戻って、と赤青ミツイをデスクに押しやった。




