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03

 そろそろ遠征をする必要が高まってきていた。

 この縄張り内のヘラジカは対象外となった。

 老獣や怪我持ち、そして幼獣は大方捕らえてきたからだ。健康なヘラジカに対しておいそれと命をかけるわけにはいかない。

 より一層厳しくなる冬に備えるためにも、可能な限り狩りを行わなければならない。そして狼たちはこの年もまたカリブーの移動を認めたのであった。

 それに伴い狼たちも南へ向かう。


 熱を帯びてくる空気と何度も繰り返される遠吠えの中に今度こそ加わった私はすっかり酔い、沸き立つ血を抑えきれなくて千切れんばかりに尾を振ってしまっていた。

 私は体力の回復のこともあり、今まで狩りのメンバーに含まれてはいなかったのである。私は集結地付近に留まり、交代で出かける彼らを見送り、狩ってきた獲物を食べるだけだった。

 回復していくにつれてどうにも筋肉がむず痒くなるような疼きを覚え、あまり遠くまで行かないようにしながら森を走り回るのは骨が折れた。そこでたまに小動物を狩ることもあった。

 それでも私の血は満たされることはなかった。

 どうしても仲間と共に大物を狩りたい。

 匂いを辿って遠くまで行きたい。

 否が応にもかつて家族と共に狩りに出かけたことを思い出し、切なさと疼きでいたたまれなかった。



 アンドゥルフの低くとどろくような声が丘陵を越えて山脈の向こうへと渡っていく。

 それに連なるリーベの高い声、そして次々に狼たちが声を合わせる。今回は全員で狩りをするのだ。仔狼たちにはいい経験となる。

 武者震いをしながらそれを聞き、私も声をあげる。狩りの前触れ、気持ちを高めるための儀式。それを狩りに向かう側となって聞き、また歌うのはいつ以来か。

 陶然と遠吠えに身を委ねていると、途中で夫婦の声音が変わり出発を促すものになった。一列になって次々と森へ飛び込んでいく。

 私はしんがりとなって続いた。





 針葉樹の鋭い枝の先に掛かっていた月が外れ、白みつつある空に置きざりにされた頃には森を抜けていた。

 いまや疎らに生えるのみとなった枯れ木と僅かばかりの草薮の間を通り、雪の丘を登る。

 夜の間降り続けていた雪は太陽が中天へと向かうにつれて小止みとなっていったが、空は相変わらず淀んでいる。

 なだらかな起伏が続くときには休憩を挟む。間隔が開きすぎると遠吠えで連絡しあう。

 基本的には夫婦を先頭に、前を行く狼の足跡を辿るように進む。それでも長い間走り続ければ列は乱れがちになる。


「カリブー狩りをしたことはある?」


 もちろん先導するアルファが自ら列を乱すはずがない。特にベータ以下はそれほど厳格な順位付けでもないから自然と狼同士の境界は曖昧となる。

 私は横に並んだ狼を見た。赤っぽい褐色の毛で鳶色の瞳がよく動いて私の目を覗き込む。小柄でどことなく丸みがあって可愛らしい雌狼だと思っていた。

「うん、夏に何度か。とはいってもほとんど活躍できなくて走り回っていただけだけど」

 そう答えると案の定その大きな目をくるりと動かす。その外観からかなり活発な狼なのだと思ったのだが、意外にもさほど前に出るわけでもなく、明るく朗らかな性格のようだ。

 群れで雌狼はリーベの他にその妹エティ、そして彼女イッサしかいない。だから少しずつだったけれどもイッサとは仲良くなってきている。

 エティとはまだ話したことがなかった。無口な上にどことなく地味で目立たないから姉より年上に見えるときさえある。

「じゃあ今回が本格的なカリブー狩りになるのね。角に気をつけた方がいいわ。足も速いしね。そういえば、こんなに長い距離を走って平気?」

「ええ大丈夫。もうすっかり良くなったわ」

 本当は少し疲れている。しかし久々の狩りらしい狩りに気分が高揚していて自分にはもちろんのこと、同じ気持ちであろう彼女にも水を差すようなことを言いたくなかった。

「無理するな。まだ距離はあるぞ」

 そのときまたも横に並ぶ者がいて振り返った。暗い灰色に黒っぽいたてがみが走る雄の狼。アンドゥルフほどではないが、彼もかなり体格が良い。

 私の右隣に向かって脅すように歯を剥き出している。どうやらイッサを追い払いたいらしい。

 それに気づいたイッサも彼を睨んだ。

「なによ、アクバルも早く列に戻りなさいよ。ていうかあなたベータでしょ。怒られるわよ」

 ちらりと先頭の方に目をやっても、かなりの距離が開いており見えない。

 私を挟んで小競り合いでもされたらたまらないので少し速度を上げた。

 細く鋭い目の持ち主であるアクバルはその体格も相まって随分と強面に見える。だが私に獲物を持ってきてくれることが多いのは彼だった。

 それが何を意味しているのか勘付くほどには大人になっているつもりだ。

 アクバルは夫婦に次いで順位が高い実力者である。巧妙に隠しつつも時々その瞳に過ぎる光にはなんとなく不穏なものを感じることがあった。









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