05
必ず聞かれる。
“どこから来たの?”
皆は私が北側の山脈を通ってきたことは知っている。
だから私は“そのずっと先”と答えればいい。
だが次に皆は必ず問うだろう。
“どうしてここに来たの?”と。
私は私の旅路の跡を見つめたまま、口を開かなかった。
私の中であの時の出来事は悪夢ということになっている。決して忘れることも消えることもない特殊なものとして。
それでもほんの少し顧みるだけで、あの悪夢は猛烈な毒を撒き私の胸を握りつぶそうとする。
だから私は一言だって答えることができないのだ。両親がいて兄がいて小さな弟妹たちがいてといった話すら私は教えてあげられない。
小さな弟妹たちといったら、ここの群れにもちょうど同じくらいの仔狼たちがいて、私のふるまいをさらに意味深なものにしていた。
彼らは大人より一回り小さいかほとんど同じくらい、群れの序列を学び始め、狩りはまだまだ未熟なものの、好奇心旺盛で遊ぶことが大好きであった。
私の弟妹たちももう少ししたらこんな風だったろうか……なんて思うと苦しくなった。
仔狼たちの中で一番末っ子に当たる雌狼に私は特に惹かれていた。
その理由はすぐにわかった。顔立ちや毛色もほとんど共通するところはないというのに、私には重なって見えるのだ。
あの夜、私がくわえていた妹フィナに。
同じところといえば年のほどくらい、ただ体格だけはフィナがもう少し成長したらこれくらいなのだろうという見本になった。
私は悪夢を、ちょうど湖の水が凍るように、氷で固めていた。
この末の仔クローネだけが、その明るい灰褐色の毛並みでもって照らし出せるとでもいうように、その氷を溶かそうとする。分厚いようで実はとても脆いものであることを私は知っている。
私が言葉を紡がないのは私ができうる精一杯の防御手段だからだった。
クローネを見ると切なさと申し訳なさが溢れ出てきて私をおかしくさせる。
何かしてあげたくて、だけど何をしたらいいかもわからず、なのに胸が詰まってくるからろくに目も合わせられず、声もかけられない。
こんな奇妙な感情に振り回された私を不審がらないはずはない。
現にクローネもなんとなく私を避けているようであった。
相変わらず私はオメガだし、群れに馴染もうと従順であろうとした。それでも秘密を抱えているということはその分だけの氷壁を生むものだ。
優しくされたり時に遊びに加わったりしても、私は彼らとの間にその壁があることを感じずにはいられなかった。
それにアクバルやイッサを除いて、なんとなく皆が遠巻きに眺めているだけなのは、私の特異な容姿のせいもあったのかもしれない。
好意的だった家族のおかげでコンプレックスにならずにすんだせいもあり、つい忘れてしまいがちになっていたが白い毛はともかく私の目は随分と奇妙な色なのだ。
この群れに入ったばかりの頃、歓声をあげて覗き込んできたのはイッサだった。それがきっかけで彼女と仲良くなった。そしてそれはイッサだけだ。
仔狼たちは私の目を見たとき恐いと言って逃げてしまった。あなたたちの父親も相当おかしな目をしているけどね。と私は心の中で呟いていた。
そういえば、その彼のことだが。
「え?アンドゥルフはよそから来た狼なの?」
私は驚いてイッサを見つめた。彼女とおしゃべりをしていたときのことだった。
「そうなの。リーベの弟妹はブレマンとハル、それからエティでしょ。私とロークは元々この群れにいたの。そしてアンドゥルフがやって来たの」
「じゃあオルクスとカイ、それとアクバルはアンドゥルフがこの群れに来てアルファになってから仲間になったのね」
ロークは最年長の狼、そしてオルクスとカイは双子の兄弟であった。
「そう、あの年は色々大変でね。ロークとブレマンが怪我をして、エティも病気にかかってしまったの。仔狼たちもちょうどその年に生まれたし。だから仲間が必要だったのよ」
私はもっと踏み込んだこと、アンドゥルフがこの群れに来た経緯を聞こうとしたが、イッサは微笑んだ。
私は口をつぐんだ。その笑みは自分もよくやっていたからだ。自分のことを何も明かさないくせに、それは虫のいい話だろう。
そうなのだ。容姿のことは慣れてもらうのを待つしかないにしても、余分な氷壁を生むことは避けられるはずだ。
でも私は己の内にある毒をくらって平気でいられる自信は到底なかったし、それを外に撒き散らす勇気も持ち合わせていなかった。
私はいつだって曖昧に微笑むしかなかったのである。