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01

 胸の黒い褐色の翼の鳥が舞っている。

 地面の様子でも眺めているかのように、わりと低空飛行で悠々と翼を広げていたが、やがて向きを変えて飛び去っていった。

 見通せるほどに澄んだ空に、あの鳥の黒々とした飛行の跡がいまだ浮かび上がるような気がして、私は瞬きを繰り返す。

 秋の空は自分までも透き通っていくようだった。


 柔らかく湿った草地が心地良く、振り返ると私の家族は陽光を背に受けてまどろんでいる。

 ただ大人たちが眠っているその隅で毛玉が四頭、何やら組んず解れつの大騒ぎを始めていた。窪地を走る小川を飛び越え駆けつけると、軽く叱りつけて引き離す。生えかわる歯のむず痒さと肉の味を覚えてから湧き上がる活力を抑えきれず、やっと乳臭さが取れたばかりといった彼らは少しでも目を離せば騒ぎを起こす。

 姉の私を見て甘えてすり寄ってきたり逆にそっぽを向いたり。そんな彼らから陽だまりと土ぼこりの匂いを吸い込み、私は温かな気持ちになった。

 彼らの傍に横になり目の前の藤色の花を見るともなしに見つつ、風の中の微細な匂いを嗅ぎ分けていた。狼たちの匂いや遠く風に運ばれてくる匂いや木々やそこに住まう生物の匂い、でもこの花の淡い香がわかる。そのことが少し誇らしい。

 秋の色が濃ければそれだけ冬は厳しい。母の言葉を思い起こして、薄目を開けてもう一度斜面を見渡す。下方には柔らかい緑とこがね色とに彩られた平野とそれを横切る川があり、今私たちがいるような砂礫の尾根が続き、疎らではあるが草木が生えている。また所々目の覚めるほど鮮やかな落日色の花を見つける。遥かへと馳せれば万年雪を頂く山脈が薄雲をまとって波打っている。

 今年の秋が実り豊かなものなのか、比較対照する記憶がないのでよくわからない。私が生まれて初めての秋はとにかく食べることと遊ぶことしか頭になかった。去年の秋は狩りの方法を学ぶことで懸命だった。

 狩りを覚え、曲がりなりにも一人前となって、守るべき小さな命を己も掻き抱くことで、初めて世界ははっきりとした輪郭を持ったのである。


 確かに今秋の彩りは鮮やかなものに違いない。なによりも食糧に事欠くことがなく、育ち盛りの仔狼たちの腹を常に満たすことができているといっても過言ではない。おかげでこの年の子育ては非常に順調なのである。仔狼たちの体格は総じてすこぶる良い。

 夏の終わりというよりは冬の始まりといった方が正しい、北国の束の間の秋は透明な空にその命を静かに燃やし尽くさんと最後の宴に興じていた。鼻腔を過ぎる匂いはどこまでも甘い。







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