本編第四章 『春の嵐は、お弁当のあとに』
運動会。
それは、学生の本分たる学業を離れ、心身の鍛錬を披露する平和な祭典――ではない。
この世界における運動会とは、即ち『見本市』だ。
国を動かす重鎮、財界のトップ、裏社会のドン。
そういった「保護者」たちが、観覧席という名の品評会場から、次世代の戦力(子供たち)を値踏みする。
優秀な生徒には、卒業後のヘッドハンティング、政略結婚のオファー、あるいは暗殺リストへの登録が待っている。
「……帰りてえ」
俺、桜川ハルは、入場ゲートの裏で空を仰いだ。
空には巨大なホログラムスクリーン。映し出されているのは、VIP席で優雅にワインを傾ける俺の母親(女神)だ。
『さあ始まりました、王立高等魔法学園・春の大運動会! 実況は私、理事長特権で無理やりねじ込んだ桜川モモネがお送りします! 解説は、隣にいらっしゃる夏目財閥会長と、皇国の皇帝陛下です!』
(親が実況するな。公私混同も甚だしい)
そして、グラウンドには四つの陣営が殺気を放って対峙していた。
クラス対抗ではない。この学園では、魔法属性と本人の資質により、強制的に四つの季節寮に分けられる。
灼熱の『夏組』。リーダーは、夏目ヒマワリ。
極寒の『冬組』。リーダーは、江戸川アオイ。
黄昏の『秋組』。リーダーは、月乃下ミサキ&彼岸サヤカ。
そして、俺が所属するのは――
「ハルお兄ちゃん! 二人三脚の紐、鎖に変えておいたわ! これで一生離れられないね!」
「……頼むから普通の紐にしてくれ。足の血流が止まる」
麗らかなる狂気、『春組』。
俺と、皇ヒヅキが所属するチームだ。
ちなみに、春組の他の生徒たちは、ヒヅキの殺気に当てられて全員辞退したため、実質俺とヒヅキの二人だけである。
「それでは第一種目、『100メートル障害物競走(地雷原・魔獣エリア付き)』、スタート!」
号砲(実弾)が鳴り響いた。
◇
グラウンドは戦場と化した。
魔法が飛び交い、爆発音が轟く。
「燃え尽きろォォォ! 私の走りは光より速い!」
ヒマワリが背中からジェットバーナーのような炎を噴射し、爆走する。
彼女が通った後はアスファルトが溶け、夏組のモブ生徒たちが熱中症で倒れていく。
「……寒い。動きたくない」
アオイはスタート地点から動かない。
だが、彼女の周囲には絶対零度の結界が張られ、近づく者は全て氷像と化す。
そして、氷の床を滑るようにして、コタツに入ったまま優雅に移動を始めた。
「これが『冬の時代』の進軍よ」
「……枯れなさい」
「フハハ! 我らが通る道は冥府への一本道!」
ミサキとサヤカの秋組コンビは凶悪だ。
ミサキが毒霧で視界を奪い、サヤカが地面から彼岸花を咲かせて足を絡め取る。
秋組のテーマは「生命の衰退」。走る気力を奪う精神攻撃が主体だ。
そして、俺たち春組は。
「邪魔よ! ハルお兄ちゃんの視界に入らないで!」
ヒヅキが暴れまわっていた。
彼女の魔法は『水』だが、その使い方は高圧洗浄機も真っ青のウォーターカッターだ。
障害物の岩も、襲いかかる魔獣も、対戦相手の生徒も、全てスライスしていく。
「ヒヅキ、やりすぎだ! これじゃ競技にならない!」
「大丈夫よハルお兄ちゃん! ゴールには私たちが愛の巣を張るの!」
ダメだ、会話が成立しない。
観客席の保護者たちは、「ほう、皇の娘は殺傷能力が高いな」「夏目の火力も捨てがたい」と、まるで兵器の品評会のように盛り上がっている。
『おやおやー? 春組のハルくん、逃げ回ってばかりですねー? ママは悲しいです。もっとこう、男を見せなさい!』
スピーカーから母の声。
同時に、フィールドのギミックが作動した。
俺の足元から、巨大な食人植物が飛び出してくる。
(身内を殺す気か!)
◇
競技は進み、最終種目『騎馬戦』。
生き残った4チームによる総力戦だ。
ルールは簡単。敵の大将のハチマキを取るか、あるいは「戦闘不能」にすれば勝ち。
中央で対峙する四つの騎馬。
夏組騎馬は、炎の魔人で構成されている。
冬組騎馬は、ゴーレムが御輿を担いでいる。
秋組騎馬(ミサキ&サヤカ)は、スケルトンの群れが騎馬を組んでいる。
そして春組は、俺がヒヅキをおんぶしている状態だ。
騎馬ですらない。ただの介護だ。
「行くぞハル! 貴様を焦がして、私のものにしてやる!」
「……永遠に眠らせて、私の抱き枕にする」
「……毒で痺れさせて、ホルマリン漬けよ」
「呪ってあげる。死んでも一緒よ」
全員の狙いが俺(の命または貞操)に向いている。
四方から放たれる極大魔法。
炎、氷、毒、呪い。
回避不可能。防御不可能。
『さあ絶体絶命! ハルくん、どうする!? ここで死ぬのもまた一興!』
(……ふざけんな。俺は生きるぞ。そして、平和に弁当を食うんだ!)
俺は覚悟を決めた。
春。それは戦いの季節ではない。
雪解け。芽吹き。そして――『宴』の季節だ。
「ヒヅキ、耳を塞いでろ!」
「えっ?」
俺は全魔力を解放する。
攻撃のためではない。この殺伐とした空気を、強制的に書き換えるために。
「フィールド展開! 固有結界・『上野公園の桜並木(お花見・宴会・無礼講)』!!」
ドォォォォン……!
爆発音の代わりに、ポンッという間の抜けた音が響いた。
一瞬にして、グラウンドの景色が変わる。
満開の桜並木。
舞い散るピンク色の花びら。
そして、地面にはいつの間にかブルーシートが敷き詰められ、重箱に入った豪華なお弁当とお茶、そして三色団子がセットされていた。
「な……んだこれは!?」
ヒマワリの炎が消える。
「……なんだ、この『酒を持ってこい』と言いたくなる空気は」
「……眠気が……いや、これは『ほろ酔い』の気配……」
アオイがコタツから出て、ブルーシートの上でゴロゴロし始める。
「……戦うのが、馬鹿らしくなった」
ミサキとサヤカが、毒瓶を置いて団子を食べ始めた。
俺の魔法は、強制的に『お花見テンション』を付与する。
敵意は「まあ一杯どうですか」という社交辞令に変わり、殺意は「桜が綺麗ですね」という風流な心に変換される。
「さあみんな! 戦争なんてやめて、弁当食おうぜ!」
俺が重箱を開けると、そこにはタコさんウィンナーと卵焼き。
その家庭的な破壊力に、観客席の大人たちさえもが息を呑んだ。
『……えー、ただいま、フィールド全体が「飲み会会場」と化しました。選手たちは……全員で肩を組んで歌っています! これが……平和!?』
殺し合いを期待していた大人たちが、毒気を抜かれていく。
やがて、VIP席の皇帝陛下が立ち上がり、拍手を送った。
「見事だ。武力による制圧ではなく、文化による融和。これこそが次世代の王の器か!」
(いや、ただの宴会芸です)
◇
結果。
運動会は「春組の優勝」となった。
理由は「一番楽しそうだったから(理事長判定)」。
表彰台の真ん中で、俺は賞状の代わりに「大量の三色団子」を受け取った。
両隣には、宴会芸で意気投合したヒマワリとアオイ。
後ろでは、ミサキとサヤカが酔っ払って(雰囲気酔い)詩を詠んでいる。
そして、ヒヅキは俺に「あーん」を迫ってくる。
春の陽気の中、俺は思った。
世界を救うのは、剣でも魔法でもない。
ブルーシートと、唐揚げなのかもしれない、と。
これが、女神のやることか。
俺の高校生活の1ページは、桜色ではなく、茶色の揚げ物色に染まったのだった。
お読みいただきありがとうございます!
「運動会で花見は新しい」「唐揚げ最強説」と思っていただけたら、
ブックマークや評価(★)をパクッ!と食べていただけると、唐揚げの衣がサクサクになり、女神(作者)の筆が揚がります!
さて、次回は学生の本分、「中間テスト」です。
しかし、机に向かってカリカリするだけが勉強ではありません。
開幕、「知の迷宮・サバイバル編」です!
【次回予告】
『あらあら、ハルくん。運動会で筋肉を使ったら、次は脳みそを使いましょう!
中間考査! その実態は、古の賢者たちが遺した「死の謎掛け」!
襲いかかる「数字の暴力(物理)」! 蘇る「歴史の亡霊」!
そして最深部で待つのは、己の黒歴史を映し出す「真実の鏡」!?
「私の秘密……? 言えるわけないじゃない!」
「言え! さもなくば赤点(マグマ遊泳)だ!」
ヒロインたちの恥ずかしい秘密が暴露される時、ハルは最大の「デレ」を見せることになる!
次回、これが女神のやることか。
『本編第五章 赤点はマグマの味、そして暴かれる黒歴史』
さあハルくん。カンニングは命取りよ! その「ツンデレ」で世界を救いなさい!(あ、パンダのパジャマは可愛いわよ☆)』




