本編第三章 『飼育小屋という名の地下闘技場(コロシアム)』
学校生活における「係活動」。
それは、クラス運営を円滑にするための奉仕活動であり、生徒たちの自主性を育む場である。
黒板消し係、美化係、図書係。
どれも平穏で、牧歌的な響きだ。
だが、俺が任命されたのは、そんな生易しいものではなかった。
「桜川。貴様には『いきもの係』を命じる」
担任の筋肉ダルマが、辞令書を突きつけた。
そこには『特務・生物災害制圧及び管理委員会』と書かれていた。
「……先生。漢字が読めないんですが、これ『いきもの係』ですか?」
「そうだ。ウサギやニワトリの世話をする、心温まる仕事だぞ」
「じゃあ、なんで俺の手当に『危険手当』と『生命保険の案内』がついてるんですか?」
「貴様には『猛獣使い』の才能があるからな。クラスのあの『五大厄災』を手懐けている実績を買われたのだ。行け、地下へ!」
地下? 飼育小屋って校庭の隅にあるもんじゃないのか?
◇
学園地下50階。
そこは、薄暗い照明と鉄格子、そして機械油と獣の臭いが入り混じる、巨大な地下闘技場だった。
壁には『えさをあたえないでください(指が飛びます)』という注意書き。
「……ここ、バイオハザード起きてない?」
俺が呆然としていると、背後からゾロゾロといつもの面々がついてきていた。
「ハルお兄ちゃん! 私も『いきもの係』になったわ! ハルくんという『いきもの』を飼育するために!」
ヒヅキが手錠と首輪をジャラジャラさせている。
「ハル! ここなら私の炎でバーベキューができると聞いたぞ!」
ヒマワリがフォークとナイフを構えている。
「……暗い。落ち着く。ここなら安眠できそう」
アオイが枕を抱えて欠伸をする。
「……毒の実験台がいっぱい。素敵な場所ね」
ミサキが注射器の中身を確認している。
「フハハ! 魔獣の群れか! 我が配下に加えるには相応しい!」
サヤカがマントを翻す。
……全員ついてきやがった。
俺の平穏な係活動は、始まる前から崩壊している。
『ハルくん、聞こえますか? ママです』
(今度は何だ。帰っていいか?)
『ダメです。ここの管理者が暴走モードに入りました。鎮めないと、地上に「殺人ニワトリ」の群れが溢れ出して、学園がパニック映画になります』
その時、闘技場の奥から、地響きのような唸り声が聞こえた。
鉄格子がひしゃげ、巨大な影が飛び出してくる。
それは、ニワトリだった。
ただし、体高3メートル。全身がミスリル合金の羽毛で覆われ、トサカからは高出力レーザーを放ち、嘴はチェーンソーのように回転している。
「コケコッコー(死ね)!!」
殺意が高すぎる。
「あれが……ニワトリ……?」
「この世界の『進化』の定義、どうなってんだよ!」
メカニワトリが、目にも止まらぬ速さで突進してくる。
回転する嘴が、コンクリートの床を豆腐のように切り裂く。
「危ないハルお兄ちゃん! 『水流障壁』!」
ヒヅキが水の壁を展開するが、メカニワトリの嘴はそれを容易く蒸発させて突破する。
「水など効かん! 焼き鳥にしてやる! 『太陽のフレア(ソーラー・バースト)』!」
ヒマワリが極太の熱線を放つ。
だが、ミスリル合金の羽毛が熱を反射し、拡散したレーザーが天井を蜂の巣にする。
「……反射するなら、潰す。『重力・圧殺』」
アオイが指を下ろす。
ニワトリの動きが止まるが、足元のジェットブースターが点火し、無理やり重力を振り切って加速した。
「物理も魔法も効きづらい……! なんてタフな食材なの!」
「食材扱いするな! あれは『飼育動物』だ!」
俺は叫ぶ。
こいつらは殺す気満々だが、俺の役目は『飼育』だ。殺処分ではない。
「……なら、私が病気にさせる。『致死性ウイルス・霧』」
ミサキが紫の毒霧を散布する。
「機会にウイルスは効かないわよバカ!」
「我が呪いならどうだ! 『深淵の鎖』!」
サヤカが黒い鎖で拘束を試みるが、ニワトリの怪力で引きちぎられる。
ダメだ。力押しでは勝てない。
相手は生物と機械のハイブリッド。本能とプログラムが暴走している状態だ。
(……どうする? 弱点は?)
『ハルくん、思い出してください。ニワトリは何を求めているのか』
(餌か?)
『いいえ。彼は「朝」を告げたいのです。でもここは地下。太陽がない。だから彼は怒り、破壊の限りを尽くして「夜明け」を探しているのです』
(……なんて迷惑な生活リズムだ)
だが、理屈は分かった。
俺は前に出る。
殺気立つ5人の少女たちを手で制し、暴走するメカニワトリの正面に立つ。
「コケ……?」
ニワトリが俺を見る。その赤いカメラアイが点滅する。
「お前、朝が来なくて不安だったんだな」
「コケェッ!!(うるさい、滅びろ!)」
突進してくる。
俺は逃げない。
俺の属性は『春』。そして『始まり』。
俺がその気になれば、いつだってそこは『朝』になる。
「魔法・『春眠暁を覚えず(フェイク・モーニング・グローリー)』!!」
カッッッ……!
俺の全身から、柔らかく、それでいて強烈な「朝日のような光」が放たれる。
それは攻撃魔法ではない。
ただの環境魔法。
小鳥のさえずり(BGM)。爽やかな風。そして、カーテン越しに差し込むまどろみの光。
地下の殺伐とした空気が一変し、日曜日の朝7時のような平和な空気に包まれる。
「コ……コケ……?」
メカニワトリの動きが止まった。
カメラアイの光が、赤から穏やかな緑へと変わる。
彼は見たのだ。俺という『太陽』を。
「コ……コケッコー(朝だ……)」
ガション、プシュー……。
メカニワトリのジェットブースターが停止する。
嘴の回転が止まる。
彼は満足げに首を伸ばし、高らかに時の到来を告げた後――その場にうずくまって『二度寝モード』に入った。
「……寝た」
静寂が戻る。
俺は額の汗を拭う。
ただの発光魔法だが、精神的な充足感を与えて沈静化させたのだ。これが『飼育』だ。
「……すごい」
後ろで見ていた5人が、呆然と呟く。
そして次の瞬間、彼女たちの目が変わった。
「……ハルお兄ちゃん。今の光、すごく温かかったわ」
ヒヅキが潤んだ瞳で近づいてくる。
「私にも、毎朝あの光を浴びせてくれる?」
「ズルイぞ! 私は太陽だが、ハルの光は……こう、優しいのだ! 私にも当てろ!」
ヒマワリが割り込んでくる。
「……安眠できる。ハル、私の枕元で光ってて」
アオイが俺の背中にしがみつく。
「……浄化される。私の中の毒が、消えていくみたい」
ミサキが俺の腕に頬を擦り寄せる。
「……光属性だと? 我が闇を照らす光……尊い」
サヤカが拝み始めた。
『おめでとうハルくん! 「猛獣使い」の称号がランクアップしました! これで、人間以外の生物からもモテモテです! もちろん、人間のメス(猛獣)からも!』
(……俺はLED照明じゃないんだぞ)
こうして、メカニワトリの暴走は止まった。
だが、その日以来、俺の『いきもの係』の仕事は、地下の魔獣の世話ではなく、
「毎朝、5人の少女たちに『おはよう』の魔法をかけて回る」という、謎の儀式へと変貌した。
飼育小屋の主は、間違いなく俺だ。
だが、檻の中にいるのは、どう見ても俺の方だった。
これが、女神のやることか。
俺の青春は、今日もカオスという名の柵の中で回っている。
お読みいただきありがとうございます!
「メカニワトリの朝チュン(物理)」「ハルが一番の猛獣使い」と思っていただけたら、
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さて、次回は学園の一大イベント「運動会」です。
しかし、この学園でまともなスポーツが行われるはずがありません。
開幕、「バトルロイヤル・運動会編(殺し合い)」です!
【次回予告】
『あらあら、ハルくん。ニワトリを手懐けて調子に乗っていませんか?
春の大運動会! その実態は、次世代兵器の見本市!
燃え盛るトラック! 凍りつく応援席! そして飛び交うのは「実弾」!?
「位置について、よーい……(ガシャン)」
「撃てェェェ!!」
最弱の「春組」に配属されたハルが、生き残るために選んだ最終兵器とは――
「唐揚げ」と「ブルーシート」!?
次回、これが女神のやることか。
『本編第四章 戦場に咲く桜と、仁義なきお花見』
さあハルくん。走る前に遺書を書きなさい! ゴールテープの代わりに「地雷」が待っていますよ!(ドカーン☆)』




