本編第一章 『悪役令嬢は、カオスに勝てない』
15歳。
それは義務教育を終え、大人の階段を登り始める年齢。
青春。恋。部活。そして勉強。
輝かしい未来への希望を胸に、少年少女たちは新たな学び舎の門をくぐる――はずだった。
「重い」
「愛の重さよ、ハルお兄ちゃん」
「物理的に重いって言ってるんだ」
王立高等魔法学園の入学式当日。
俺、桜川ハルの右腕には、皇ヒヅキ(ヤンデレ)がまるで呪いの装備のようにしがみついていた。
「ハル! 見ろ、私のために太陽が輝いているぞ! 今日も絶好の光合成日和だ!」
「暑苦しいから離れろ」
左腕には、夏目ヒマワリ(人間火力発電所)がぶら下がっている。体感温度が局地的に真夏日だ。
「……ハル。眠い。背負って」
「自分で歩け」
背中には、江戸川アオイ(布団の覇王)がのしかかっている。王の威厳はどこへ行った。
「……ハル。私の影を踏んで歩いて。貴方がいないと、太陽が眩しすぎて溶けちゃう」
「日傘をさせ」
足元には、月乃下ミサキ(メンヘラマフィア)が影のように付き従っている。
四方八方、塞がっている。
俺のパーソナルスペースは、過去15年間で消滅した。
周囲の新入生たちが、「あれが噂の……」「『厄災のカルテット』の中心点……」「関わったら死ぬぞ」と囁きながら、モーゼの十戒のように道を空けていく。
(……俺は、ただ平穏に暮らしたいだけなのに)
俺がため息をついたその時、脳内にあのファンファーレが鳴り響いた。
『ご入学おめでとうございまーす! ハルくん、高校デビューの調子はどうですか?』
(最悪だ。お前のせいでな)
『そんなハルくんにもっと最悪なお知らせです。クラス分け表を見てください』
俺たちは、掲示板の前にいた。
最新鋭のホログラム掲示板には、1年Sクラス(特進科)の名簿が浮かび上がっている。
1番 江戸川アオイ
……
12番 皇ヒヅキ
13番 桜川ハル
……
25番 月乃下ミサキ
26番 夏目ヒマワリ
(……全員同じクラスかよ。まあ、予想はしてたが)
『注目すべきはそこではありません。名簿の最後、30番を見てください』
視線を下ろす。そこには、禍々しい赤色のフォントで名前が刻まれていた。
30番 彼岸サヤカ
『彼女こそが今回のメインターゲット。通称「彼岸花の悪役令嬢」。放っておくと魔王として覚醒し、この学園を魔界へのゲートに変える危険人物です』
(魔王? またスケールがでかくなったな)
『彼女は「孤独」を力に変えるタイプの魔法使い。クラスで孤立すればするほど魔力が強まり、最終的に世界を呪ってドカンです。阻止条件はただ一つ。「彼女と友達になって、キラキラの青春を味あわせること」!』
(俺にギャルゲーの主人公みたいなことをさせようとするな)
『失敗すれば、ハルくんの高校生活は「毎日がデスゲーム」になります。それでは、いってらっしゃーい!』
通信が切れる。
俺は頭を抱えた。デスゲームは勘弁だ。
◇
1年Sクラスの教室。
そこはすでに、異様な空気に包まれていた。
教室の一番奥、窓際の席。
そこに、一人の少女が座っていた。
燃えるような真紅の髪。血の色を思わせる瞳。
制服の上からでも分かる、棘のある雰囲気。
彼女の周囲半径2メートルには、誰も近づこうとしない。
机の上には、毒々しい赤い花――彼岸花が一輪、花瓶に挿されている。
「……愚民どもが」
彼女――彼岸サヤカが呟く。
その声は冷たく、そしてどこか芝居がかって響いた。
「我は彼岸サヤカ。冥府への案内人にして、孤独を愛する者。……馴れ合うつもりはない。我が領域に踏み入れば、魂ごと刈り取るぞ」
おお、まさしく悪役令嬢。あるいは、ただの重度の中二病だ。
教室内の空気が凍りつく。
誰もが「関わっちゃいけない」と本能で悟っている。
だが、俺の周りにいる『厄災』どもは違った。
「……気に入らないわね」
ヒヅキが目を細める。
「ハルお兄ちゃんの隣の席は私のはずよ。なんであの赤いの、勝手に座ってるの?」
「……暗い! 暗すぎるぞ!」
ヒマワリが吠える。
「新学期だぞ! もっとパッションを出せ! あの花、ドライフラワーにしてやろうか!」
「……不快だ」
アオイが扇子で口元を隠す。
「教室は神聖なる学びの場。あのような負のオーラを撒き散らすなど、風紀が乱れる」
「……私とキャラが被ってる」
ミサキがボソリと言う。
「ダウナー系で黒髪と赤髪……。ライバル企業の娘ね。潰さなきゃ」
待て待て待て。
魔王が覚醒する前に、この四人が戦争を始めそうだ。
俺は仕方なく、四人を制して前に出た。
「おい、お前ら落ち着け。俺が挨拶してくる」
「ハルくん!? ダメよ、あんな毒花に近づいたら!」
俺はサヤカの席へと歩み寄る。
彼女の周囲には、目に見えない『拒絶の結界』が張られているのが分かった。
心の壁だ。近づく者を無意識に威圧し、遠ざける魔法。
「……何用だ、愚民」
サヤカが顔を上げる。その瞳が赤く光る。
「我が結界に入るとは命知らずな。……死にたいのか?」
普通ならここで怯む。
だが、俺は15年間、神の理不尽と幼馴染たちのカオスに揉まれてきた男だ。
これくらいの威圧感、朝飯前である。
「いや、死にたくはないかな。俺は桜川ハル。よろしく」
「……は?」
サヤカが拍子抜けしたような顔をする。
「き、聞こえなかったのか? 我は魔王の器! 近づけば呪われると言って……」
「その花、水変えたほうがいいぞ」
俺は机の上の彼岸花を指差した。
「茎が少しぬめってる。このままだと枯れるのが早い」
俺の魔法属性は『春』。植物の状態には敏感だ。
指先から微弱な魔力を放ち、花瓶の水を浄化し、花に活力を与える。
しおれかけていた彼岸花が、一瞬で鮮やかに咲き誇った。
「な……っ!?」
サヤカが目を見開く。
「き、貴様、何をした!? 我が『死の象徴』を、こんなに生き生きと……!」
「花は愛でるもんだろ。あと、自己紹介の途中だったな。君は彼岸サヤカ。俺はハル。それだけで十分だ」
「……調子が狂う」
サヤカの『拒絶の結界』が、少しだけ揺らいだ。
なんだ、意外とチョロいのか?
そう思った瞬間だった。
「ハルお兄ちゃんから離れなさいよこの泥棒猫おおおおおお!」
「問答無用! 焼き尽くしてやるうううう!」
背後から、ヒヅキの『水流魔法(高圧カッター)』と、ヒマワリの『熱風魔法』が同時に放たれた。
標的はサヤカ。挨拶もなしに極大魔法をぶっ放すな!
「ひっ!?」
サヤカが悲鳴を上げる。
悪役令嬢の仮面が剥がれ、ただの怯える少女になる。
「させるか!」
俺はサヤカの前に立ちはだかる。
右手に水の刃、左手に熱波。
まともに受ければ消し炭だが、俺には秘策がある。
「二人とも、廊下に立ってろ! 魔法・『春の交通安全運動』!」
俺が両手を掲げると、教室の床から巨大な『桜の木』が高速で生えた。
その枝がクッションとなり、ヒヅキとヒマワリの攻撃を優しく、しかし強制的に受け止める。
さらに、伸びた枝が二人を絡め取り、簀巻きにして空中に吊り上げた。
「「うぐっ!?」」
「廊下で反省してろ」
俺は枝を操作し、二人を窓から廊下へと放り出した。
教室が静まり返る。
サヤカは腰を抜かし、俺を見上げて震えていた。
「……何者だ、貴様」
「ただのクラスメイトだよ」
「……魔王より、怖い」
どうやら、最初のフラグはへし折れたようだ。
代わりに、妙な勘違いをされた気がするが。
『おめでとうハルくん! 「魔王候補」とのファーストコンタクト成功! でも、彼女の中でハルくんの評価が「要注意人物」から「私の理解者」に書き換わりました!』
(……え?)
サヤカが立ち上がる。
その頬は紅潮し、瞳には怪しい光が宿っていた。
「……ふ、ふふふ。面白い。気に入ったぞ、桜川ハル」
彼女はビシッと俺を指差した。
「貴様を、我が『最初の配下』にしてやる! 光栄に思え!」
「……友達なら普通になってくれないか?」
「断る! 我々は共に世界を堕とすのだ!」
こうして、俺の高校生活は幕を開けた。
幼馴染のカオス軍団に加え、中二病の魔王候補がパーティイン。
教室は初日から半壊。
これが、女神のやることか。
俺の青春は、すでに終了しているのかもしれない。
お読みいただきありがとうございます!
「中二病かわいい」「サヤカのチョロさは世界を救う」と思っていただけたら、
ブックマークや評価(★)をドーン!と押していただけると、サヤカちゃんの「魔眼」が輝き、女神(作者)のモチベーションが爆上がりします!
さて、次回は学園行事の定番「遠足」です。
しかし、このクラスでまともな「飯盒炊爨」ができるわけがありません。
開幕、キッチン・ウォーズ(生物兵器開発)です!
【次回予告】
『あらあら、ハルくん。中二病の悪役令嬢を手懐けたと思ったら、今度は胃袋の危機ですか?
新入生歓迎遠足! その実態は、仁義なき「闇鍋」デスマッチ!
火炎放射で炭化する野菜! 重力でダイヤモンド化する米!
そして鍋の底から召喚されるのは――古の邪神「カレモン(激辛)」!?
「グルルル……オ前ヲ、喰ウ……」
「ふざけんな! 食材が喋るな! 俺が食う側だ!」
阿鼻叫喚のランチタイム! ハルの「春」は、この地獄の厨房に平和をもたらすことができるのか!?
次回、これが女神のやることか。
『本編第二章 地獄のキッチンと、這い寄る混沌』
さあハルくん。残さず食べなさい! それが男の子(生贄)の務めですよ!(おかわりもあるぞよ☆)』




