表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
これが女神のやることか  作者: これが女神製作委員会
3/5

第三章 『月下美人は夜に(病んで)咲く』

 秋。それは読書の季節。


 涼やかな風が吹き抜け、夜が長くなり、インドア派の俺にとっては最高の季節だ。

 俺は今、発売されたばかりの週刊少年漫画誌を片手に、至福の時を過ごしていた。


「ハルくん。残念なお知らせです」


 その至福を、ピンク色の悪魔(母)がぶち壊しに来た。

 手には不穏な紫色の液体が入った小瓶を持っている。


「なんだよ。今いいところなんだ」


「このままだと、その漫画の連載、来週で終わりますよ?」


「は? 人気投票一位だぞ」


「作者が廃人になるからです。正確には、世界中のクリエイターが」


 女神モモネは、小瓶をチャプチャプと揺らす。


「これは『ドリーム・ヘイズ』。飲むと脳がとろけて、何も考えられなくなる魔法薬です。これを開発した裏組織が、あろうことか『創作活動は苦しみを生むから、みんなラリって幸せになろうキャンペーン』を始めようとしています」


「……俺の楽しみを奪う奴は許さん」


「いい返事です。敵は『月下組織ムーンライト・シンジケート』。ボスの娘が、今夜取引現場に現れます」


 俺は漫画を閉じた。

 愛と勇気はどうでもいい。だが、来週の休載だけは阻止する。


 ◇


 ネオンサインが毒々しく輝く、歓楽街の裏路地。

 秋の夜風は冷たいが、ここには腐った生ゴミと鉄錆の匂いが充満している。

 7歳児が来る場所ではないが、俺はもう人生3回分くらい生きている気分なので問題ない。

 廃工場のような倉庫の屋根に、俺は降り立った。

 眼下には、黒服の男たちが数人。そして、その中心に一人の少女が座っていた。

 豪奢なゴシックドレス。透き通るような白い肌。

 夜闇そのものを切り取ったような長い黒髪。

 その儚げな美貌は、まさに『月下美人』の名に相応しい。

 だが、その瞳は死んでいた。

 ハイライトがない。深淵だ。


「……つまらないわ」


 少女――月乃下ミサキが呟く。

 彼女の周りには、意識を失って白目を剥いている男たちが転がっていた。

 見覚えがある。あの「小石」と「陸田」だ。どうやらこの組織の使いっ走りに出戻っていたらしいが、すでにボスの娘の手によって沈められている。


「壊れる時だけが一瞬輝く。人も、世界も」


 ミサキは手に持った『ドリーム・ヘイズ』の瓶を見つめる。

 そして、おもむろにそれを地面に叩きつけようとした。


「これを下水道に流せば、この街の水道水はすべてハッピーセットね。壊れちゃえ」


「待て待て待て!」


 俺は屋根から飛び降りた。

 着地と同時に、風魔法でクッションを作る。


「誰?」


 ミサキが気だるげにこちらを見る。

 その視線だけで、俺の精神メンタルが少し削られる気がした。負のオーラがすごい。


「通りすがりの読書家だ。それを流すのはやめてくれないか。俺の推しの漫画家が住んでるんだ、この街」


「……生きるのって、苦しいでしょう? 楽にしてあげる」


「苦しみがあるから、カタルシスがあるんだろうが!」


 俺は叫ぶ。

 ミサキはきょとんとして、それから歪に口角を上げた。


「変な子。……ねえ、貴方は綺麗に壊れてくれる?」


 ゾクリとした悪寒。

 彼女の影から、無数の黒いいばらのようなものが伸びる。

 闇魔法か。それも、精神干渉系の厄介なやつだ。


「『月下美人クイーン・オブ・ナイト』。一夜の夢を見せてあげる」


 茨が俺に襲いかかる。

 物理的な攻撃じゃない。「触れたら精神が汚染される」タイプの魔法だ。

 だが、今の俺は秋モード。

 食欲の秋、読書の秋、スポーツの秋。そして何より――『センチメンタルな秋』だ。


「悪いが、俺は今、最高に『おセンチ』なんだよ!」


 俺は指を鳴らす。

 魔法発動。属性は『秋』。効果範囲は、この倉庫全体。


「秘技・『秋の空と男心センチメンタル・ジャーニー』!」


 ヒュオオオオオオ……。

 もの悲しい木枯らしが吹き抜ける。

 どこからともなく、哀愁漂うアコースティックギターの音色が聞こえてくる(環境音)。


「……え?」


 ミサキの動きが止まる。

 襲いかかってきた茨が、枯れ木のように萎れていく。


「な、なにこれ……急に、昔飼っていたハムスターのことを思い出して……涙が……」


「ううっ……俺、本当はパン屋になりたかったんだよお……」


 気絶していたはずの小石と陸田も起き上がり、お互いの肩を抱いて号泣し始めた。

 俺の魔法は、強制的に「秋の夕暮れ時のあの切なさ」を心に植え付ける。

 戦意喪失。虚無感。そして、過去への郷愁。

 どんな凶悪なマフィアも、この風の前ではただの迷える子羊になる。


「なによ……これ……戦う気が……」


「人生なんて、儚いものさ。そうだろ?」


 俺はポケットから、焼き芋(コンビニで購入)を取り出し、半分に割る。

 ほわわ、と白い湯気が立つ。


「食うか? 甘いぞ」


「……」


 ミサキは涙目で俺と焼き芋を交互に見る。

 そして、震える手で焼き芋を受け取った。


「……あったかい」


「だろ。世界を壊す前に、芋でも食って落ち着け」


 ミサキが焼き芋を一口かじる。

 その瞬間、彼女の瞳にハイライトが戻った。いや、戻りすぎた。

 深淵だった瞳が、夜空に輝く満月のようにギラリと光る。


「……美味しい」


「それはよかった」


「貴方、名前は?」


「桜川ハル」


「ハル……春……?」


 またか。またその反応か。


「私は夜。誰にも見られず咲いて散る花。……でも、貴方という季節ときがあれば、朝まで咲いていられるかもしれない」


 ミサキは立ち上がり、俺の胸ぐらを掴んだ。

 顔が近い。そして、その表情は先ほどまでの虚無が嘘のように、妖艶で、そして危険な執着に満ちていた。


「ハル。貴方を私の『コレクション』にするわ。ホルマリン漬けにするか迷うけど……生きたまま飼ってあげる」


「遠慮します」


「拒否権はないわ。裏社会ウチの掟よ」


 その時。

 倉庫の鉄扉が、爆音と共に吹き飛んだ。


「ハルお兄ちゃあああん! 浮気ですかあああ!?  GPS反応がこんな掃き溜めを示しているんですけどおおお!」


「おやおや、ハル。光合成の時間だぞ! こんな暗い場所で何をしている!」


 現れたのは、皇ヒヅキ(ヤンデレ重戦車)と、夏目ヒマワリ(ハイテンション太陽)。

 彼女たちの背後には、それぞれの家の私設軍隊が控えている。

 ミサキが冷ややかな目で二人を見る。


「……皇の雌猫に、夏目の電気女。私のハルに気安く触れないで」


「あ? 誰が雌猫ですって?」


「誰が電気女だ! 私は太陽だ!」


 三つ巴。

 マフィアの娘(夜) vs 財閥令嬢(闇) vs 企業の跡取り(光)。

 そして中央には、焼き芋を持った7歳児(俺)。


『おめでとうハルくん! 裏社会ルートも開通です! これで「昼の世界」も「夜の世界」も、君の庭みたいなものですね!』


(いい加減にしろ!)


 俺は叫ぶが、声は三人の少女たちの放つ殺気に飲み込まれた。

 秋の夜長は、まだ始まったばかりである。

 ちなみに、世界中に広まるはずだった薬物は、ヒマワリが「暗い! 景気付けだ!」と放った閃光魔法で全て蒸発し、その蒸気を吸ったマフィアたちが一晩中「お花畑が見えるよぉ」と踊り狂ったことで、組織は壊滅した。


 俺の漫画は守られたが、俺の平穏は完全に消滅した。

お読みいただきありがとうございます!

「マフィアの娘がチョロすぎる」「焼き芋食べたくなった」と思っていただけたら、

ブックマークや評価(★)をズドン!と押していただけると、ミサキちゃんのメンタルが安定し、ハルの胃に穴が空くのを防げます!


【次回予告】

『あらあら、ハルくん。夜のマフィアを生き延びて、やっとお家のベッドで安眠できると思いました?

 甘い! 残念ですが、その布団、国家権力により没収です!

 

 次に現れるのは、国の三分の一を支配する『意識高い系』の覇王(10歳)。

 彼女が掲げる恐るべき政策――それは「全人類24時間労働計画」!?

 

 「睡眠は甘え! 夢を見る暇があったらエナジードリンクを飲みなさい!」

 

 降り注ぐ超重力! 撤去される寝具! 世界から「おやすみ」が消える時、ハルは枕を抱いて立ち上がる!

 

 次回、これが女神のやることか。

 『第4話 王は眠らない(布団で)』

 

 さあハルくん。君の腰と安眠を守るため、その「春の微睡み(シエスタ)」で暴君を堕としなさい!(イエス・ユア・マジェスティ☆)』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ