第二章 『太陽は沈まない(物理)』
夏。それは生命の輝く季節。
ここハイテクファンタジー都市においても、夏は特別な意味を持つ。
高度に制御された気象システムが「サマーモード」に切り替わり、人工太陽の出力が20%アップ。街は常夏のリゾートへと変貌する。
だが、俺にとっての夏は、死刑宣告に等しい。
「ハルくん、大変です。このままでは世界から『バニラ』という概念が消失します」
リビングでくつろいでいた俺の顔面に、母さんこと女神モモネがスマホの画面を突きつけてきた。
画面には、株価チャートのように急降下する世界の『糖分指数』と『乳脂肪分供給率』のグラフ。
「なんだそれ。牛でもストライキしたのか?」
「いいえ。ある一人の少女の『心の闇』が、世界を寒冷化させようとしているのです。彼女が心を閉ざせば、世界は大不況。アイスクリームの原料は枯渇し、君の愛する『ガリガリ君・梨味』も生産中止になるでしょう」
俺はガバッと起き上がった。
それは聞き捨てならない。あれはこのクソ暑い人工夏を生き抜くための生命線だ。
「場所は?」
「駅前の超高層ビル『バビロン・タワー』の屋上庭園。そこに運命の少女がいます」
「行ってくる。アイスのために」
「いってらっしゃい。あ、ついでに私の『ハーゲンダッツ・マカデミアナッツ』も守ってきてくださいね」
世界平和とかどうでもいい。俺は俺の涼を守るために戦う。
◇
『バビロン・タワー』屋上、特別開放区画『ひまわりの庭』。
最新鋭の幻影魔法とバイオテクノロジーによって再現された、一面のひまわり畑。
空調制御されたドーム内ではなく、直射日光が降り注ぐ露天エリアだ。暑い。死ぬほど暑い。
俺はハンカチで汗を拭いながら、黄色い花の海をかき分けて進む。
その中心に、彼女はいた。
燃えるようなオレンジ色の髪。健康的に日焼けした肌。
そして、何より目を引くのは――
「うおおおおおおお!! 太陽が! 太陽が私を呼んでいるわああああ!!」
直立不動で空を見上げ、両手を広げて絶叫している奇行ぶりだった。
彼女の周囲だけ、気温が明らかに5度は高い。蜃気楼が揺らめいている。
「……あー、もしもし?」
俺が声をかけると、少女はバッとこちらを向いた。
瞳の中に、ひまわりの花が咲いているようなデザインの虹彩。エネルギー過多で目が回っているようにも見える。
「なんだ貴様は! 私は今、光合成の真っ最中だ! 邪魔をするなら灰にするぞ!」
「人間は光合成しないんだよ。熱中症になるから日陰に入れ」
「軟弱な! 我が名は夏目ヒマワリ! 太陽を愛し、太陽に愛されすぎて困っている女だ!」
夏目ヒマワリ。
世界的なエネルギー企業『夏目エレクトロニクス』の令嬢にして、次期当主候補。
そして、女神曰く「放置すると世界からアイスを消す」元凶。
「君さ、何か悩みがあるんだろ? 世界を凍らせたいとか」
「何!? なぜそれを……!」
ヒマワリは動揺し、その身に纏っていた熱気がふっと揺らいだ。
「そうだ……私は、太陽になりたいのだ。だが、父様は言う。『お前の熱量は危険だ』と。『もっとクールになれ』と! だから私は、この世の全てを凍らせて、私だけの太陽の国を作るのだ!」
「理屈が破綻してるぞ。凍らせたら君も寒いだろ」
「うるさい! 私の情熱の前では絶対零度などぬるま湯だ!」
ダメだ、会話が成立しない。
コイツはバカだ。太陽のような明るさを持つ、純度100%のバカだ。
その時、庭園の入り口から無機質な警報音が鳴り響いた。
「侵入者発見。排除シマス。排除シマス」
現れたのは、冷蔵庫に手足が生えたようなフォルムの自律型警備ゴーレムたち。
その数、数十体。
手には「冷却ガススプレー」と「巨大霜取りヘラ」が装備されている。
「あれは……父様の手先、『絶対冷却隊』!」
「ネーミングセンスどうなってんだこの世界」
ゴーレムたちが一斉に冷却ガスを噴射する。
美しいひまわり畑が、次々と真っ白な霜に覆われていく。
「やめろ! 私のひまわりたちが!」
「対象、夏目ヒマワリヲ冷却、鎮静化サセル」
ゴーレムの一体がヒマワリに迫る。
彼女は掌から炎を出そうとするが、冷却ガスの前では種火のようにかき消される。
「くっ、火力が……足りない……!」
「相性が悪すぎるだろ。下がってろ」
俺はヒマワリの前に出る。
俺の魔法属性は『春』。水と風、そして生命の芽吹きを司る。
氷の天敵は炎ではない。春の暖かさだ。
「春一番」
俺が指を鳴らすと、温かな南風が巻き起こる。
暴風ではない。コートを脱ぎたくなるような、ポカポカとした陽気の風だ。
だが、その風は高密度に圧縮されている。
ボシュッ! ボシュッ!
冷却ガスが温風に巻き込まれ、ただの水蒸気へと変わる。
ゴーレムたちの装甲が結露し、ショートして火花を散らす。
「な、なんだ貴様の魔法は……!? 熱くないのに、氷が溶けていく!?」
「ただのドライヤーと同じ原理だよ」
俺は一気に間合いを詰める。
魔法で身体強化した拳を、ゴーレムのボディ(冷蔵庫のドア部分)に叩き込む。
「ついでに、霜取りしてやるよ」
ドガァァァン!!
衝撃波と共にゴーレムが吹き飛ぶ。
残りのゴーレムたちも、俺の周囲に展開した「花粉シールド(物理攻撃無効)」と「春の眠気攻撃」によって、次々と活動を停止していく。
戦闘時間、わずか3分。
屋上庭園に平和が戻った。
「す……すごい」
へたり込んでいたヒマワリが、キラキラした目で俺を見上げている。
デジャヴだ。このパターン、嫌な予感がする。
「貴様、名は?」
「桜川ハル。通りすがりのアイス好きだ」
「ハル……春、か」
ヒマワリは立ち上がり、俺の手をガシッと掴んだ。
熱い。体温が平熱で40度くらいありそうだ。
「見つけたぞ! 私が太陽として輝くためには、受け止めてくれる『季節』が必要だったのだ!」
「は?」
「夏だけでは暑苦しい。冬では凍えてしまう。だが、春ならば! 私の熱を受け止め、花を咲かせることができる!」
彼女の背後に、幻覚ではない本物の炎のオーラが立ち上る。
ひまわりたちが一斉に俺の方を向いた気がした。
「決めたぞハル! 貴様を私の『専属庭師』に任命する! 私という大輪の花を、一生かけて咲き誇らせてみせろ!」
「断る。俺は涼しく生きたいんだ」
「照れるな! よし、まずはこれから毎日、私に水をやりに来い! あと光合成の付き添いも頼む!」
『おめでとうハルくん! ミッションコンプリート!』
脳内に母さんのファンファーレが鳴り響く。
『世界恐慌は回避されました。代償として、あなたは「歩く太陽光発電所」こと夏目ヒマワリさんにロックオンされました。ちなみに彼女、思い込みの激しさはヒヅキちゃんの倍です』
(勘弁してくれ……)
俺は天を仰ぐ。
そこには、俺の心模様とは裏腹に、雲ひとつない快晴が広がっていた。
こうして俺は、ヤンデレ幼馴染(闇)に続き、ハイテンションお嬢様(光)にも追い回されることになった。
俺の平穏はどこにある。そして、俺のガリガリ君は溶けていないだろうか。
物語は、まだ終わらない。
むしろ、ここからが「修羅場」の始まりである。
◇
後日談。
数日後、公園でヒヅキ(闇属性)と遊んでいた俺の前に、ヒマワリ(光属性)が現れた。
「ハル! 光合成しに来たぞ!」
「……ハルお兄ちゃん? その『無駄に明るい電球』みたいな女は誰?」
公園の空気が、ピキキと音を立てて凍りついた。
右からは絶対零度の視線。左からは灼熱の視線。
挟まれた俺(平々凡々)は、ただ静かに悟った。
(……これ、詰んだな)
これが、女神のやることか。
お読みいただきありがとうございます!
「太陽が物理的に熱い」「アイス食べたくなった」と思っていただけたら、
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【次回予告】
『あらあら、ハルくん。真夏の太陽(物理)に焼かれた後は、涼しい夜風に当たりたいですって?
残念! そこは裏社会の泥沼でした!
夜の帳が下りる頃、現れるのは「月下美人」の名を持つマフィアの令嬢。
彼女がばら撒く禁断の秘薬『ドリーム・ヘイズ』によって、世界中のクリエイターがハッピーな廃人に!?
「週刊少年マンガ、無期限休載」――その絶望的な未来を回避するため、ハルは焼き芋片手に闇へ堕ちる!
次回、これが女神のやることか。
『第3話 月下美人は夜に(病んで)咲く』
さあハルくん。君の推し漫画を守るため、メンヘラ美少女の「心の闇」と「胃袋」を掴みなさい!(キラッ☆)』




