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BD-BOX 特典OVA 第1話 『旧校舎の秘密のアトリエと、毒林檎の魔法少女』

 放課後。

 俺、桜川ハルは、学園の敷地外れにある『立ち入り禁止の旧校舎』に逃げ込んでいた。

 理由は単純。ヒヅキの『愛の放水(致死量)』とヒマワリの『情熱のハグ(焼死)』から逃れるためだ。


「……ここまで来れば、さすがに追ってこないだろ」


 埃っぽい廊下で息をつく。

 静かだ。俺の学園生活において、爆発音も悲鳴も聞こえない空間は奇跡に近い。

 だが、ふと廊下の突き当たりにある『旧・被服室』のドアから、微かにミシンの音が聞こえるのに気づいた。


(……幽霊か?)


 気になってドアの隙間から中を覗き込む。

 そして、俺は見てはいけない学園の『深淵』に触れてしまった。


「……フリルが、足りない」


 薄暗い部屋の中央。

 そこには、大量のピンク色の布地、レース、リボンの山があった。


 壁には深夜アニメ『魔法少女☆マジカル・マカロン』の特大ポスター。


 そして、部屋の真ん中の姿見(鏡)の前には――


 手製の『超フリフリな魔法少女衣装ピンク』を着て、魔法のステッキ(先端がドクロ)を構え、無表情でポーズを決めている月乃下ミサキの姿があった。

 普段のダウナーな死んだ目と、キラキラした衣装のコントラストが、脳の処理能力を超えている。


「……マカロン・スマイル。……世界を、浄化(物理)するわ」


 彼女がボソリと決め台詞を呟いた瞬間。

 俺の足元で、古びた床板が『ギシッ』と鳴った。


「…………」


「…………あ」


 鏡越しのミサキと、バッチリ目が合った。

 時間が止まる。

 次の瞬間、バタンッ!!と背後のドアが強風で閉まり、紫色の魔力で物理的・魔法的に完全封鎖ロックされた。


「……見たわね」


「いや、見てない! 俺はただの幻覚を……」


「……私の『聖域アトリエ』を汚した罪。万死に値する」


 ミサキがステッキ(仕込み毒針)を向けてくる。

 顔は無表情だが、耳まで真っ赤だ。完全に羞恥心で殺意が暴走している。


「待てミサキ! 誰にも言わない! 墓場まで持っていくから!」


「……信用できない。死人に口なし。……でも、ハルを殺すのは少しだけ惜しい」


 ミサキはステッキを下ろし、紫色の瞳で俺をじっと見つめた。


「……口封じの代わりに、一つ条件がある。……私の『マネキン』になりなさい」


「マネキン?」


「……衣装のサイズ調整。自分で着たまま背中のピンを打つのは、限界があるの」


 ◇


 かくして、俺は旧被服室という密室で、ミサキの専属トルソー(採寸台)にされることになった。

 俺は制服の上着を脱がされ、立ったまま動くことを禁じられている。


「……動かないで。針が刺さる」


「お前、本当に手先が器用だな……って、近っ!」


 ミサキがメジャーを持って、俺の胸回りや肩幅を測り始める。

 物理的な距離がゼロに近い。

 彼女の髪から、いつもの薬品(毒)の匂いではなく、甘い石鹸と新品の布の香りがした。

 フリルのついた袖が俺の腕に触れるたび、妙な緊張感が走る。


「……ハルは、無駄な筋肉がない。布が綺麗に乗るわ。……次は、男の娘用のマカロン衣装を作ってあげる」


「絶対に着ないからな」


 俺がツッコミを入れると、ミサキは少しだけ口角を上げた。


「……なんで、魔法少女が好きなんだ?」


 俺がふと尋ねると、ミサキはメジャーを巻く手を止めた。


「……笑わない?」


「笑わないよ。似合ってるし」


「…………」


 ミサキは俯き、縫いかけのピンク色のリボンを指でなぞった。


「……私の属性は『毒』。生命を奪い、腐らせるだけの忌まわしい力。……サヤカみたいにカッコいい闇でもないし、ヒマワリみたいな明るさもない。嫌われ者の力よ」


 彼女の声は、いつになく小さく、脆かった。


「……でも、魔法少女は違う。彼女たちの魔法は、人を笑顔にして、希望を与える。……私には絶対に手に入らないものだから……せめて、この部屋の中だけは、夢を見たかったの」


 それは、いつも一歩引いて「毒」ばかり吐いている彼女の、本当の素顔だった。

 自分の力にコンプレックスを抱き、綺麗なものに憧れる、ただの普通の女の子。

 だからこそ、こんなにも一生懸命に衣装を作っていたのだ。


「……バカみたいでしょ。猛毒女が、ピンクのフリルなんて」


 ミサキが自嘲気味に笑った。


「バカじゃないだろ」


 俺は、動くなと言われていたのに、思わず振り返って彼女の頭にポンと手を置いた。


「毒だって、使い方を変えれば『薬』になる。俺が風邪を引いたら、お前が一番に治せるだろ? 魔法の属性なんて関係ない」


「……ハル」


「それに、言ったろ。その衣装、お前にすごく似合ってるって」


 俺は笑いかける。俺の属性は『春』。

 微かな温もりを持った魔力が、旧校舎の冷たい空気をふんわりと和らげた。


「お前が笑えば、立派な魔法少女だよ、ミサキ」


「…………っ!」


 カアアアアッ!と、ミサキの顔が、持っているピンク色の布よりも赤く染まった。

 死んだ魚のようだった瞳が、限界まで見開かれている。


「……あ」


「ん?」


「……キャパシティ、オーバー。……致死量の、甘さ(デレ)」


「えっ、おい、ミサキ?」


 プシュウウウウウ……!

 ミサキの全身から、凄まじい勢いで紫色の煙(睡眠ガス)が噴き出した。

 照れ隠しの暴走だ。


「……ハルのバカ。……私の心臓を、どうする気……」


「待て、換気扇! 窓を開け……ゴホッ!」


 密室での催眠ガス。逃げ場はない。

 フリフリの魔法少女姿でうずくまるミサキの姿を最後に、俺の意識は深い闇へと落ちていった。


 ◇


 翌朝。

 俺は旧校舎の廊下で、冷たい床の感触で目を覚ました。


「……ハルお兄ちゃん? なんでこんな所で寝てるの?」


「おいハル! 探したぞ!」


 見下ろしていたのは、ヒヅキ、ヒマワリ、アオイ、サヤカの四人だった。


「……あれ? 俺、被服室でミサキに……」


 俺が起き上がると、俺の体には『ピンク色のフリフリなエプロン』が着せられていた。

 そして、ポケットには一枚のメモ。


 『採寸代。……次は絶対、フルセット着せる』


「……ハルお兄ちゃん? その趣味は聞いてないわよ?」


「ハル、貴様……ついにそっちの道に目覚めたか!」


「……変態」


 俺は、五人の冷たい視線(一人を除く)を浴びながら、旧校舎の天井を仰いだ。

 秘密のアトリエでの甘い時間は、夢だったのか。

 いや、このフリフリエプロン(ジャストサイズ)が、現実であることを証明している。


「ミサキィィィィ! 社会的に殺す気かああああ!」


「……ふふっ」


 少し離れた場所で、ミサキだけが、いつものダウナーな顔の奥で、小さく微笑んでいた。

 これが、女神のやることか。

 俺の平穏は、今日も毒林檎のように甘く、そして致命的だった。


 (BD-BOX 特典OVA 第1話 完)

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